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第10章
第7話 僕とアナタの部屋
しおりを挟む《 エクスエデン校舎・廊下 》
「…………………………」
僕は今、ある入学者が居るという部屋の扉の前にいる。
その入学者の名は……イーラ=イレース。
他の生徒や先生達の目撃情報を聞くところによると、走り去った彼女は校舎の中の生徒用の部屋に入っていったとのことらしい。
この学園を潰すなんて物騒なことを言ってたのだし、この学園校舎を利用するつもりなんて無いのではないか、とも思ったけど……
案外、利用出来るものは利用する性分なのかもしれない。
まぁ、街の外にでも出て行かれちゃったら追うのが大変だっただろうし、あんまり気にしないでおこう。
そして、何故僕がイーラさんの部屋の前へ来ているかというと……
あの時、勇者様からの話を聞き……
僕は、どうしても彼女に会いたくなったのだ……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「勇者様達に協力して……
『里』を追放された……!?」
勇者様の口から語られたその話の内容に、僕は驚きと困惑の声を上げた。
「ああ……私達と『魔王』の決戦の場として、彼女の故郷『エンシェント・フォレスト』が使われたという話は知っているかい?」
「え、ええ……ついさっき、アリーチェさんから聞きました……
それで、勇者様達は『里』の『エルフ』達に交渉をしに行ったけど、すぐに追い返そうとしたっていうのも、イーラさんから……」
勇者様は腕を組み、肩を落としながら「うむ……」と呟いた。
「私達のことは森を汚しに来た『外敵』としか思われていなかった。
まぁ、彼らからしてみればそれも無理はないことだろうがな……」
『エルフ』達からしてみれば『魔王』も、森を『魔王』との決戦の場に利用しようとする人類も、等しく『外敵』か……
「しかし、私達もそれで引き下がるわけにはいかなかった。
私達は彼らの『里』に何度も足を運び、頭を下げに行ったよ。
その度に『準』高等魔法を浴びせられたりしたものだが……私達は精一杯歎願し続けた」
「なんかサラッとトンデモないことされてませんか」
一体どんな交渉の場となっていたのか……
僕は魔法を浴びながら平然と頭を下げ続ける勇者様とそれを見て慄く『エルフ』達の姿を幻視した……
それにしても……そんなことをしてまで『エンシェント・フォレスト』で戦わなければならなかったのか……
まあ、そりゃそうか……アリーチェさんが言ってたじゃないか……
そのまま大陸中心地で戦ってしまえば、数千キロにわたって大地が荒れ果て、僕達人類生存圏にも多大な被害が………
って、あれ……待てよ……?
僕はある事に思い至った。
「あの、勇者様……思ったんですけど、わざわざ『エンシェント・フォレスト』で戦わなくても……魔物生存圏である大陸西側で戦えば良かったんじゃないですか?
それなら、僕達が暮らす人類生存圏には被害は及ばないんじゃ……」
そんな疑問の声を僕が上げると……
「あー……うーんと、それはだな……」
勇者様は何とも歯切れの悪い返事をし―――
「ああ、そうそう!
大陸西側には『魔王』を連れ出すことが出来なかったんだよ。
何せそっちは魔物達の総本山だからな。
奥地に行けば行くほど数も質も、桁違いになる。
人類生存圏に影響が出ない距離まで移動することは困難だったんだ」
と、説明を行った。
まぁ……僕なんかが思いつく程度の案なんて、とっくに思い至ってるか……
……なんとなく『用意した言い訳』を言っているような感じな気がしたけど……そんな訳ないか。
「まあ……実際は大陸の大地を荒らすことそのものがNGだったんだけどな……」
―――ボソッ……
「―――?」
勇者様が何かを小さく呟いた気がした。
「ともかく、私達はひたすら頼み込んだんだ。
流石に彼らを無視し、彼らを巻き込んで『魔王』と戦闘を行う訳にはいかないからな。
しかし……いつまでも話は平行線のままで、私達も焦り始めた。
そんな時―――彼が、私達にコンタクトを取ったんだ」
「彼……というのは、もしかして………」
「うむ」と勇者様は深く頷いた。
「イーラの兄、トリスティス=イレースだ」
勇者様の話では……トリスティスさんは何度目になるとも知れない交渉決裂の後、『里』から離れようとする勇者様達を呼び止めて、ある取引を持ち掛けて来たらしい。
その取引というのが……
「『魔王』との戦いを終えた後……『エンシェント・フォレスト』に及んだ被害からの迅速な回復に尽力することをこちらが保証してくれるのならば……
自分が『里』の『エルフ』達を全員眠らせ、戦いに巻き込まれない場所まで避難させておく、というものだった」
「なっ……!?」
その内容に、僕は思わず上擦った声を上げてしまった。
それはつまり……『里』のエルフ達の同意を得ずに、無理やり『エンシェント・フォレスト』を決戦の場にしてしまうおう、ということ……!
それを、『エルフ』側であるトリスティスさんの方から提案してくるなんて……!
「彼は取引と言ったが……こちら側の都合で勝手に故郷の森に被害を受ける彼らからしてみれば、それぐらいの保証はあって当然とも言える。
私達としても、そのような方法を取ってしまったら彼ら『エルフ』と私達人類の間に途轍もない禍根が残ることになるだろうと、断るつもりでいたのだが……
彼は『お前達が断わろうが、俺の方で勝手にやるつもりだ』と言ってきたのだ」
「――!」
『俺が『里』のジジイ共を森から運び出した後、森を使おうが使わまいが好きにしろよ。
どのみち俺は責任を取らされて『里』から追放だろうよ』
トリスティスさんは……勇者様達に向かってそう言い放ったらしい……
「その言葉通り彼は『エルフ』達全員に強力な魔法をかけ……森の外へと運び出していった。
そして私達は……結局は彼との取引に応じた、という訳だ」
そう語る勇者様の表情には、罪悪感らしきものが見えた。
当然というか、そんな無理やりな方法で『エンシェント・フォレスト』を決戦の場に使ってしまったことに、勇者様達がなんとも思っていないはずがないのだ……
「ちなみに、その『エンシェント・フォレスト』の森林回復作業にはわたくし達ガーデン家も大部分に関わっておりますのよ」と、話を聞いていたアリーチェさんが補足してきた。
それで彼女はあれほど『エンシェント・フォレスト』の事情に詳しかったのか……
にしても………
「どうして……トリスティスさんはそこまでして、勇者様達に協力してくれたんでしょうか……」
『エルフ』からしてみれば、『人間』達の勝手な理由で故郷を荒らされることになる……
それは、彼にとっても同じはずだろうに……
「彼は……私達の話を信じてくれたんだ」
「……?
勇者様達の、話……?」
「ああ」と、勇者様が腕組みを解きながら言った。
「『この森に被害が殆どないのは……今はまだ『魔王』がこの森を放置しているだけだ。
時が来れば、貴方達『エルフ』は間違いなく『魔王』の軍勢に滅ぼされることになる』
という話だ」
「――!!
そ、それって……!?」
「言葉の通りさ。
魔王は今は大陸の人類の掃討を優先しているだけ……
それが済めば、次の対象は『エルフ』達になるだろう、ということだ。
まぁ、彼らには一笑に付されてしまったがな」
勇者様はお手上げ、というように両手を上げた。
「しかし……1人だけ、その話を信じてくれた者がいた」
「…………」
それが、トリスティスさん……!
「彼は、『里』の『エルフ』達を守るために……
そしてそれ以上に、自らのたった1人の家族を守るために……私達に協力してくれたのだろう」
「――!」
トリスティスさんのたった1人の家族……それは……
「イーラさんのこと、ですか……?」
勇者様はコクリと頷いた。
「なんでも、彼ら『イレース』の一族は両親が幼い頃に死んでしまい、残されたのは彼と1人の姉、そして妹の3人だけだったらしい。
更に、その姉は昔『里』の決まり事を破ったが為に追放されてしまい、今はトリスティスとイーラの2人だけとのことだ」
2人だけの、家族……!
「いつか、イーラとはゆっくり話をしたいとは思っていたんだ。
トリスティスのこととか、色々とな……」
「しかし……」と、勇者様は続けると……
「イーラからしてみても、たった1人の家族であったトリスティスを追放する原因となった私達を、彼女が快く思っていないのは当然のことだったろうに……
失敗してしまったよ……」
そんなことを言う勇者様の顔は……僕が今まで見たこともない暗い影を纏っていた……
「と、すまない。
こんな話を聞かされても困るだけだったな。
それでは、これをコーディスに頼んだよ」
そう言いながら勇者様は僕に書類を渡し、今度こそ僕達の前から去っていったのだった……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「イーラさん……」
彼女が居るという部屋の前で、僕は改めて意志を固める。
イーラさんと話し合って……彼女に勇者様のことをもっとよく知ってもらえば……
勇者様に対する考えを、変えてくれるかもしれないと……
僕はそんなことを思ったのだ。
勿論そんなの僕の身勝手な願いで、余計なお世話でしかないのだろうけど……
僕は……去り際の、勇者様のあの暗い顔が……忘れられなかった。
グッ……と僕は握り拳を握り――
―――コンコン……!
部屋の扉を、ノックする……!
「………………………」
反応は、ない………
もしかして、やっぱりここにはいないのかな………?
一瞬そう思ったけど……耳を澄ますと部屋の中から音が聞こえてくる。
部屋の中に誰かいることは間違いない……
なら、ノックは無視されているだけ……?
「…………………………」
僕はドアノブに手をかけて、回してみる。
ノブは、問題なく回った……
鍵は……かかっていない……
僕は息をゆっくり吸い込むと―――
勢いよくドアを開け放ち―――叫ぶ!!
「イーラさん!!どうか勇者様とお話を――――」
「きゃーー!!きゃーーーー!!!
私、アルミナに名前覚えて貰っちゃってたーーーーーーーーー!!!
良かったーーーー!!良かったよーーーーーーー!!!
もしあの人に会って、『君だれ?』なんて言われたらそれだけでショック死しちゃってたかもーーーーーーー!!!
嬉しくって思わずあの場で『私の名前覚えててくれてたんですね!!感激ですぅーーーー!!!」って叫びそうになっちゃったよーーーーーーーー!!!
もうホンット!!自分で自分がコントロール出来ないよーーーー!!
こんな姿、誰にも見られるわけには―――」
「……………………………………」
超精巧な勇者様イラストが壁一面に貼られ―――
おそらくお手製の木彫り勇者様像が立ち並ぶ部屋の中―――
勇者様の姿が描かれた長枕に両手両足で抱き着きゴロゴロと部屋を転がっていたイーラさんは―――
ドアノブに手をかけた格好のまま固まっている僕を見て、ピタリと動きを止めた………
そして数刻……
時間が止まったかのような静寂の後―――
「よし。
とりあえずお前、死のうか」
―――ビュオオオオオオオオオオ!!!
「いやちょっと待って!!
いやだいぶ待って!!!
いやかなり待ってぇええええええええ!!!」
右掌の上に黒い竜巻を巻き起こしながら笑顔で近づいてくるイーラさんに向かって、僕は全力の叫び声を上げるのだった―――
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