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第一章
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彰太は自室で、ベッドに寝転がりながら白沢からもらったクッキーをじっと見ていた。
ガチャ。
玄関の扉が開く音がして、彰太は二階の自室から飛び出し、かけ降りた。
「琉兄!」
だが、玄関にいたのが兄だけでなかったので、彰太は慌ててポケットにクッキーを隠した。
「しょうちゃん、こんにちは」
にっこり笑ったのは、琉太の彼女の瑠花だった。兄と交際して二年になる瑠花とは、すっかり顔馴染みとなっている。優しくて、彰太のことをとても可愛がってくれる兄の彼女のことが、彰太は大好きだった。
「瑠花さん、いらっしゃい。一ヶ月ぶりじゃない?」
「そうね。ちょっと大学の方が忙しくて。それより、お兄さんに用があったんじゃないの? 私、先に部屋に行ってようか?」
「ううん、平気。ね、それなに?」
彰太は目ざとく、瑠花が手に持つ長方形の箱を指差した。ふふ、と瑠花が笑う。
「これはね。前にしょうちゃんが食べたいって言ってた、生クリームたっぷりのシュークリームよ」
確かに、兄の部屋で二人が食べているのを目撃してしまったとき「おれも食べたかった」とぼやいた記憶がある。それを覚えていてくれたんだ。彰太は嬉しくなった。
「ほんと? 琉兄たちの大学の近くに売ってるやつ?」
「そうよ。一時間、並んで買ってきたんだから」
琉太が「感謝しろよ」と腰に手を当てる。彰太は「うん。ありがと」と笑みをこぼした。
幸せだと思う。恵まれていると思う。ありがたいと、いつも感謝している。それでもやっぱり、たった一つの憂いは消えない。
日も落ち、辺りが暗くなりはじめたころ。瑠花を駅まで送り、帰宅した兄を玄関で待ちわびて彰太が「これ、これ見て」と、個包装されたクッキーを大事そうに両のてのひらにのせ、兄に見せた。目が異様に輝いている。
「なに、それ。お菓子か?」
「白沢にもらった!」
琉太は納得し「ああ、例のモデルやってる奴か」と口元を緩めた。
良かったな、と琉太が頭を撫でる。あの日約束した通り、兄は何でも聴いてくれる。彰太が白沢に一目惚れしてしまったことも知っている。今日はあいさつが出来た。目が合った気がした。そんな些細なことまで。兄の前でだけ、彰太は自分の気持ちを素直に吐き出すことが出来る。それだけで、彰太の心はずいぶんと軽くなる。
「これ、おれの宝物にする」
ぎゅっとそれを大事そうにそっと両手で包む。兄がひどく冷静に「食わないのか? 腐るぞ」と首を捻る。兄のこういった現実的なところを、瑠花が「何でわかんないかな」と口を尖らせている姿を、彰太は何度か見ている。
(……おれって、女々しいのかな)
軽く落ち込みながらも、確かに腐るのは嫌だなと少し冷静になった。
「…………」
彰太は考えたすえ、ハサミで袋を綺麗に真横に切り、目を閉じながらクッキーを一口一口じっくりと咀嚼した。今まで食べたどのクッキーより美味しく感じ、じーんと浸った。それからその空き袋をしばらく見つめたあと、手帳型のスマホケースにそっとしまった。
ガチャ。
玄関の扉が開く音がして、彰太は二階の自室から飛び出し、かけ降りた。
「琉兄!」
だが、玄関にいたのが兄だけでなかったので、彰太は慌ててポケットにクッキーを隠した。
「しょうちゃん、こんにちは」
にっこり笑ったのは、琉太の彼女の瑠花だった。兄と交際して二年になる瑠花とは、すっかり顔馴染みとなっている。優しくて、彰太のことをとても可愛がってくれる兄の彼女のことが、彰太は大好きだった。
「瑠花さん、いらっしゃい。一ヶ月ぶりじゃない?」
「そうね。ちょっと大学の方が忙しくて。それより、お兄さんに用があったんじゃないの? 私、先に部屋に行ってようか?」
「ううん、平気。ね、それなに?」
彰太は目ざとく、瑠花が手に持つ長方形の箱を指差した。ふふ、と瑠花が笑う。
「これはね。前にしょうちゃんが食べたいって言ってた、生クリームたっぷりのシュークリームよ」
確かに、兄の部屋で二人が食べているのを目撃してしまったとき「おれも食べたかった」とぼやいた記憶がある。それを覚えていてくれたんだ。彰太は嬉しくなった。
「ほんと? 琉兄たちの大学の近くに売ってるやつ?」
「そうよ。一時間、並んで買ってきたんだから」
琉太が「感謝しろよ」と腰に手を当てる。彰太は「うん。ありがと」と笑みをこぼした。
幸せだと思う。恵まれていると思う。ありがたいと、いつも感謝している。それでもやっぱり、たった一つの憂いは消えない。
日も落ち、辺りが暗くなりはじめたころ。瑠花を駅まで送り、帰宅した兄を玄関で待ちわびて彰太が「これ、これ見て」と、個包装されたクッキーを大事そうに両のてのひらにのせ、兄に見せた。目が異様に輝いている。
「なに、それ。お菓子か?」
「白沢にもらった!」
琉太は納得し「ああ、例のモデルやってる奴か」と口元を緩めた。
良かったな、と琉太が頭を撫でる。あの日約束した通り、兄は何でも聴いてくれる。彰太が白沢に一目惚れしてしまったことも知っている。今日はあいさつが出来た。目が合った気がした。そんな些細なことまで。兄の前でだけ、彰太は自分の気持ちを素直に吐き出すことが出来る。それだけで、彰太の心はずいぶんと軽くなる。
「これ、おれの宝物にする」
ぎゅっとそれを大事そうにそっと両手で包む。兄がひどく冷静に「食わないのか? 腐るぞ」と首を捻る。兄のこういった現実的なところを、瑠花が「何でわかんないかな」と口を尖らせている姿を、彰太は何度か見ている。
(……おれって、女々しいのかな)
軽く落ち込みながらも、確かに腐るのは嫌だなと少し冷静になった。
「…………」
彰太は考えたすえ、ハサミで袋を綺麗に真横に切り、目を閉じながらクッキーを一口一口じっくりと咀嚼した。今まで食べたどのクッキーより美味しく感じ、じーんと浸った。それからその空き袋をしばらく見つめたあと、手帳型のスマホケースにそっとしまった。
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