9 / 45
第一章
9
しおりを挟む
気持ちがばれ、いっそ吹っ切れた彰太は、いつ白沢がハグしてくれるのかを待ちわびるようになった。ソワソワしながら白沢を見るくせに、目が合えば逸らす。白沢は多少の罪悪感を覚えながらも、何となく可愛い小型犬に似ているなあとほんわかしていた。
だいたいはいつも、昼御飯を食べ終えた白沢が教室を出ていき、しばらくすると彰太のスマホに連絡が入る。例えば今日は、家庭科室で待っているからとラインがきた。
彰太が席を立つ。友達には適当な言い訳をして、家庭科室に向かう。ドアを開けると、にっこりと笑う白沢がいて、彰太は駆け寄り、抱き付いた。全身で幸せだと語る彰太を、白沢が優しく抱き締める。
半月経ち、白沢は彰太を腕の中に抱えながら「多比良、あのね」と言いづらそうに口火を切った。対し、顔を上げた彰太は。
「うん? 止める? いいよ」と、傷付いた顔一つ見せず、笑いながら離れようとする。
「……ううん。いつもありがとう」
解こうとした腕を再びからませ、白沢は彰太を抱き寄せた。彰太は白沢の胸に額をつけながら「あのね」と頬を緩ませた。
「嫌なら、いつだって止めていいんだよ。白沢の嫌なことは、しなくていいんだから。おれはもう、充分過ぎるぐらいの幸せをもらったからね」
白沢の全身に、僅かな動揺が走った気がした。心からの言葉ではあったが、優しい白沢には逆効果だったかもしれない。あるいは、それを見越しての台詞だったのか。
(……性格悪いなあ、おれ)
白沢の優しさにつけこんでいることは、充分過ぎるほど理解していた。でも、自分から手を放すことは出来そうもない。
「ね、多比良」
「んー?」
「キス、しようか」
日課となった昼休みのハグ。今日の場所は、理科室だった。白沢はそこで、彰太を抱き締めながら言った。彰太は顔を上げ、白沢と目線を交差させた。からかっている風には見えなかった。
ふは。
彰太は、小さく笑った。
「どうしたの? 誰かと間違えてる?」
「……間違えてないよ?」
「なら、疲れてるんだよ。いくらおれが女顔だからって、男にキスしようとするなんてどうかしてる」
「……そんなに、可笑しなことかな」
「うん。可笑しい。今日はもう早退して、帰って寝た方がいいよ」
保健室行く?
笑みを崩さない彰太に、白沢は「……いや」と返答することしか出来ない。「そっか」と彰太は再び、白沢に抱き付いた。
その顔が、見る間に赤くなっていく。心臓が早鐘を打ちはじめる。動揺が全身に走っていく。
(……何でキスしようとか言ったんだろ)
あまりにおれが憐れだから? だとしても、出来てハグまでだろう。それとも、モテる白沢にとってはキスなど、取るに足らないことなのか。もしおれがしたいって答えたらどうするつもりだったんだろう。
──キス、してくれたんだろうか。
(……あれ? おれは人生最大のチャンスを自ら逃してしまったのか?)
はたと気付き、赤くなった顔色を青く染めていく。何で、何で素直に「したい!」と言えなかったのか。だって白沢が同情でも気まぐれでもキスしようなんて言うわけないと思い込んでいたから。絶対誰かと、あるいは女と間違えていると思ったから。男とキスしたなんて、白沢にとっては汚点にしかならない。だから。
(……そうだ。おれの判断は間違ってない。これで良かったんだ)
涙を呑みながら、彰太は必死に自分に言い聞かせた。代わりのようにいつもより強く白沢にしがみつき、白沢の体温と匂いを堪能した。白沢は何も言わず、咎めることもなく、いつものように受け入れてくれた。
学校から帰宅した彰太は、玄関にある兄と瑠花の靴に気付いた。今日は大学が昼までと言っていたのを思い出し、開けたままになっているリビングのドアからもれる明かりに目を向けた。此処にいるのなら挨拶しようと足を踏み入れる。
ドアを入って右側にあるソファーに、背を向けて座る二人の人影。彰太は目を丸くした。兄と瑠花が、キスをしていたからだ。
「──げ、彰太っ」
気付いた琉太が、しまったとばかりに目を見張った。瑠花も顔を赤くし、琉太から慌てて離れた。彰太はじーっと二人を見詰めた。
「しょ、しょうちゃん。お帰りなさい」
「……ただいま」
気まずさから瑠花は「わ、私このあとバイトだから、もう帰るね」とカバンを持ち、立ち上がった。琉太も「え、駅まで送ってくよ」とあたふたする。
「い、いいよ。まだ外明るいし、平気」
じゃあ、またね。
彼女が手をふり、帰っていった。玄関に佇む琉太がぽりぽりと頬を無意味に掻く。いいな。彰太は琉太の背後で、ぼそっと呟いた。
「いいな。堂々とキス出来て。いいなあぁぁ」
昼休みの出来事を脳裏に描きながら、恨みがましく何度も繰り返してくる彰太に何と返していいかわからず「さーて。オレもバイト行くかな」と琉太は背を向けた。彰太はがしっと兄の服を掴み「──おれも行く」と言った。
だいたいはいつも、昼御飯を食べ終えた白沢が教室を出ていき、しばらくすると彰太のスマホに連絡が入る。例えば今日は、家庭科室で待っているからとラインがきた。
彰太が席を立つ。友達には適当な言い訳をして、家庭科室に向かう。ドアを開けると、にっこりと笑う白沢がいて、彰太は駆け寄り、抱き付いた。全身で幸せだと語る彰太を、白沢が優しく抱き締める。
半月経ち、白沢は彰太を腕の中に抱えながら「多比良、あのね」と言いづらそうに口火を切った。対し、顔を上げた彰太は。
「うん? 止める? いいよ」と、傷付いた顔一つ見せず、笑いながら離れようとする。
「……ううん。いつもありがとう」
解こうとした腕を再びからませ、白沢は彰太を抱き寄せた。彰太は白沢の胸に額をつけながら「あのね」と頬を緩ませた。
「嫌なら、いつだって止めていいんだよ。白沢の嫌なことは、しなくていいんだから。おれはもう、充分過ぎるぐらいの幸せをもらったからね」
白沢の全身に、僅かな動揺が走った気がした。心からの言葉ではあったが、優しい白沢には逆効果だったかもしれない。あるいは、それを見越しての台詞だったのか。
(……性格悪いなあ、おれ)
白沢の優しさにつけこんでいることは、充分過ぎるほど理解していた。でも、自分から手を放すことは出来そうもない。
「ね、多比良」
「んー?」
「キス、しようか」
日課となった昼休みのハグ。今日の場所は、理科室だった。白沢はそこで、彰太を抱き締めながら言った。彰太は顔を上げ、白沢と目線を交差させた。からかっている風には見えなかった。
ふは。
彰太は、小さく笑った。
「どうしたの? 誰かと間違えてる?」
「……間違えてないよ?」
「なら、疲れてるんだよ。いくらおれが女顔だからって、男にキスしようとするなんてどうかしてる」
「……そんなに、可笑しなことかな」
「うん。可笑しい。今日はもう早退して、帰って寝た方がいいよ」
保健室行く?
笑みを崩さない彰太に、白沢は「……いや」と返答することしか出来ない。「そっか」と彰太は再び、白沢に抱き付いた。
その顔が、見る間に赤くなっていく。心臓が早鐘を打ちはじめる。動揺が全身に走っていく。
(……何でキスしようとか言ったんだろ)
あまりにおれが憐れだから? だとしても、出来てハグまでだろう。それとも、モテる白沢にとってはキスなど、取るに足らないことなのか。もしおれがしたいって答えたらどうするつもりだったんだろう。
──キス、してくれたんだろうか。
(……あれ? おれは人生最大のチャンスを自ら逃してしまったのか?)
はたと気付き、赤くなった顔色を青く染めていく。何で、何で素直に「したい!」と言えなかったのか。だって白沢が同情でも気まぐれでもキスしようなんて言うわけないと思い込んでいたから。絶対誰かと、あるいは女と間違えていると思ったから。男とキスしたなんて、白沢にとっては汚点にしかならない。だから。
(……そうだ。おれの判断は間違ってない。これで良かったんだ)
涙を呑みながら、彰太は必死に自分に言い聞かせた。代わりのようにいつもより強く白沢にしがみつき、白沢の体温と匂いを堪能した。白沢は何も言わず、咎めることもなく、いつものように受け入れてくれた。
学校から帰宅した彰太は、玄関にある兄と瑠花の靴に気付いた。今日は大学が昼までと言っていたのを思い出し、開けたままになっているリビングのドアからもれる明かりに目を向けた。此処にいるのなら挨拶しようと足を踏み入れる。
ドアを入って右側にあるソファーに、背を向けて座る二人の人影。彰太は目を丸くした。兄と瑠花が、キスをしていたからだ。
「──げ、彰太っ」
気付いた琉太が、しまったとばかりに目を見張った。瑠花も顔を赤くし、琉太から慌てて離れた。彰太はじーっと二人を見詰めた。
「しょ、しょうちゃん。お帰りなさい」
「……ただいま」
気まずさから瑠花は「わ、私このあとバイトだから、もう帰るね」とカバンを持ち、立ち上がった。琉太も「え、駅まで送ってくよ」とあたふたする。
「い、いいよ。まだ外明るいし、平気」
じゃあ、またね。
彼女が手をふり、帰っていった。玄関に佇む琉太がぽりぽりと頬を無意味に掻く。いいな。彰太は琉太の背後で、ぼそっと呟いた。
「いいな。堂々とキス出来て。いいなあぁぁ」
昼休みの出来事を脳裏に描きながら、恨みがましく何度も繰り返してくる彰太に何と返していいかわからず「さーて。オレもバイト行くかな」と琉太は背を向けた。彰太はがしっと兄の服を掴み「──おれも行く」と言った。
15
お気に入りに追加
549
あなたにおすすめの小説
切なさよりも愛情を
槇村焔
BL
無口×健気
中川菜月は幼い頃より身寄りがいない、天涯孤独の身の上である。
ある日、菜月は事故で怪我をしてしまい、そのときいあわせた日下利弥とひょんなことから同居する事となる…。
初めて自分に優しくしてくれる利弥に、戸惑いつつも惹かれていく気持ちを抑えられない菜月。
しかし…。
※甘さ控えめです。シリアス。
リメイク作品です.
リメイク前はBLOVEさんにあります。
リメイク後作品もBLOVEさんに載せていました(現在はアルフポリスさんのみで掲載中)
素材お借りしました→https://pro-foto.jp/

僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ
樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース
ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー
消えない思いをまだ読んでおられない方は 、
続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。
消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が
高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、
それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。
消えない思いに比べると、
更新はゆっくりになると思いますが、
またまた宜しくお願い致します。

監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。


Endless Summer Night ~終わらない夏~
樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった”
長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、
ひと夏の契約でリゾートにやってきた。
最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、
気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。
そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。
***前作品とは完全に切り離したお話ですが、
世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる