勇者学園とスライム魔王 ~ 勇者になりたい僕と魔王になった君と ~

冒人間

文字の大きさ
上 下
156 / 173
第10章

第2話 お菓子とワイン

しおりを挟む

「あの………お菓子、ここに置いておきます……
 もし、パーティに来たくなったら……言ってください………
 歓迎、しますから…………!」

女の子はそう言って、紙袋に包まれたお菓子をエルフの男の前に置き、そして離れていった。
男の子はそれを見て少し複雑そうな顔をしていたが……結局は何も言わず、女の子と共にこの場を去っていくのだった……

そして……エルフの男とシスターだけが、その場に残された。

「幼い頃に抱いた印象というものは、中々に払拭されないものです。
 私の言葉がなければ、あの子達の中では『エルフ』はとても『冷たい種族』だと思われていたままだったでしょうね」

「代わりに『可哀想な種族』で上書きした、か………」

エルフの男が持っていた本をパタンと閉じながらシスターに言葉を返した。

「なるほど……あれがお前達『人間』が言うところの―――『知った風な口』というヤツなわけだ。
 実に心に響く良い説法だったよ」

そう言いながら、エルフの男は―――

「久しぶりに―――『殺意』が湧いた」

ギロリと、シスターを睨みつけた。

その瞬間―――木の枝にとまっていた鳥たちが、まるで襲いに来た猛獣から逃げるかの如くバサバサと音を立ててその場から飛び立った。

そのとても冷たい『殺気』を受け、シスターは―――

「いえいえ。
 私の説法など、まだまだ未熟もいい所ですよ」

そんな視線などまるでどこ吹く風とでも言うように、ケロリとそんなことをのたまうのだった。
それを見たエルフの男は「チッ……」と舌打ちをすると……まるで何事もなかったかのように『殺気』は消え去っていくのだった……

「それで……勇者一行のメンバーの1人、ヴィア=ウォーカーともあろうお方がこんな辺境に一体何の用だ」

エルフの男は不機嫌そうな表情で改めてそう話しかける。
温和そうな笑みを浮かべるシスター……ヴィアは直ぐには答えず、修道服の内側をまさぐった。

「お話の前に……まずはこちらを貴方に」

そう言いながらヴィアが差し出したのは、ワイン瓶であった。
ラベルに印されている金色に光るガーデン家の紋章は、それが滅多に手に入れることの出来ない極上物であることの証明である。

「5年前……貴方の協力が無ければ、私達は『魔王』と戦うことは出来なかった。
 ささやかではありますが……そのお礼です」

「…………………………」

エルフの男はヴィアと差し出されたワイン瓶を一瞬見やると、「ふん」と言いながらすぐに視線を外した。

「そんな物はいらん。
 お前達『人間』の作るその果物汁は俺の口には合わ―――」

「そうですか!!!
 いりませんか!!!」

エルフの男が受け取り拒否の意志を示した瞬間――その言葉が終えられるよりも先に、ヴィアが目を輝かせながら食い気味に声を出した。

「いやぁーー!!それは残念です!!
 まっことに残念です!!
 これは酒飲みの間では全財産をはたいてでも手に入れる価値があると言われている極上の品なのですが!!
 しかもそう長く日持ちもしないので手に入れたら直ぐにでも飲まなければいけないモノのですが!!!」

聞いてもいないことをヴィアは声高に叫び続けている。
そしてエルフの男は半眼になりそれを見る……

「うーん!!このままダメにしてしまうのは実に勿体ない!!
 こうなった以上、私が責任を以って処分するほかありませんね!!
 いや実に残念ですが仕方がない!!!!」

「おい、やっぱりそれ俺に寄越せ―――」

―――ガブガブガブガブ……………
「っぷはぁーーーー!!
 時価500万ヴァルスが五臓六腑に染みるぅーーーー!!
 やっぱり『お礼の品』という名目で国王にせがんで正解でしたぁーーー!!!
 あれ?今なんか言いました?」

エルフの男が再び話しかけた時には既にヴィアはワインの蓋を開け、その場でそれをラッパ飲みし始めていた―――

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「それで、お前は俺をダシにしてソレを飲む為だけにわざわざここに来たのか?
 俺の所在地を犬みたいに嗅ぎ付けておいて」

エルフの男は座り込みながら頬杖をつき、不機嫌そうに改めて問う。

「いえいえ~、ちゃんとお伝えするべきことがあって来たんですよ~」

既にほろ酔い状態になっているヴィアは頬を赤らめながら答えた。

「貴方のご家族が……コーディスの所へと向かわれました」

その言葉にエルフの男は、耳をピクリと動かす。

「例の『勇者学園』か………
 そうか……『里』の糞ジジイ共がアイツを『外』に出すことを許可した、か……」

エルフの男はフッ……と鼻で笑う。

「ご心配ではないのですか?」
「俺は既に『里』を追放された身だ。
 アイツが何をしようが、どう生きようが俺には関係ない」

そう言い放つと、エルフの男はゴロンとその場に寝転んだ。

「その『アイツ』を……家族を守る為に、貴方は『里』の反対を押し切って我々に協力してくれたのではありませんか。
 その結果『里』を追放されてまで、ね」
「……………………」

ほんのりと赤らんだ頬でヴィアがエルフの男へと微笑みかける。

「ふふ……貴方のおかげで、この大陸は救われたと言っても過言ではないのですよ。
 改めて、誠にありがとうございます」

エルフの男は再び「ふん」と鼻を鳴らした。

「俺は元々、あの『里』を出る予定だったんだ。
 それに、『イレース』の一族が追放されることは今に始まったことじゃ———」

「そして!!貴方のおかげでこの超極上ワイン『ヴァール・ブラッド』をこうして頂くことが出来ました!!
 ホントに!!まっこと!!
 ありがとうございました!!!」

「…………………………」

グビリとワイン瓶をあおりつつ盛大に礼を言うヴィアを見て、エルフの男は眉をこれでもかという程ひそめた。

そして――溜息をつきながら、何気なしにぽつりと呟く。

「………俺に何か伝えるんなら、せめてお前達の中で一番マシなあの灰色の髪のガキを寄こして貰いたいもんだ」

「―――――っ」

その言葉に――ヴィアはピタリと動きを止めるのだった。

「………?」

エルフの男は雰囲気が変わった様子のヴィアを訝しげに見つめた。
そして、少しの間を置き―――

「残念ながら、スクトにはもう……そういった用事は頼めません」

憂いを帯びた表情で、ヴィアは口を開き始めた。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「ふぅん……
 あのガキがそんなことをね……」
「……あまり、驚かれないのですね」

話を聞き終えたエルフの男は先程まで変わらぬ声色でヴィアに話しかける。

「お前達『人間』と違って俺ら『可哀想な種族』はいちいち他人の事情に深く関わるつもりはないんでね」

「それに――」とエルフの男は続けた。

「そう意外な話、という程でもないしな」

「……それは、どういうことでしょうか……?」

エルフの男はヴィアから目を離し、かつてのその『灰色の髪のガキ』の姿を思い浮かべるように目を瞑った。

「あのガキは確かにお前達に付いていけるだけの『力』はあったよ。
 だが、お前達が抱いていたような確固たる『意志』と呼べるものは感じなかった」

「…………………………」

ヴィアは、黙ってエルフの男の言葉を聞いていた。

「あのガキはお前達の目的が正しいと思っていたんじゃない。
 ただ単にお前達に憧れて、お前達の言うことならきっと間違いないんだと、何となく思っていただけだ。
 子供が親の言うことなら何でも正しいと無条件に思い込んでしまうようにな」

エルフの男は、ゆっくりと目を開いた。

「そして、そんな子供が自分自身で物事を考え出した、その時……
 かつて信じていたものが『紛い物』だったのではと、そんな風に思ってしまったら……
 飛んでもなく極端な行動に走ってしまう、ということなんだろう。
 根が真面目であればある程、な」

「………なんだか、身に覚えがあるかのような物言いですね」

ヴィアが口をついて出た言葉に、エルフの男は「チッ!」と盛大に舌打ちをした。
どうやら自分でも思ってもいない内に喋り過ぎたらしい。

「ふふ……しかし、貴方のその口振りだと……
 少なくとも私達と一緒だった頃のスクトは、まだ私達と志を共にしていた、ということなのでしょうか……」

「さぁな。
 ただ……部外者の俺なんかの視点より、ずっと行動を共にしていたお前達が感じたことの方がよっぽど正確なんじゃないのか?
 お前達があのガキから向けられていた言葉や感情が全て偽りだったと、そう信じられないのなら……それが全てだろうよ」

そうエルフの男が言い放ったきり……ヴィアは何も言わなくなり……
しばし、その場に静寂が訪れた。

そして彼女はおもむろに修道服の中から何かを取り出す。
それは、ワイングラスであった。

ヴィアはまだ残っているワインをグラスに注ぐと……静かに微笑みながら、エルフの男へと差し出した。

「やはり、貴方も味わってはみませんか?
 あの子がくれたお菓子も、おつまみに丁度いいと思いますよ?」

エルフの男は、傍に置かれた紙袋に包まれたお菓子と、差し出されたワイングラスと、そしてヴィアの顔を見やり―――

ぽつりと、告げた。

「酒に付き合って欲しいんなら、素直にそう言え」

そう言って、エルフの男はグラスを受け取るのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

反逆勇者の放浪記 ~人類から追放されて勇者を辞めた俺は、魔族の美人姉妹と手を取り合い、争いのない新しい世界を創る~

倉名まさ
ファンタジー
氷の大陸で魔王が目覚めてから十年。 人類と魔族との戦争は激化の一途をたどっていた。 物語の主人公、勇者マハトを中心に、人々は魔族に侵略された都市や領地を奪い返そうと戦いを繰り広げていたが、強大な力を持つ魔族相手に劣勢に立たされていた。 窮地を脱するため、マハト率いる勇者隊は今後の戦いを有利にする、とある街の奪還作戦を決行した。 決死の覚悟で街を取り戻そうとする勇者隊。 だが、彼らの戦いの裏では、別の計画が秘密裡に遂行されていた――。 地位も居場所も無くした一人の青年と、二人の姉妹が手を取り、 絶望の淵から見つけ出す一筋の希望の物語。 *主人公は人類規模で追放されますが、人類への復讐譚はメインテーマではなく、異種族(魔族)の姉妹との逃亡劇とラブロマンスを中心とした物語となります。

処理中です...