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「うわ。いきなり止まるなよ、前原。どうした?」

「んー……オレの部屋の前に誰かいんだけど」

 前原の背後から覗きこむように、顔だけ右側にずらした。言葉通りに、前原の部屋の前に長身の男が立っているのが見えた。

 璃空の双眸が、見る間に大きくなる。

「……ゆ、うと」

 日が沈み。辺りはもう、ほんのり薄暗い。それでも、その中に佇む人物が、少し口元を緩めたのが分かった。

「久しぶり、璃空」

 泣きたくなるような声が、自分の名を呼んだ。

 幻聴だと。
 幻覚だと。

 そう思った。

 凍りついたように、動けなくなる。

「何だ、朝比奈の知り合いかよ。びっくりしたー」

 前原がわざと大袈裟に息を吐く。優斗が、目線を前原に移した。

「驚かせてごめん。璃空に話しがあるんだ。少しだけいいかな」

「ん? 別にいいよ。オレ、見たいテレビがあるからこれで失礼~」

 前原は後ろを振り返ると、璃空が持っていたレジ袋を取り、さっさと部屋に入ってしまった。

 優斗が、意外そうな表情を浮かべる。

 璃空は、今だ固まったままで、そんなことに気付く余裕はない。

「突然、ごめんね」

 優斗が、静かに眼差しを璃空に戻す。
 申し訳なさそうに、謝罪を口にする。
 その視線を受け止めることができず、俯く。

 璃空は答えられない。頭の中が、グルグルと回っている。どうしてここに優斗がいるのか、璃空には分からない。検討もつかない。

 彼女を助けたお礼でもしにきたのだろうか。ちらっとそんな考えが過ぎり、心臓がチクリと痛んだ。

「ちゃんと、けじめをつけておこうと思って」

 錆びついた階段を見つめる璃空の目が、大きく見開いた。

 違う。優斗は、おれに別れを告げにきたんだ。

 それはもしかしたら、璃空のためかもしれない。
 それとも優斗自身か、彼女のためか。

 優斗の心に璃空はもういない。
 今いるのは、あの雪野という女だ。
 分かっている。
 充分、理解している。

 でも。

 聞きたくない。
 違う。ちゃんと聞かなきゃ。
 向き合いたくない。
 駄目だ。ちゃんと向き合え。
 逃げたい。
 逃げるな。いつまで甘えているつもりだ。

 胸中で葛藤する。自身を叱咤する。
 優斗を本当に好きなら、できるはず。

 今だけでいい。心を閉ざすんだ。


「……うん。分かった」
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