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第8章
第4話 僕達とガーデン家次女
しおりを挟む「ほわぇ~……」
僕はもうこの街に来て何度目になると知れない感嘆の溜息をついていた。
そこはガーデン家のお屋敷の玄関ホール。
豪奢なシャンデリアに照らされたその空間は余りにも広大だった。
僕がここを端から端まで走ろうとしたら確実に途中でバテてしまうだろう……
床はピカピカの大理石の上にとても上質な絨毯が敷かれており、思わず踏みしめることを躊躇してしまう……
やっぱり、貴族ともなるとこういう所で色んな来客をおもてなししたり、パーティを開いたりするんだろうか……
なんてことを僕が思わず呟くと―――
「簡易的な規模のものはここでも行われることもありますが、本格的なものとなるとこの奥の方にあるここの5倍の大きさのパーティルームが使われますわ」
「………………………」
と、あっけらかんとアリーチェさんに言われてしまった。
僕はそのスケール感の違いに閉口するしかない……
「きゅるーーーー!!!
ひろーーーーい!!!」
キュルルはこの玄関ルームを縦横無尽に走り回っている。
「あっ!キュルルさん!
気を付けてくださいな!
その壁に飾られている絵画はとても高価なものらしいですの!」
「きゅるー?高価ー?」
「えーっと、確か100万ヴァルス程だとか……いえ、200万ヴァルスでしたっけ……?」
「うーん……それってどれくらい高価なのー?」
「え、うーんと……わたくしのお小遣いが10万ヴァルスでしたから……
わたくしのお小遣い10~20回分……あれ?そんなに高価じゃないのかも?」
……ちなみに街で働いてる人の一般年収が100万ヴァルスと言われている。
「はぁ……キュルルさん、あんまり暴れると外に放り出されてしまいますわよ?
アナタだけならまだしも飼い主であるわたくしも連帯責任を取らされる可能性もあるのですから大人しくしていてくださいな」
「飼い主ってなんだキュらぁあ!!!
ついさっき咄嗟の言い訳で使っただけなのに何でもうごく自然にボクのことペット扱いしてんだお前!!!」
と、もはや様式美となった2人の喧嘩を止めるべく僕が声をかけようとした時―――
「あらあらあら~。
何やらとっても賑やかですね~~」
何やら非常に間延びした女性の声が玄関ホールに響き渡った。
僕達はその声の方へと一斉に振り向き―――
「あっ!グリーチェお姉さま!
いらしてたのですね!」
スリーチェがその声の主へ向かって走り出した。
その女性は玄関ホールの奥、二階へと続く大きな階段の先からこちらへ向かって降りて来ていた。
グリーチェお姉さま……?
「フィル、貴方にサリーチェお姉様のお話をした時に言ったことがありましたよね。
わたくし達にはもう一人姉がいると」
アリーチェさんの言葉に「そういえば……」と僕は思い出す。
「あら~お客さんがいらしたのね~」
その女性は抱き着いてきたスリーチェに思わずよろけながらも僕達へと声をかける。
「初めまして~。
ガーデン家次女、グレーテリーチェ=ガーベラ=ガーデンです~。
どうかグリーチェとお呼びください~」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「まぁまぁまぁ~。
それじゃあ貴方がアリーチェちゃんの手紙にあったフィルくんなのね~」
「は、はい……
アリーチェちゃん……」
「ちゃん付けは止めてくださいと言っておりますのに……」というアリーチェの呟きを背後から受けつつ、僕は改めてグリーチェさんを見つめる。
彼女が着ている真っ白なドレスは煌びやかさを感じながらも簡素なものだった。
髪はアリーチェさんやスリーチェと同じ銀色で、腰まで伸ばしたスーパーロング。
顔立ちもまたアリーチェさんやスリーチェの姉だけあってとても端整で美人だが、自身に満ち溢れているアリーチェさんや活発なスリーチェとはまた違い、とても温和そうだ。
糸目で朗らかな笑顔を浮かべており、なんというか……見ていて癒される人だ。
後ついでに言っておくと、胸もアリーチェさんに負けないぐらい大きかった。
「それで~アリーチェちゃんの婚約者になっちゃたのね~。
可愛い義弟が出来てお姉さん嬉しいわ~」
「お、お姉さま……!
それはこの場限りの仮初めのモノで……!」
「え~そうだったの~?
それじゃあ彼は部外者として出て行ってもらうしかないわね~」
「なっ!い、いえ、違いますの……!
フィルはその……ほ、ホントに……その、こ、婚約者で………!」
「うふふ~冗談ですよ~。
アリーチェちゃんったらお顔真っ赤にしちゃって~」
「~~~っ!もうっ!お姉様ぁっ!」
わぁ……あのアリーチェさんが手玉に取られてる……
その会話の内容に僕も若干顔を赤くしつつ、その何とも新鮮な光景を見つめていた。
「そして~アナタがキュルルちゃんね~。
ふふ~お手紙にあった通り真っ黒でぷにぷにで可愛らしいわ~。
よしよし~」
「う……うきゅるぅ……」
グリーチェさんは魔物であるキュルルを前にしても全く物怖じすることもなく、その頭を優しく撫でまわす。
むしろキュルルの方が気恥ずかしそうにもじもじしていた。
新鮮な光景パート2だ……
「それにしてもグリーチェお姉さまがいらっしゃるなんて思いませんでしたわー!
次にお屋敷に帰って来られるのは早くても1ヵ月は先になるというお話でしたのに!」
「直近のお仕事が偶然この街の近くだったのよ~。
それで~貴女達がお屋敷に帰ってくるっていうのを知って~。
急いでお仕事を終わらせてきたの~。
うふふ~運が良かったわ~」
スリーチェが笑顔になりながらとても嬉しそうに話しかけ、グリーチェさんが同じく笑顔になりながらそれに答える。
「お仕事?」
「グリーチェお姉様は大陸各地の貴族、商人、領主といった方々をお相手に日々談合を重ねておりますの。
その内容も税収の調査、商材の検討、汚職の摘発など多岐に渡りますわ」
へぇ……一体どういった会話が交わされるのか……
まるっきり雲の上の話だぁ……
でも、僕の勝手な思い込みでしかないけど……貴族の談合って、相手に甘く見られないような毅然とした態度で激論を交わす……みたいなイメージがある。
このふわふわ系お姉さん、といった感じのグリーチェさんがそんな場に出ているなんてとても想像が出来ないんだけどなぁ……
あるいは、僕が考えているよりも貴族の話し合いはもっと和気あいあいとしているものだったりするのかな?
なんて、そんなことを考えている時だった。
『ええい!貴様如きでは話にならんと言っておるだろうが!!
いいから早くヴェルダンテ殿に話を通さんか!!』
「わっ!?」
「きゅるっ!?」
突然玄関のドアの向こう側から男性の荒々しい声が響いてきた。
僕とキュルルは思わず肩が跳ね上がった。
「お姉さま、この声は……」
「あらあらあら~。
多分、第2統治権保有者の使いの方ね~。
最近は無理にでもアポイントを取ろうとしてくることが増えてきたってお父様もボヤいてたわ~」
グリーチェさんが頬に手を当て、眉をひそめつつそんなことを口にする。
第2統治権保有者……丁度馬車の中で話があったっけ……
確か王子様の次の序列の統治者で、アリーチェさんのお父さんもその統治権を保有しているとか……
つまり今ドアの外にいるのは同じくらい偉い人からの使い……ということなのか……
うぅむ……やっぱ偉い人の元には偉い人が集まるモノなんだなぁ……
……なんか僕、今更ながら場違い感が込み上げてきたぞ……
『ですので、本日は既に旦那様との面会可能時刻は過ぎており、また日を改めて――』
『ええい黙れぇい!!
どうせ通常時刻に来た所でまた何かしら理由をつけて面会を断るに決まっておろうに!!
もう何度同じことを繰り返したと思っておる!!』
『いえ、それは単純に旦那様が別の急ぎの案件に取り掛かっており、面会する暇がないだけで――』
『黙れ黙れぇい!!
そんな言い訳が通用するとでも思っておるのか!!
馬鹿にするでないわぁっ!!』
と、僕が色々と考え込んでいる間にも、外からは男性の怒号とそれに対応するフェンスさんの声が聞こえてくる。
「お父様はいつも多忙ですぐにお相手なんて出来ないことは分かりきっているはずですのに……」
「自分達は特別な存在でいつでもすぐ面会出来て当然だ、などという考えが透けて見えますわね……」
スリーチェとアリーチェさんの言葉からはドアの外の相手への嫌悪感がにじみ出ていた。
「う~ん、仕方ないわね~。
ここはわたしが対応してくるわ~」
「えっ……!」
驚く僕を他所にグリーチェさんは素早くドアの方へと移動していってしまった。
この人があの横暴そうな声の主の対応なんて……!
僕が思わず声を出そうとすると―――
「フィル、心配いりませんわ」
「え……アリーチェさん?」
アリーチェさんから声をかけられた。
「まぁ、説明するよりも見た方が早いですわね。
見ていらっしゃいな、フィル」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「貴様のような小間使い風情がこの私に楯突こうなど百年早いわ!!
いいからさっさと―――!!」
ドアから顔を覗かせた先では、ギンギラギンの服装の白い髭を蓄えた小太りのおじさんが右手に持つ杖を振り上げながら喚いていた。
ただでさえ玄関ホールに響き渡っていたその大声はドアを開けると更に大きく僕の鼓膜を震わせ、思わず片目を瞑ってしまう……
よくもまぁフェンスさんはあんな至近距離にいながら平然と聞き流せるものだ……
そして、グリーチェさんはそのおじさんに向かってゆっくりと近づいていく。
うう……あの怒号が今からあのふわふわ癒し系お姉さんにぶつけられるなんて……
や、やっぱり今からでも止めた方が―――
「いいか!!
これ以上この私に無駄な時間を取らせるというなら貴様は―――!」
「あらあら……こんな夜中に豚の鳴き声が聞こえると思ったら、一体何処の解体場から逃げ出してきたのかしら?」
「え」
その時、僕は冗談抜きで自分の耳の異常を疑った。
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