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番外編③
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佳菜子が去っていった部屋に、静けさが訪れた。沈黙に堪えられなくなった優斗が、覚悟を決めて口を開いた。
「──あの、璃」
「口紅ついてるよ」
言葉を遮り、璃空は優斗の唇を指差した。優斗が慌ててシャツの端で自分の唇を拭う。
「優斗は、まだあの人のこと好きだったりするの?」
向かい合ったまま、璃空が訊ねる。声音からは何の感情も読み取れないが、優斗は何より、質問の内容に驚愕した。
「……何、言って」
「初恋の人で、初体験の相手なんでしょ?」
はっとし、優斗は右手で隠すように顔を覆った。
「……あの人が言ったんだよね」
「うん」
「いつ」
「えっと──先週の土曜。バイトに行く途中で会って」
佳菜子が言っていたことは、残念ながら事実だったことを改めて優斗は実感した。
「……何でその時にちゃんと聞いてくれなかったの?」
「昔はどうでも、今はおれのこと好きでいてくれてると思ったから」
「違った?」と目線を真っ直ぐに合わせてくる。ひどく冷静な璃空に、優斗の方が困惑する。
「違わないよ。俺が好きなのは璃空だ。初恋も」
少しの間のあと「──初体験も嘘?」と璃空は訊ねた。優斗は言葉につまりながら「それは……」と俯き、黙ってしまった。
「おれが帰ってくるのがあと一時間遅かったら、この部屋で、あの人とセックスしてた?」
慌てたように顔を上げ「?! するわけないっ!」と声を荒げる優斗。
「服脱いで、キスしてたのに?」
「ちが──っ」
優斗は突然、口を右手で覆った。顔色が急激に悪くなっていく。
「ごめ……うがいしてきていいかな。思い出したら急にっ」
優斗が慌ててトイレとお風呂場の間にある、洗面所兼脱衣場に向かう。水道水を目一杯出し、コップに水を注ぐ。
こそっと様子を伺う璃空。うがいを一回。二回。三回。──まだまだ続く。
ようやくうがいを終えた優斗はタオルで口を拭きながら「──知らなかったな」と独白のように呟いた。
璃空が首を傾げる。
「……好きじゃない人とキスするのがこんなに気持ち悪いなんて。知らなかったよ」
優斗が自分の唇を、タオルで乱暴に擦り始めた。「化粧と香水の臭いはきついし」と殺気だち、ぶつぶつ言いながら。
「──優斗! 血、血が出てる!」
鏡に映る優斗を背後から見ていた璃空は慌てた。擦りすぎた優斗の唇から血が滲みはじめ、タオルに染みができていた。
「平気だよ。あの人の感触を早く消したいんだ。血ぐらい何てことない」
無表情のまま、まだ擦ろうとする優斗。璃空は小さく悲鳴を上げながら優斗の右腕を掴んだ。
「やめろってば!」
涙声で叫ぶ璃空に、ようやく優斗は動きを止めた。「ごめんね」と謝罪しながら掴まれた右腕を下げる。
「……言い訳、させてくれるかな」
呟くと、璃空は小さく頷いた。
「──あの、璃」
「口紅ついてるよ」
言葉を遮り、璃空は優斗の唇を指差した。優斗が慌ててシャツの端で自分の唇を拭う。
「優斗は、まだあの人のこと好きだったりするの?」
向かい合ったまま、璃空が訊ねる。声音からは何の感情も読み取れないが、優斗は何より、質問の内容に驚愕した。
「……何、言って」
「初恋の人で、初体験の相手なんでしょ?」
はっとし、優斗は右手で隠すように顔を覆った。
「……あの人が言ったんだよね」
「うん」
「いつ」
「えっと──先週の土曜。バイトに行く途中で会って」
佳菜子が言っていたことは、残念ながら事実だったことを改めて優斗は実感した。
「……何でその時にちゃんと聞いてくれなかったの?」
「昔はどうでも、今はおれのこと好きでいてくれてると思ったから」
「違った?」と目線を真っ直ぐに合わせてくる。ひどく冷静な璃空に、優斗の方が困惑する。
「違わないよ。俺が好きなのは璃空だ。初恋も」
少しの間のあと「──初体験も嘘?」と璃空は訊ねた。優斗は言葉につまりながら「それは……」と俯き、黙ってしまった。
「おれが帰ってくるのがあと一時間遅かったら、この部屋で、あの人とセックスしてた?」
慌てたように顔を上げ「?! するわけないっ!」と声を荒げる優斗。
「服脱いで、キスしてたのに?」
「ちが──っ」
優斗は突然、口を右手で覆った。顔色が急激に悪くなっていく。
「ごめ……うがいしてきていいかな。思い出したら急にっ」
優斗が慌ててトイレとお風呂場の間にある、洗面所兼脱衣場に向かう。水道水を目一杯出し、コップに水を注ぐ。
こそっと様子を伺う璃空。うがいを一回。二回。三回。──まだまだ続く。
ようやくうがいを終えた優斗はタオルで口を拭きながら「──知らなかったな」と独白のように呟いた。
璃空が首を傾げる。
「……好きじゃない人とキスするのがこんなに気持ち悪いなんて。知らなかったよ」
優斗が自分の唇を、タオルで乱暴に擦り始めた。「化粧と香水の臭いはきついし」と殺気だち、ぶつぶつ言いながら。
「──優斗! 血、血が出てる!」
鏡に映る優斗を背後から見ていた璃空は慌てた。擦りすぎた優斗の唇から血が滲みはじめ、タオルに染みができていた。
「平気だよ。あの人の感触を早く消したいんだ。血ぐらい何てことない」
無表情のまま、まだ擦ろうとする優斗。璃空は小さく悲鳴を上げながら優斗の右腕を掴んだ。
「やめろってば!」
涙声で叫ぶ璃空に、ようやく優斗は動きを止めた。「ごめんね」と謝罪しながら掴まれた右腕を下げる。
「……言い訳、させてくれるかな」
呟くと、璃空は小さく頷いた。
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