うまく笑えない君へと捧ぐ

西友

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第一章

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 十二月下旬。

 冬晴れの、染み渡った空。明日から冬休みに入るとあって、教室がいつもより明るい雰囲気に包まれている。

「多比良も抱き納めかあ」

 毎度お馴染みのように、男友達に後ろから抱き付かれながら彰太が帰り支度をしている。

「来年は彼女出来るといいね」

「多比良。それを言ってくれるなよ。彼女なんてのはな、つくろうと思って出来るもんじゃねーんだから」

 うんうん。
 男友達が全員頷く。その少し離れたところでは、白沢と葉山が女子に囲まれていた。「明日から会えなくなるの寂しいよお」「校門まででいいから、一緒に帰っていい?」などの声が次々に聴こえてくる。

「おーおー、相も変わらずモテモテで」

「あれは諦めろ。別格過ぎる」

 そんな中、白沢は「ごめんね。俺、寄るところがあるから」と教室を出ていくのが見えた。今日は終業式のみで、昼休みもなく、白沢と二人になれる時間がなかった彰太は、内心がっくりと肩を落としていた。

 明日からしばらく会えない。会えない間に白沢の気が代わって、もう二度とバグしてもらえないかもしれないのに。

「多比良。帰ろーぜ」

「……んー」

 部活のない男友達二人と並び、下駄箱までたどり着いたとき、ズボンのポケットに入れてあるスマホがバイブに揺れた。もしやと思い、素早く確認する。彰太はラインの内容にざっと目を通すなり、目を輝かせた。

「──おれ、忘れ物した!」

 あまりに突然で、大きな声だったので、男友達はびくっと身体を揺らした。

「お、おお。待ってるから、早く取ってこいよ」

「大丈夫。時間かかるかもしれないから、先帰ってて!」

 時間がかかる忘れ物って何だ。
 二人は首をひねったが、彰太は構うことなく校舎内へと戻っていった。


「白沢!」

 屋上へと続く階段をのぼりきったところに座る白沢を見つけ、彰太は駆けた。屋上には鍵がかかっていて入れず、さらにその手前の空間は荷物おきとして使用されているが、少しのスペースが空いている。二人はもう何度も、ここで待ち合わせしたことがある。

「多比良」

 白沢が一つの机に腰掛け、両腕を広げる。彰太の顔がぱああっと輝き、吸い寄せられるように腕の中におさまる。溶けてしまいそうなこの幸福感は、何度味わっても薄れることがない。

(……いい匂い。体温もあったかくて、気持ちいい)

 うっとりと幸福に酔いしれ、白沢の胸に頬を擦り付ける。

「今日はもう諦めてたから嬉しい」

 声に出てた。白沢が「うん。俺も」と答えてくれる。最近、これは本当の白沢の気持ちなのではないかと思うようになってきた。自惚れでも何でも、そう思っていた方が幸せだから。

 しばらくそうしていたが、白沢が「最近、さ」とぽつりと話しはじめた。

「誰かが多比良に触れるのが、嫌なんだ。これって嫉妬かな」

 彰太は白沢に悟られないように動揺を隠しながら「ああ」と笑った。

「友達でもね、そういうのあるらしいよ。でも、なんか嬉しいな。白沢が嫉妬してくれるなんて」

 そうなのかな。
 白沢が納得出来ていないように呟く。最近の白沢は心臓に悪いと思いながら、彰太は少しして「あの。一つ、お願いがあるんだけど」と顔を上げた。

「ん?」

「白沢の写真、撮っていい?」

「写真?」

「うん。明日からしばらく白沢に会えなくて寂しいから、白沢の写真が欲しいんだ。もちろん、誰にも見せたりしない。ネットにも絶対あげたりしないから」

 平静を装いながら、内心はバクバクだった。何処までなら引かれないのか。許されるのか。その境界線がよくわからなかったから。

「何だ、そんなこと。もちろんいいよ」

 白沢が何でもないことのように答え、彰太の顔色が安堵と喜びとで明るくなる。

 彰太はいそいそとポケットからスマホを取り出し「じゃあ、そのままで」と興奮し、後退りしながら距離をとっていく。

「あれ? 一緒に写らないの?」

「うん。白沢一人の写真が欲しかったんだ」

 とるよ。
 言葉のすぐあとに、小さなシャッター音が響いた。さすがに撮られ慣れている白沢は、笑顔も視線も完璧だった。でも。

 ──これは、おれだけの白沢だ。

 スマホを嬉しそうにぎゅっと胸に抱く。その様子を見ていた白沢が、そっと彰太に手を伸ばす。そこで、着信音があたりに響いた。白沢は慌てて電話に出た。

「はい、白沢です──え? ……わかりました。すぐに向かいます。はい」

 通話を切った白沢に、彰太が「仕事?」と尋ねた。白沢が気まずそうに頷く。

「うん。撮影の入りが急に、一時間早まったらしくて」

「そうなんだ。大変だね」

 おれは後から帰るから。
 彰太がにこやかに手をふる。白沢は後ろ髪を引かれる思いを残しながらも「それじゃあ、また」と階段をおりていった。

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