うまく笑えない君へと捧ぐ

西友

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第一章

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「いってらっしゃい。気をつけてね」

 爽やかな初夏の風が吹く、土曜の朝。
 玄関で両親を見送る、彰太と琉太。母が心配そうに口を開く。

「しょうちゃん。ちゃんとお兄ちゃんの言うこと聞くのよ。ご飯はたくさん作っておいたから、きちんと食べること。いい?」

 高二の息子に言い聞かせる言葉でもないだろうが、彰太は親を騙しているという罪悪感もあり「はい」と生真面目に答える。父は普通に寂しそうだ。

「やっぱり、お前たちも一緒に──」

「父さん。そろそろ出発しないと、新幹線の時間に間に合わないよ」

 はい。いってらっしゃい。
 琉太が両親の背中を軽くおした。そうしてようやっと、両親は出掛けて行った。それから少しして、琉太は部屋に用意してあったリュックを背負った。

「んじゃ、オレも行くから。何かあったらすぐに連絡しろよ。こっから一時間もしないところのホテルに泊まってるから」

「ありがとう、琉兄」

 もはや顔の緩みがおさえ切れていない彰太に呆れながらも、見守るような穏やかな笑みを浮かべ、琉太も家を後にした。

 現在の時刻、午前八時。

 白沢との待ち合わせは、駅前に九時。ここから駅まで歩いて十五分。

(もう駅に行こうかな。さすがに早すぎるかな)

 そわそわしながら、彰太は時計とにらめっこした。

 
「多比良」

 改札から出てきた白沢に、彰太が手を上げて答える。約束の時間の、三十分前。

「早目には来たつもりだったけど、待たせちゃったみたいだね」

 ごめんね。
 謝罪する白沢に、彰太の方が慌てた。

「違うよ。おれも、さっき着いたとこだから」

 ──何か、普通の恋人っぽいな。

 内心浮かれまくりながら、彰太は白沢と二人、家に向かった。

「お邪魔します」と、きちんと靴を揃える白沢。全ての仕草が優雅だなと思いながら、彰太はリビングへと白沢を案内した。ソファーに座った白沢の前に立ち「何か飲む?」と訊ねると、白沢は首を左右にふった。そして。

「おいで、多比良」

 にっこりと誘われ、彰太は、ぱああとまとう雰囲気を一気に明るくしながら、白沢の膝の上に向かい合わせで座った。ハートマークがそのへんに飛んでいそうな勢いだ。

「お母さんがたくさんご飯を作っていってくれたんだ。苦手なものがあったら、遠慮なく言ってね。なるべく、ヘルシーなものをリクエストしておいたんだけど」

「嬉しいよ、ありがとう。騙すみたいなかたちになってしまって、申し訳ないな」

 彰太は「白沢は悪くないよ」と、白沢の肩から顔を上げた。

「これは、おれが臆病なせいだから。友達が来るって言っても良かったのかもしれないけど……もしばれたらって」

「……多比良」

「あと、うちの親は、友達が来るって言ったら絶対全力で歓迎しようとするから、二人きりになれない」

 それじゃ意味がないから。
 彰太は再び白沢の肩に顔を埋めた。そのとき白沢はどんな表情をしていたのか。彰太は知らない。


 時間がワープしたのかと思うほど、一日があっという間に過ぎ去っていった。ずっと白沢にくっ付き、それ以外は食事をしただけ。楽しい時間はあっという間にもほどがある。

「多比良。お風呂ありがとう」

 ソファーで大人しく座っていた彰太はびくっと肩を揺らした。ちょっとだけ、覗きにいこうかな。そんな馬鹿な考えをしていたところだったからだ。

「あ、熱くなかった?」

 振り返った彰太は、かあっと顔を赤くした。持参したスウェットに身を包み、髪を濡らした白沢が「ちょうどよかったよ」と微笑む。いつもは爽やかイケメンといった風だが、妙に艶っぽい。

 彰太は「白沢、エロい……っ」と顔を両手で覆った。白沢は「え? ご、ごめんね?」と慌てる。

「……水、とってくる」

 顔を両手で覆ったまま、彰太はすくっと立ち上がった。キッチンへと向かい、冷蔵庫を開ける。あれが水も滴るってやつなのか。彰太は目に焼き付いた映像を噛みしめながら、ペットボトルを手に取った。考え事をしながら、白沢に渡すためのはずのペットボトルの蓋を無意識に開け、ごくごくと喉をならし──はっと目を見開いた。

(──しまっ)

 ハラハラしながらリビングで見守っていた白沢が、ふにゃふにゃと座り込む彰太に、慌てて駆け寄ってきた。

「多比良?!」

「だ、大丈夫。琉兄のジュース、飲んだだけだから」

 白沢が「でも……」と困惑する。まるで何かに酔っているようで、お酒でも飲んだのかと心配になったが、彰太が床に置いたペットボトルの中身は、確かに普通の炭酸飲料だった。

「……おれ、炭酸で酔っちゃうんだ」

 静かに呟かれた言葉に、白沢は「え?」と返した。彰太は同じ言葉を、恥ずかしそうに繰り返した。

「……呆れた?」

「どうして? 可愛いよ」

 白沢は彰太をお姫様抱っこのように横抱きにし、そのままソファーへと腰かけた。

「気分は? 平気?」

「そういうのはないんだ。何かぼーっとしてきて、うまく歩けなくなって、眠くなる」

 目がとろんとしてきた彰太は「白沢。チューして」とねだってきた。先ほどまでとさほど変わらないような気がしないでもないが、甘え方が少しグレードアップしたような感じもした。

「いいよ」

 軽く口付ける。続いて「膝枕して」「手ぇ、かして」などの要求が続いた。やっぱり酔っているのかなと思いつつ、白沢はにこにこと応じた。

「しあわせ~」

 白沢の膝の上に頭をのせながら、全身でそれを表す彰太。「……うん。俺も」と白沢が優しく微笑む。頭を撫でると、彰太がゆっくりと目を閉じていく。けれどそれに抗うように、再び目を開ける。白沢が笑いながら「眠い?」と訊ねる。彰太が「眠くなーい」と答える。

「おれはねえ、彰太っていいます」

「そうだね」

「でも白沢は、多比良って呼ぶ」

 白沢は少し考え「彰太って呼んでいいの?」と目を細めた。

「いいよー」

「じゃあ、彰太。俺のことも名前で呼んでみて?」

 くふふ。
 彰太が「一翔」とにやけながら呼ぶと、白沢は「はい」と笑った。しばらく互いの名を呼びあったあと、彰太は心地よい眠りについた。

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