うまく笑えない君へと捧ぐ

西友

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第一章

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「あら、しょうちゃん。お久しぶりね」

「いつも兄がお世話になってます。店長さん」

 家の最寄り駅から二駅先に、兄のバイト先であるカフェがある。その店のオーナー兼店長に、彰太が深々と頭を下げる。何度も訪れたことがあるので、すっかり顔馴染みとなっている。

 四十代後半の、おしゃべり好きな女性といった印象の店長は、兄の琉太ともども、彰太のこともとても可愛がってくれている。

「今日は兄のおごりで、パンケーキ食べに来ました」

 初耳の琉太が「──はあ?!」と目を吊り上げる。店長は「そうなの?」と笑っている。

「じゃあ、おばさんはアイスおごっちゃおうかな」

 彰太が「やったー」と両腕を上げる。可愛い、とクスクス笑ったのは、店内にいる女性客たち。お洒落で可愛い内装のこのカフェでは、九割以上が女性客だ。

「ちょっと、店長! こいつを甘やかさないで下さい!」

「琉兄が悪いんじゃん。おれの前で彼女とイチャイチャイチャイチャして」

「してねー!」

「してた。キスしてた」

 あらあ。店長が頬を赤く染める。

「青春ねぇ。しょうちゃんはお兄ちゃんが彼女さんに取られたみたいで、妬いちゃったのかしら?」

「そうです」

 やだー、可愛い。
 店長だけでなく、女性客たちまでテンションを上げる。彰太の返答は、その反応を承知した上でのものだ。

 嘘つけ! 
 とは言えない琉太。どう考えても瑠花とキスしてた腹いせだろう。自分はしたくても出来ないのに、と。琉太はぐっとこらえ、カウンター席に座ろうとする彰太の腕を掴んだ。

「お前に甘いものを食べさせたのがバレると、オレが母さんに怒られるんだよ!」

「黙ってたらバレないよ。まだ門限の七時まで時間あるし」

「バレるわ! お前は胃がちっこいから、すぐ夕飯残すだろ!」

「まあまあ、琉太くん。アイスぐらいならいいでしょ? きっと、お兄ちゃんと一緒にいたいのよ」

 ニコニコと店長が微笑む。違うんです店長。とも言えない琉太は、スマホ片手に最後の手段を取った。


 ──三十分後。

「しょうちゃん! またお兄ちゃんに迷惑かけて!」

 店に駆けて入ってきたのは、二人の母親だった。カウンター席でアイスを食べていた彰太はびくっとしながらも「か、かけてない」と、顔を背けた。

 彰太は、典型的な箱入り息子だ。小さいころは病弱だったこともあり、甘やかされまくって育った。正直、兄の立場としてはいらっとすることもある。でも。

『気持ち悪い弟で、ごめんなさい』

 そう言って、泣いていた光景が忘れられない。だからつい、琉太も甘やかしてしまう。

 ──いつかお前も、恋愛が出来る日がくるから。

 そんな無責任なこと、口がさけても言えない。だから出来る限り、瑠花とイチャついているところは見せないようにしてきたのだが。今日は完全にしくった。

「店長さん。いつも琉太がお世話になっております。そのうえ、この子までご迷惑をかけて」

 母親がカウンター越しに、頭を下げる。店長は「いえいえ、こちらこそ」と、微笑む。この二人も顔見知りだったりする。

「それより、こんなに仲の良いご兄弟がいて羨ましいわ。うちの兄妹なんか、喧嘩ばかりしていまして」

「そうなんです。この子ったら、すっかりお兄ちゃん子になってしまって」

 うふふ。
 先ほどまでの怒りは何処へやら。母親は兄弟の仲良しエピソードを語りはじめた。それまで口を挟まず黙々と仕事をこなしていた琉太だったが、ついにしびれを切らした。

「母さん! もういいから彰太を連れて帰ってよ」

「あ、そうね。つい……しょうちゃん、帰りましょう。すいません、お会計は」

「あらあらいいんですよ。それは私のおごりですから」

「まあ! そんなわけにはいきませんわ!」

「いえ、いいんです。その代わりといっては何ですが、一度、お二人の子どもの頃の写真など見せていただきたいですわぁ。きっと、とてもお可愛らしいお子さんだったのでしょうね」

 カバンから財布を取りだそうとしていた母親の手がぴたりと止まった。

「ええ? そんな──見ます?」

 母親は定期入れに挟んである写真を取り出そうとしている。彰太は「琉兄。ナポリタン食べたい」とほざいている。

 琉太は母親と彰太の肩をそれぞれ背後から掴み「──お帰り下さい」と、一言呟いた。
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