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 今にして思えば、最初に好きになったのは声だった。

 低くて、よく通る声。

 でもどこか、甘さと艶を含んでいるような。

 そして、手の温度。
 匂い。

 顔は、熱で視界がぼやけていたせいか、この時点では正直あまり覚えていなかった。

 病院まで付き添うと申し出てくれた優斗を何とか説得し、一人で病院に行った。次の日は大学を休み、家にいた。

 熱に浮かされる脳裏には、おぼろげな優斗の姿と、声。

 何故か泣きそうになったのを覚えている。

 2日後には元気になり、大学に行った。
 無意識に優斗を探す自分がいた。
 見つけたのは、学校内にある食堂だった。

 覚えのある声がして、ほとんど反射的に振り返った。

 優斗は綺麗な女の人といた。

 その時はじめて優斗の顔をじっくりと見た。
 その端整な顔に、絶望感だけが胸中を占めた。

 隣に並ぶ女の人と、とてもよく似合っていて。

 泣きそうになった。

 何故か自分が滑稽に思えて、笑いそうになった。

 璃空に気付いた優斗が、軽く右手を上げた。逃げたい衝動に駆られながら、璃空は必死に笑った。優斗にお礼を告げると、前原が待つテーブルに急いで向かった。

 好きだと自覚する前に、失恋した気分だった。

 食堂ではじめて優斗を見た時、一緒にいた女は、数日経つと姿を見せなくなった。かわりに優斗は、男友達と食堂に訪れるようになった。

 それを素直に喜べるほど、璃空は単純ではない。

 きっとすぐに、次の相手を見つけるだろう。

 そしてそれは、優斗に見合う綺麗な女であるはずだ。

 一筋の可能性も、決して抱きはしなかった。

 だから、優斗を見るのは辛かった。どんなに綺麗事を並べても、少しの可能性も抱けないのは、やっぱり苦しい。それでも、目が勝手に探してしまうのだ。

 姿が見られるだけで、嬉しかったから。

 優斗と、何度か目が合うことがあった。ずっと見ているのだから、当然のことかもしれない。

 優斗はその度、笑って返してくれたけど。

 怖かった。
 視線の意味を知られてしまうことに、恐怖した。

 同じ大学でも、学部ごとにキャンパスが分かれているため、学部が違えば逢う可能性は低い。唯一姿が見られるのは食堂だけで。

 逆を言えば、食堂にさえ行かなければ逢わずにすむ。璃空は自然と、食堂を避けるようになった。

 それでも、想いは消えてくれなかった。

 むしろ募るばかりで。

 自分が心底嫌になった。

 どうして報われない恋ばかりしてしまうのだろう。


 ただ辛いだけなのに。
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