勇者学園とスライム魔王 ~ 勇者になりたい僕と魔王になった君と ~

冒人間

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第10章

第1話 美しい男とシスター

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《 大陸東側・東端部 》

さらさらと流れゆく川のせせらぎが聞こえ、爽やかな風が吹き抜ける丘の上。
そこには一本の大樹があり、その根元に腰をかけ、枝の上に止まっている鳥達のさえずりを聞きながら静かに本を読み耽る男の姿が見えた。

黄金色の長髪を風になびかせながら佇むその男は、この世のものとは思えぬ美貌の持ち主であった。
目、鼻、口元……顔を構成するパーツはそのどれをとってもまるで絵画の中から飛び出して来たかのように整っており、誰もがその美しさに息を呑むことだろう。

だが、その中にひとつ…いやふたつ、通常の人間とは異なる形の物があった。
それは耳。
顔の左右に向かって角のように突き出されている長い耳……
それは、この大陸に住むある種族の特徴を表していた。

「あ、あの………」

その美しい男に向かって、声をかける者がいた。
それは子犬を両腕で抱く、幼い女の子だった。
彼女のすぐ後ろにはもう1人、幼い男の子がぶすっとした表情で何か言いたげに腕を組んでいる。

美しい男はそんな幼子の声などまるで聞こえていないかのように何の反応も返さず、ただ本のページをめくるのみであった。

「最近……ここに来た人……ですよね……?」

その声は震えており、不安や怯えが容易に見て取れた。
それでも、女の子は必死に勇気を振り絞り、美しい男に話しかけている。

「えっと………今、わたし達の村で……
 お菓子パーティやってるんですけど……
 その……よかったら、あなたも―――」


「向こうに行ってろ、糞ガキ共」


「――――っ」

その男は、女の子の方を見もせず冷たく吐き捨てるように言い……
女の子はその顔を悲哀に染め、見る見る内にその瞳には涙が溜まる。

「――ッッッ!!
 こいつッ!!!」

それを見ていた男の子が、即座に女の子の前に立ち、男を睨みつけた。
そして、大声で叫ぶ。

「おい!!お前!!!
 フィーネに向かって、なんだよそれ!!」
「あ、アレグくん……!
 私、大丈夫だから……!」

激昂する男の子に対し、女の子は後ろから男の子の袖を引っ張り、必死に制止しようとしていた。
だが、男の子は止まらず、美しい男に向かって怒鳴り続けた。

「お前!ここに来てから、ずっと1人で!!
 村に馴染めてなさそうだったから!!
 フィーネはお前の為に誘ってやったのに!!
 それを!!」

そんな声に……うっとおしい、とでも言いたげな溜息を吐きながら美しい男は言った。

「それはお前達『人間』が言うところの……
『ありがた迷惑』というヤツだ」

「なっ―――!!」

にべもなく言い放つ美しい男に、男の子は言葉を失くした。

「理解したなら……とっとと失せろ」

「――――――ッッ!!!」

その言葉に、男の子は我を忘れ、拳を振り上げた―――

「あっ、アレグくん!!!」

後ろからの女の子の悲鳴のような声ももはやその子には遠く―――
男の子は、振り上げた拳を―――!


「こらこらこら」


「―――ッ!?」

美しい男に向かって振り下ろそうとした拳が、いつの間にか男の子の後ろに立っていた人物に掴まれ、止められた。

「いくら腹立たしくとも、暴力を振るってはいけませんよ」

「あ……!シスター様……!」

女の子がその人物を見て声を上げる。

その人物は、修道服を着た女性であった。
歳は20代後半から30代前半といったところであり、とても温和そうな笑みを浮かべている。

そして美しい男はそのシスターを声を聞き――

「チッ……!」

盛大に舌打ちをしながら、その美貌を歪ませていた。

「さあ、アレグさん。
 どうか怒りを鎮めて、その拳をほどいてください」
「シスター!!
 でも、でも!!こいつ!!」

手を掴まれ、それでも尚美しい男に殴りかからんとする男の子だったが……
シスターは男の子の耳元へと顔を寄せると―――

「……フィーネちゃんが奪われちゃったりしないか、というのが不安なのはわかりますが、ここはどうか抑えて」
「なぁッ……!!」

ボソッと呟かれた言葉に、男の子はたちまち顔を真っ赤にさせ、「ななな、なに言ってんだよ!!」と焦った声をあげながらシスターの方へと向き直った。

そうして男の子を宥め終えたシスターは改めて子供達へと話しかけた。

「いいですか、確かに彼は貴方達にとても冷たい態度を取っています。
 しかし―――」

シスターは、改めてその美しい男の方を見た。

「彼は……『エルフ』なのです」

『エルフ』。
それはこの超大陸『ヴァール』にのみ存在する種族。
その種族は全ての者がこの世のものとは思えぬ美しい顔立ちをしており、特徴的な長い耳を持つ。

「……知ってるよ……!
 でも!!それがなんだよ!!
『エルフ』だったらフィーネにあんな酷いこと言っていいのかよ!!
 顔が奇麗だったら、何言っても許されるのかよ!!」

「いえいえ、そうではありません。
 彼が酷い物言いをしてしまうのは、『エルフ』のもう一つの特徴が原因なんです」
「もう一つの、特徴……」

女の子がシスターの言葉に疑問を浮かべた。

「貴方達も聞いたことがありませんか?
『エルフ』は……物凄く長生きをする種族だと」
「それは……」

そう、『エルフ』のもう一つの特徴……それが『長寿』である。
『エルフ』の寿命は通常の人間の数倍……あるいは数十倍とも言われている。
一説には不老である、という話もある程だ。

「それは、聞いたことあるけどさ……
 それがこいつが酷い事言ってくるのと、どう関係あるんだよ!」
「…………………………」

シスターは男の子の疑問に、すぐには答えなかった。
代わりに……

「フィーネさん、貴方が抱いてるその子の名前……たしか、キャンディちゃんでしたよね?」
「えっ?あ、は、はい、そうです……」

女の子が両腕で抱えている子犬を撫でながら、そんなことを聞いてきた。
いきなり自分に声をかけられたことに、女の子は戸惑いの声をあげ―――


「その子……明日の朝には、死んでしまいますよ?」


「…………………………え?」


突然何を言われたのかが分からず、しばし呆然としてしまった。

「え……え………?」

そして、今告げられた話の内容が徐々に頭の中に伝わってくると……
女の子は顔を蒼白にさせながら子犬を見つめ、震えた声を出し始めるのだった……

「し、シスター!?いきなり何言って―――」

男の子がシスターが一体何を言っているのか問い詰めようとする―――
それよりも前に……彼女は素早く先程のように男の子の耳元に顔を寄せ―――


「実はね……フィーネさんも、もう明日には死んでしまうんです」


「――――!?」

その呟きが男の子の耳を打ち―――
女の子が子犬を見つめて何も言えなくなっているのと同じように……男の子もまた、女の子のことを見つめたまま、何も言えなくなってしまうのだった……

そして2人の子供達が、何一つ言葉を発せなくなったその時―――

―――パンッッ!!!

シスターの叩いた両手の音が、大きく鳴り響いた。
子供達はその音にビクッ!!と跳ね上がると―――

「嘘でーす!!!」

そんなシスターの、やたらと明るい声が続けて響き渡った。

「今言ったことは、全部嘘です。
 安心してください」

その言葉に、子供達は思わずポカーン……と口を開けたままになってしまった。
そして……女の子は心の底からホッとした顔になり……
男の子はその余りにも質の悪い『冗談』に、ぷるぷると顔を赤くして「シスター!!!」と、怒鳴り声を上げようとした。

だが、男の子が声を上げるよりも早く―――

「ですが―――もし、今言ったことが本当だったとしたら……
 貴方達はどんな気持ちになるでしょうか?」

そんな疑問を投げかけられた。

「……え?」
「本当……だったら……?」

男の子と女の子はその言葉に……先ほど自分の心の中に沸き上がった感情を思い出した。

「とても……嫌な気持ちでしょう……?」

「「………………………」」

女の子も男の子も、その言葉を無言で肯定していた。

「当然です。
 親しい者……大切な者が、明日にも死んでしまうなど、とても悲しく、到底受け入れることなど出来ないでしょう」

「…………それが………それが今、なんの関係が―――」

男の子がその疑問を言い終えるより先に、シスターは答えた。

「『エルフ』は、『それ』を何度も繰り返してきたのです」

「え………」

シスターの言葉に、男の子は目を見張る。

「『エルフ』は人間や動物より何倍も、何十倍も生きること出来る……ともすれば、永遠とも言える時の中を。
 それはつまり、同族以外の全ての生き物が、自分より先に死んでしまうということです。
 気が遠くなるような時間を生きる彼らからしてみれば……他の生き物など、瞬きの内に消えてなくなってしまう存在のように見えることでしょう」

「…………………………」

「フィーネさん、アレグくん。
 貴方達が先程抱いた、明日にも大切な者が死んでしまうという、とても嫌な気持ちを……
 彼らは、もう何度も何度も抱き続けてきたのです」

子供達がエルフの男に再び視線を向ける。
彼はやはり何も言わずに、ただ静かに本を読み続けているだけであった。

「彼が他人と関わろうとしない理由も、今なら理解出来るのではありませんか?
 彼らは『エルフ』は、他の生き物と共に生き続けるということが出来ない。
 優しくしてくれた相手も……仲良くなった相手も……
 彼らにとっては……明日には死んでしまう者、なのです」

「…………………………」

男の子がエルフの男に向ける視線には……もはや、怒りの感情は含まれていなかった。

「もう、お判りでしょう……
 彼ら『エルフ』は………
 とてもとても、可哀想な種族なのです」

シスターが優しい声で告げる。

「だからせめて貴方達は……彼を嫌わないであげてください。
 本当はとても優しいのに……優しくなれない彼の為に」

そんなシスターの言葉に―――エルフの男の長い耳がピクリと動いた気がした。
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