勇者学園とスライム魔王 ~ 勇者になりたい僕と魔王になった君と ~

冒人間

文字の大きさ
上 下
130 / 173
第8章

第5話 僕と肖像画

しおりを挟む
「ひっ――――!?」

その声を聞いた瞬間……
小太りのおじさんは今までの態度から一転、顔を真っ青に染めて固まってしまっていた。

「おや、これはこれは……脱走豚かと思ったらウィード辺境伯の側近様ではございませんか」
「グ……グレーテリーチェ、様………!?
 な、な、な、何故、ここに……!?」

小太りのおじさんはガタガタと震え、カチカチと歯を鳴らしながら声を絞り出していた。

「おや、ここはガーデン家の屋敷のはずですが……
 一体いつからわたくしが自分の家に居ることに貴方の許可が必要になったのでしょうか?」
「はっ!い、いえッ!
 そ、そ、そのようなことはッ!決してッ!!」

その時、小太りのおじさんがグリーチェさんの言葉に萎縮した拍子に、持っていた杖が手から離れてしまった。
おじさんは「あっ…!」と手を伸ばすも、杖はカランカランと音を立てグリーチェさんの足元へと転がった。
それを見たおじさんはまるでこの世の終わりのような表情をするのだった……

「あらあら、おっちょこちょいですわね」

グリーチェさんは足元の杖を両手で優しく握り、拾った。

「ひっ、はっ、もっ、申し訳ありませ―――!」
「ところで―――」

―――バギギギィッ!!!

……グリーチェさんが両手を思いっきり握り込み、持っていた杖が音を立ててひしゃげた……

「わたくしは本日、久しぶりに家族と団欒のひと時を過ごそうとしていたのですが……
 貴方にはその貴重な時間を奪わなければいけない程、大事な用事があるのですのよね?」

グリーチェさんの手からこぼれた杖の残骸が石畳の上へ散らばるのとほぼ同時に、小太りのおじさんはペタリとその場にへたり込む……

「おや、どうされましたか?
 確かお父様にお取次ぎをご希望でしたよね?
 それならどうぞ、遠慮なくお入りくださいな。
 わたくしも、貴方を精一杯『お持て成し』して差し上げますわ」

そう言いながらグリーチェさんは優しく手を差し伸べる。
そして小太りのおじさんは杖を握り潰したその手から必死に逃げるように後ずさった……

「は、ひ、いっ、いえっ!!いえぇえええっ!!!
 し、し、し、失礼いたしましたァッッ!!!
 も、も、もう二度と来ませんので!!!
 どうか、どうかお許しをおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

腰を抜かしたおじさんは叫び声を上げながら這いずりながらこの場から去っていったのだった……

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「グリーチェお姉様は身体強化魔法の使い手であのような細い杖程度を握り潰すことなど造作もありませんのよ」
「いやそれよりもっと色々と聞いておきたいことがあるんですけど!!!」

僕と共にアレを見ておきながらいつもと変わらぬ様子で平然と話しかけてくるアリーチェさんに思わず叫び返してしまう!!

いやさ!アレ、誰!?
今何が起きていたの!?

「みんな~お待たせ~。
 思ったより時間かかっちゃってゴメンね~」
「ひぃっ!」

僕達の元へと戻って来たグリーチェさんは最初の時のふわふわお姉さんに戻っていた……が、僕は思わず怯えてしまう。

「あ、あの……グリーチェ、さん……?」
「あら~なに~?フィルくん~」

僕は恐る恐る話しかけた。

「その……さっきのは……一体……?」
「え~?う~んとね~。
 わたしがお仕事で色んな人をお相手する時にね~。
 ああいう風な話し方をすると、皆しっかりとわたしのお話を聞いてくれるんですよ~。
 だから~大事なお話をする時は、いつもあんな感じなんです~。
 わたし自身は言ってることあんまり分かってないんですけどね~」

へぇ、そっかぁ……
良かった……アレは演技で今のグリーチェさんが素なんだなぁ。

……そうだよね?そういうことでいいんだよね!?

思わず自分に念押ししてしまう僕はあの光景は早く忘れようと心に誓うのだった……

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「あら~もうお夕飯時ね~。
 それじゃあ、皆で一緒に食べましょうか~」

そんなグリーチェさんの言葉で僕もお腹が空いていることに気付いた。

「あの、ボクとキュルルは勝手についてきただけなんですけど……今から僕達の分までなんて……」
「大丈夫ですよ~。
 うちはいつも使用人の分までたっくさんお料理を用意していますので~。
 2人分ぐらい増えても問題なしです~」
「まぁこのお2人の場合『2人分』では済まないと思いますけれどね……」

アリーチェさんの言葉にグリーチェさんが「?」と首を傾ける。

まぁ、学園と違って人様の家な訳だし、僕はいつもよりは自重しようと思うけど……
キュルルの方は……

「きゅっきゅるーー!
 ごっはんーーーー!」

……まぁ、自重するよう声掛けぐらいはしてみよう……

そんな諦観の思いを抱いていた時―――

「うふふ~家族全員揃ってのお食事って久しぶり~。
 楽しみだわ~」

「「―――!」」

『家族全員』……その単語にアリーチェさんとスリーチェが反応する。
つまり、今から行く夕食の場には……

「お父さまも2週間ぶりにアリーチェちゃんやスリーチェちゃんとお話するの楽しみにしているわよ~」
「……ええ、わたくし達もですわ、お姉様」
「……はい、わたくしも……」

アリーチェさんは表面上いつもと変わらない様子で、スリーチェは若干影を落としながら、そんな返事をした。

久しぶりの家族での会話……そんな和やかな印象とは裏腹に、2人はまるで戦いにでも望むかのような面持ちであった……
でも、それも無理はない……
もしかしたらアリーチェさん達のお父さんは……2人に勇者学園を去るように告げるかもしれないのだから……

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

僕達はグリーチェさんに案内されてお屋敷の食堂へと続く廊下を歩いていた。
その途中――――

「――?
 この人って……」

廊下の壁に飾られている大きな肖像画が僕の目に入った。

その銀髪ショートヘアーの人物はアリーチェさん達と同じ様な顔立ちをしており、片目に眼帯をしていた。
眼帯をしていないもう片方の瞳には、人一倍の力強さを感じるのが印象的だった。

「ああ、こちらはですね~。
 わたくし達ガーデン家の長女、サリーチェお姉さまの肖像画ですよ~」
「サリーチェ、って……この人が……!」

この前アリーチェさんが話してくれた、『ヴァール大戦』で活躍し、命を落としたっていうアリーチェさん達の姉、サンドリーチェさん……!
そういえば、その人は大戦終了直前に戻ってきたとき、片腕と片目を失っていたとか言ってたっけ……
それじゃあ、この絵はその時の……

僕は改めてその肖像画を見つめる。
この人が、アリーチェさんの言っていた、ガーデン家の誇り……
と、そんな感慨に僕が浸っていると――

「あれ?隣にも……?」

そう、サンドリーチェさんの隣に、もう一枚の肖像画があった。

その人もまたアリーチェさん達にそっくりな顔立ちをしていた。
銀髪のストレートヘアーがふんわりと広がる、とても慈愛に満ちた表情をしているその人は―――

「わたくし達のお母様、マリアリーチェ=ハルジオン=ガーデンですわ」
「アリーチェさん達のお母さん……!」

確かに、アリーチェさんやスリーチェ、グリーチェさん、そして隣のサンドリーチェさん全員の面影を宿すその顔立ちは、彼女たちの母親と言われて何一つ疑う余地はなかった。

「さっき『家族全員揃っての食事』って言ってましたし、この人も――」
「いえ、お母様は来られませんわ」
「え?」

僕は思わずアリーチェさんへと向き直る。

「サリーチェお姉様と同じく、お母様はもうこの世にはおられませんの」
「ええっ!?」

僕はつい大声を出してしまった。

「スリーチェが産まれてからすぐに亡くなられてしまいましたの。
 お父様からは病気を患ったと聞いておりますが……詳しいことはわたくし達にも伝えられておりませんわ」
「そ、そうだったんですか……
 その……なんか、すみません……」

軽率な発言を僕は恥じるのだった……
よく考えれば命を落とされたサンドリーチェさんの隣に飾られてることから十分想像できたことだったろうに……

「そんなに気にせずともよろしいですわよ、フィル。
 親を亡くされているのは貴方も一緒なのでしょう?」
「まあ、それは……でも僕は村の皆が優しくしてくれて、寂しくはなかったですし……」
「わたくし達も同じですわよ。
 お母様が亡くなられた後も、わたくし達は残った家族で寂しさを乗り越えていったのですから」

「ただ……」とアリーチェさんの表情が少し影を落とした。

「それだけに……サリーチェお姉様が亡くなられた時は、わたくし達も堪えましたけれどね……」
「…………」

僕は思わず言葉を失ってしまう……

そして、僕は改めて2つの肖像画を見つめる。
この中に、アリーチェさんやスリーチェが増えるようなことが起きてしまったら……

そんな不安をかき消すように、僕はかぶりを払ったのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...