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「……何で」

 口をついて出た言葉が、頭の中で何度も回る。

 何で。どうしてと。

 おれのことをまだ少しでも気にしてくれていたのなら。いっそ、放っておいてほしかった。

「何で、そんなこと言うんだよ……」

 暖かいものが、頬を流れた。
 留まることなく、次々と溢れる。
 優斗の顔が、滲む。

「……璃空?」

 優斗が戸惑ったような、驚いたような、そんな複雑な表情を浮かべた。それが余計、璃空の心をぐちゃぐちゃにした。

 璃空は涙を流したまま、口の端を歪めた。

「前原のこと、恋人だと思った? 優斗にフラれてまだ少ししか経ってないのに、次の恋人見つけて、幸せになってると思った?」

 駄目だ。これ以上言っても、優斗を困らせるだけだと分かっているのに、自分が止められない。

 今まで我慢していた感情が、溢れ出る。

 せき止めていた分、それは激しくなる。

「それとも、優斗に依存してたおれが自殺でもしないかって、心配になった? だから次の恋人見つけて、幸せだっていうの確認して、安心したかった?」

 優斗はもう、自分じゃない誰かを選んだ。すがって何になる。余計嫌われるだけだ。

「優斗の一番じゃなくなっても、嫌われたくない。迷惑かけたくない。だから精一杯我慢してたのに。何でそんなこと聞くんだよ。そんなにおれのこと」

 嫌いなのか。

 続く言葉を呑み込む。俯く璃空に、優斗がそっと手を伸ばした。

 けれど、その手は璃空に届く前に離れてしまった。

(何で……)

 何で、抱きしめてくれないのだろう。

 そんなことを思う。
 理由は、分かっているのに。
 どうしようもないことなのに。

 涙が溢れる。自分の手で、服の袖で、何度も何度も涙を拭う。それでも、溢れてくるものは一向に止まる気配はない。

「……もう、いいだろ。帰ってよ」

 ようやく言葉を絞り出し、璃空はその場を去ろうとした。その腕を、優斗が掴む。璃空は思わずカッとなり、その手を乱暴に振りほどく。

 振り向き、いい加減ほっといてくれと怒鳴ろうとした。

「……ごめん。混乱して、上手く言葉が出てこないんだ」

 でも、できなかった。
 気付けば、優斗の腕の中にいた。

 優斗の声は、辛そうにも、何かを耐えているようにも聞こえた。優斗の肩越しに、アパートが見える。何が起こったのか理解できず、璃空は茫然とする。

 優斗は璃空を逃がすまいと、両腕に力をこめた。

「教えて。俺がふったって、どういうこと? どうしてそう思ったの?」

 優斗は意識して、できるだけ冷静に、優しく問いかけた。

 ビクッと、腕の中で璃空の身体が震えた。

 どうして、だって?
 優斗に、彼女ができたからだろ?

 だからおれがいらなくなったんだろ?

「う……あ、あああ」

 何かがぷつりと切れたように、璃空が声を上げて泣き出した。

 いつもの璃空なら、気付けていたかもしれない。
 優斗の様子がおかしい。
 何か誤解があるのかもしれないと。

 だが、混乱した頭では何も考えられない。


 優斗のことも、何もかも、信じられなくなっていた。
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