勇者学園とスライム魔王 ~ 勇者になりたい僕と魔王になった君と ~

冒人間

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第7章

第7話 貴女と貸馬車

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《 エクスエデン校門前 》

フィル達との話が終わり、一夜明けての早朝。
勇者学園の制服に身を包むアリスリーチェとスリーチェ、そしてそのお付き達は巨大な校門の前にいた。

「お姉さま……」
「……………………」

スリーチェは隣にいる姉に不安げな目線を送るが、アリスリーチェはそれには答えず、ただ校門の先をじっと見つめている。

そして―――

「……………来ましたわよ」
「―――!」

アリスリーチェの言葉にスリーチェはハッと前を向く。
その先からやって来たのは……

―――ゴトゴトゴト……

数頭の馬、そしてそれに引かれてくる馬車であった。
馬車はアリスリーチェ達の前で止まる。

「どうも、昨日ご連絡を受けました、貸馬車サービス『エニウェア・キャリッジ』です。
 アリスリーチェ=マーガレット=ガーデン様ですね」
「ええ、そうですわ」

御者からの声掛けにアリスリーチェが淀みなく答えた。

「こちら、ご希望頂いたランクAのキャビンです。
 馬の方も最高級の品質のものをご用意しました。
 料金の方は……」
「こちらになりますわ」

ドン!とアリスリーチェは手に持っていた革製のカバンをそのまま御者へと渡した。
その中には札束が奇麗に積み重ねられている。

「うぉ……一括払いとは……
 流石はガーデン家の御令嬢……
 し、少々お待ちください」

御者はその中身を手早く確かめた。

「確かに……全額お受け取りいたしました。
 それで、貸与期間の方は如何ほどに?」

「……………………………」
「………………お姉さま……」

アリスリーチェはすぐには答えなかった。

「………早ければ明日明後日にでもお返し致しますわ」
「―――!」

スリーチェはその言葉に嬉しそうな表情を浮かべる。
しかし―――

「ただ………3日以上連絡がなければ、この地図の場所に迎えを寄こしてくださいな。
 その時には迎えの手間賃もお支払い致しますわ」
「は、はぁ……分かりました」
「っ!」

御者がアリスリーチェからその場所が示された地図を受け取る。
貸与期間が定まっていないということに疑問を覚えつつも、御者は特に追及はしなかった。

そしてスリーチェは一転してその顔を悲しみに染めた。

「御者の方は?」
「こちらで賄いますわ。
 彼女たちは既に何度も御者の経験がおありでしてよ」

そんな主の声掛けに応じてファーティラ達が黙って頭を下げた。

「かしこまりました。
 必要な確認は以上です。
 それでは、私はこれで」

そう言って御者は連れて来た馬達のうちの一頭へと跨り、その場を去っていく。
後には御者が運び込んだ豪華なキャビンと数頭の馬が残された……

「ではファーティラ。
 行きの御者は貴女に任せますわ。
 帰りがあればカキョウに任せるつもりですが……
 そちらは必要になるかどうかはまだ分かりませんわね」
「っ!
 お姉さまっ……!」

スリーチェはその最愛の姉の言葉に堪えきれず声を上げる。

「必ずここに帰ってくると……!
 そう言ってはくれませんの!?」
「……………………」

スリーチェの悲痛な叫びにアリーチェは……

「………勿論、わたくしも大人しくここを去るつもりはありませんわ。
 しかし……物事に絶対はありませんのよ、スリーチェ」
「………っ!」

「いくら死力を尽くしてもどうにもならないことはある……
 貴女もその可能性だけは決して忘れぬように―――」


「街の保養地に向かうにしては随分と悲壮感にあふれた会話ですね」


「――――っ!!」

突然聞こえて来たその少年の声に―――
アリスリーチェはバッ!と校舎側へと振り返った。

「『大人しくここを去るつもりはない』……
 それって……どういう意味なんですか?」
「きゅる………!」

そこには、疑念の目でアリスリーチェ達を見つめる、フィルとキュルルがいたのだった―――

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「フィル……!」

アリーチェさんが僕達のことを驚いた顔で見つめている。
何故ここに居るのか……そんなことを言いたげだ。

「別に、そこまで驚くようなことではないでしょう。
 アリーチェさんとスリーチェ、2人だけのお出掛けといっても見送りぐらいはしようかと思っただけですよ。
 まぁ……思っていたよりも随分とお早い出発時間でしたけど。」
「…………………………」

そう、今の時刻はまだ日も完全に明けきっていない程の早朝。
こんなにも早くに出発しなければならないなんて……

「まるで、とても遠い場所へと旅立つかのようですね……」
「…………………………」

アリーチェさんは何も言わない。
僕の言葉なんてまるで何も聞こえていないかのように。

彼女が何も話してくれないなら仕方ない。
『この名前』を出すしかないか……

「ヴェルダンテ=サンライト=ガーデン」
「――――っ!!!!」

僕の呟いたその名前にアリーチェさんはあからさまに反応した。

「なぜ……その名前を……!
 っ!まさか!!」

アリーチェさんがキュルルを睨みつけた。
流石はアリーチェさんというか……もう気付かれちゃったのか。

「キュルルさん……アナタ……!
 夜にスリーチェの部屋に忍び込みましたのね……!
 そして、あの手紙を……!」
「ええっ!?」

スリーチェが両手で頬に当てて驚きの声を上げる。

「いや、別に忍び込んだわけじゃないよー?
 いつもみたいにフィルの部屋に行こうとしただけでー。
 それで昨日はちょっと部屋を間違えちゃってー。
 偶然部屋の中にあった紙が目に入っちゃっただけでー」
「あのキュルルさん……あの手紙、鍵付きの机の中に厳重に仕舞ってたはずなのですけど……」

両腕を頭の後ろに組みながらこの上なく白々しい台詞を吐くキュルルに流石のスリーチェも物申していた。

「だから別にー、昨日アリーチェ達と別れた後にー、フィルから『スリーチェが封筒みたいなモノを持ってたからそれが何なのか調べてこれない?』って頼まれたとかそんなんじゃなくてー」
「うーん、この隠し事の出来ない性格はある種美点ではあるのかなぁ」

まぁ、この子に頼み事をした時点でこうなるであろうことは承知の上だ。

「フィル!!」

アリーチェさんが今にも食って掛からんばかりに声を張り上げて僕に詰め寄る。

「貴方はお父様からの手紙を見てしまいましたの!?
 貴族当主からの書簡閲覧は重罪だということは貴方もご存じでしたでしょう!?
 それを―――!!」
「ああ、やっぱりその人、アリーチェさん達のお父さんなんですね」
「えっ……?」

僕の言葉にアリーチェさんが困惑の声を上げた。

「大丈夫ですよアリーチェさん。
 僕は手紙の差出人だけしか知りません。
 その内容には一切目を通してはいませんよ」
「そ、そうですの……
 っていや!!そうじゃありませんわ!!
 人の部屋に忍び込むよう頼む時点でアウトですわよ!!」

思わず安心しかけたアリーチェさんが我に返り、僕は思わず目を逸らす……

「うーむ……やっぱ誤魔化されてはくれなかったか……」
「フィル!!貴方確実にキュルルさんに毒されておりますわよ!!」

アリーチェさんが僕の身体を掴みガクガクと揺すりながら叫ぶ。

「アリーチェさん。
 お叱りの言葉も、貴方が望む限りの罰も受けるつもりです。
 けど、せめて教えてくれませんか?
 貴女達は、本当はどこに行こうとしているのか。
 あの手紙には……何が書かれていたのか」
「…………………………」

アリーチェさんは僕から視線を外すように顔を背けた。

「貴方も……想像はついているのではありませんの?」
「…………………………」

今度は僕が押し黙る番だった。
しばらくして、僕はあることを聞いた。

「………一昨日大陸西側で起きた、あの襲撃事件のこと……
 アリーチェさんはお父さんに報告したんですか?」
「ええ、当然ですわ。
 あんな大事件、隠し通すことなど出来ませんもの。
 事件の内容を仔細にわたって書き記し、その日の夜のうちに速達で報告致しましたとも」

ならやっぱり……
そういうこと、なのか……

「この学園に入学したその日に……
 アリーチェさんは、命を狙われましたよね」
「………………………」

「そして、そのことをアリーチェさんのお父さんへ報告した時……
 強制的に実家に呼び戻されることも覚悟した……って言ってましたね。
 その時は1日の報告回数が増えただけで済んだそうですけど……」
「………………………」

つまりは………

「今回は……その時懸念していた通りとなってしまった……ということなんですか……?」
「………………………」

このアリーチェさんの無言は……
肯定の無言………なのか………

「……まだ、そうと決まったわけではありません」
「――!」

アリーチェさんの発した言葉に僕は強く反応した。

「お父様からの書簡に書かれていたのは……
『明日にでも私の元へ戻ってきなさい』というとても短い文のみでした。
 この学園を辞めろ、とは一言も書かれておりません」
「なら――!」
「しかし―――」

僕の言葉を遮るようにアリーチェさんは即座に話を続けた。

「昨日の事件の報告を受け取って早々のこの対応……
 その可能性は極めて高いと言わざるを得ませんわ」
「―――っ」

アリーチェさんは僕に甘い考えは捨てろとでも言うようにピシャリと言い放った。

「………それで、アリーチェさん自身はどうお考えなんですか?」
「………先程までのわたくし達の会話を聞いていらっしゃったのならば、もうご存じでしょう。
 大人しくここを去るつもりはない……そのつもりですわ」
「…………………………」

アリーチェさんはいつもの凛とした頼もしい姿に見える。

………でも…………

「アリーチェさん……
 一つ、お願いがあります」
「お願い?」

僕は、アリーチェさんの目を真っ直ぐ見つめ、言った。


「僕とキュルルも一緒に連れて行ってください」
「な――――!?」

アリーチェさんは、目を見開いて声を上げた。
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