勇者学園とスライム魔王 ~ 勇者になりたい僕と魔王になった君と ~

冒人間

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第7章

第2話 報告と問い

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《 - エクスエデン校舎・第二天 協議室- 》

「それで……判明した被害の程は?」

コーディスの声が広大な協議室の中に行き渡る。
今この部屋には全ての学園講師が集められており、ある報告が行われていた。

その内容は、先の学園活動における魔物の群れによる強襲事件に関する被害報告であった……

「まず……学園の生徒に死亡者は出ていません。
 中には重傷を負った者も少なくありませんでしたが、今は全員完治しております。」

そんなアリエスからの報告に集められた講師の間で安堵の声が漏れ出ていた。
だが、「ただ………」と、続けて声が聞こえ――

「同行した調査隊員511名のうち………
 21人が死亡……103名が身体欠損などの治療不可の損傷を負うこととなりました……」

その内容に、講師達は皆一様に沈痛な面持ちとなり、重苦しい空気が広がっていったのだった……

「……ウィデーレの方には私から伝えよう」

コーディスがいつものような平坦な、しかしどこか厳めしさを感じる声で告げた。

「コーディスさん……」

アリエスが心配そうな声を上げた。

コーディスが今回の活動における調査隊員の同行してくれるように頼んだ相手が、同じ勇者一行のメンバーであり、現在調査隊隊長の立場にあるウィデーレであった。
本来であれば今も多忙であるはずの調査隊員を500人近く借り受けるなどというのは難色を示されてもおかしくないことであったろう。
だが、勇者一行のメンバーのよしみということでウィデーレは快く引き受けてくれたのだった。

「『次世代の『勇者アルミナ』達の為に優秀なのを貸してあげる』……
 調査隊員の同行を打診した時、彼女からそう言われたよ。
 生徒達に犠牲が出なかったのは間違いなく彼らの尽力の結果だ。
 頼んだ私の口から伝えるのが筋というものだろう」
「………分かりました」

アリエスはそれ以上コーディスの心情を探ろうとはしなかった。
仲間の優秀な部下を死なせてしまったうえ、その原因が同じ勇者一行のメンバー……
その心中を計り知れるのは同じ勇者一行のメンバーぐらいなものだろう……

そんなアリエスの心境を知ってか知らずが、コーディスはまた別の報告を催促した。

「生徒達の様子については?」
「……やはりどうしても悪影響は出ざるを得ませんでした。
 昨日の時点で事件の被害にあった生徒のうち約1000名程が学園を去りました。
 また、直接被害を受けなかった新しい入学者組からも、不安に駆られ去っていく者が500名程……」

これも仕方がないと言えば仕方がないことなのだろう。
あれだけの事を体験していながら未だ『勇者』を志せる気骨のある生徒ばかりという訳ではない。
事件に巻き込まれなかった新しい入学者組も大量に立ち上る緊急事態用の狼煙や、帰って来た先行組の生徒達の様子から何か恐ろしいことが起きたということは嫌でも理解できてしまう。

「学園の去っていく生徒には『ブラックネス・ドラゴン』襲来の時と同じく箝口令を出しましたが……
 正直、どれ程の効果があるものか……」
「ふむ……
 ちなみに、今回の事件の首謀者……スクトの件まで知っている生徒は?」

「……現時点で我々が確認している生徒は……
 首謀者と交戦を行ったプランタ=ガーデニングさん、そのプランタさんからの報告を聞いていたミルキィ=バーダックさん、ヴィガー=マックスさん、それと……」
「私から直接話したフィル君、キュルル君、アリスリーチェ君とそのお付きの子達、そしてスリーチェ君だね」

「はい、それ以外で首謀者のことを存じている生徒は今の所おりません。
 今名前の出た生徒達には、決して今回の事件を……特に首謀者に関しては口外しないように言いつけております。
 ただ……スクトさんが今回の事件に関わっているという疑惑を持つ生徒も少なくないようです」
「まぁ、事件が収束してから全く姿を見なくなったのだからそれも仕方がないかな」

今回の事件の首謀者……スクト=オルモーストに関しては生徒達には完全に秘匿されている。
生徒達にはスクトは今回の事件の真相を探る為に大陸西側に残り調査を進めている、という説明したが……
それでも顔を見せるくらいはしても良いのではないかと不自然に思う者も当然いる。

「私としては包み隠さず生徒達に事情を説明するべきではないかと思うのだがね」
「……それだけは絶対にお止めください。
 勇者一行のメンバーがこのような蛮行に及んだなどということが世間に認知されてしまえば、ことはこの学園の問題だけに留まらなくなります。
 最悪、他の勇者一行のメンバーの方々や勇者アルミナそのものへの信頼が無くなり、混乱がどこまで広がるか予想も付きません。
 これは国王からの要請でもあります」

今回の事件は秘密裏にすぐさま国王の元へも伝えられた。
『勇者』への信頼こそが今この大陸における人々の心の平穏の基盤であると十分に理解している国王は『勇者』に関連する事柄はどんなことでも知らせるように各機関へと命じているのだった。

「ただ……スクトさんが自らこの蛮行の首謀者を名乗り出た場合についても考えなければいけません……
 スクトさんから何か声明のようなものが会ったとしても、それはスクトさんを騙る者の虚言であるとこちらから対応せねば……
 しかし、本人が直接否定しに出てこなければ信憑性が―――」
「いや、スクトが今回のこと積極的に外部に漏らそうとはしないと思うよ」
「え……?」

コーディスがアリエスの懸念を一言に切り捨てた。

「私の勘でしかないが、今の所スクトは勇者学園や『勇者』への信頼を壊し人々に混乱をもたらそうという気は無いはずだ」
「いや、しかし―――」

「それに、こちらがスクトに関する情報を秘匿するということは、大々的にスクトを指名手配して探し出すことも出来ないということだ。
 彼はこちらの目の届かない場所では今も大手を振って行動することが出来る。
 勇者一行のメンバーという肩書を思いのままに使ってね」
「っ………!」

勿論周りの全てにスクトのことを秘匿しているわけではない。
信頼できる最低限の人物や組織に情報共有し、スクトの捜索も進める予定ではある。
しかし、それも限度がある。

「だが、何にせよ……
 この勇者学園がやるべきことは変わらない。
 次世代の『勇者』を育成する……この世界の為に。
 そのうえで、君達に改めて問う」

コーディスはこの場にいる講師陣全てを見回し、言った。

「この学園で講師として私と共に歩んでくれる気持ちは今もあるか?」

「「「「………………………」」」」

重たい沈黙がこの場を支配した……

勇者一行のメンバーであるコーディスが立役者となりこの勇者学園は設立された。
生徒達のみならず、講師達もまたそんなコーディスの威光に惹かれ集まった者が殆どである。

そんなコーディスと同じ勇者一行のメンバーの1人であるスクトによって今回の事件はもたらされた。
そして、彼の目的は分からないが……今後もまた同じような事態が引き起こされるかもしれないという疑念はこの場の誰もが抱いている……

今、間違いなく講師達の心は揺れていた……

そして、呼吸の音すら聞こえない沈黙の場を―――

「コーディスさん、ちょっといいかい?」

ある声が破った。
それは筋骨隆々の講師……ダクト=コンダクトであった。
彼は腕を組み、コーディスに対しての不満がありありと感じられるような態度で、言った。

「一つ、これだけは聞いておきたい。
 アンタ、今回スクトさんがこんなことを引き起こした理由………
 本当に心当たりはないのかい?」

「………………………………………」

コーディスは、すぐには答えない。
だがその間、決してダクトから目を話すことはなかった。

そして―――

「心当たりは………ある」

「「「「!!!」」」」

その返答にこの場の講師全員が一斉に反応した。

「このような事態を引き起こした理由は見えないが………
 少なくとも『私達』と敵対する理由には、心当たりがある」

講師達が皆、コーディスの話に聞き入る。
一体、どんな理由が……?

しかし―――

「だが―――『今は』まだ言えない」

続けて聞こえて来た言葉に、困惑が広がる。

「………すまない。
 だが、時が来たら必ず君達に話す。
 そして、これだけは言える」

コーディスはしばし目を閉じ、どこかここではない場所へと思いを馳せていた。

「もし……スクトの目的が……
 今回の事態を引き起こした理由が『それ』ならば……」

彼は目を開き、言い放つ。

「『私達』は……彼を決して許すわけにはいかないだろう」

その声には……普段の彼を知る者からは想像も出来ないほどの『怒り』の感情が感じ取れた。
その胆力に、その場の講師達は思わずゴクリと唾を飲み込むのであった。

「今、私から言えるのはそれだけだ」

それ以上、コーディスは何も言わなかった。

「結局……今の俺達の不安を払拭できるような具体的な話は無い、ってこったな」

「……………………………………」

ダクトは一切の遠慮もなく、コーディスに今この場の講師達が抱いているであろう心の内の言葉を代弁していた。

その上で―――

「……だが、俺はアンタのことを知っている。
 いつだってその蛇達と一緒に誰より真っ先に危険に飛び込んで、俺達を守ってくれたアンタをな。
 なら俺は、アンタのことを信じるよ」

そう言って、ダクトは組んでいた腕をほどき、ニッ!と笑顔を浮かべた。

「……………ありがとう」

コーディスは、ただ深々と彼に向かって頭を下げたのだった………

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

結局、講師達は誰一人学園を去らなかった。
全ての者が納得をしているわけではないが……少なくとも、彼の言葉からは誤魔化しのようなものは感じなかったのだ。

「私はこれから王国護衛隊に話を聞きに行く。
 今までのスクトの様子に不審なところはなかったかなどをね」
「現在の護衛隊は副隊長の方が後を引き継ぐこととなったのですよね……」

スクトが所属していた王国護衛隊には今回のことを伝えたのは極一部の者にだけに留めている。
護衛隊全員に伝えてしまえば混乱が広がってしまうのが容易に想像できてしまうからだ。

事情を知らない者にはスクトは以前の水晶ゴーレムの時のように緊急の護衛に駆り出されていると伝えられている。
元々彼の卓越した防御魔法の手腕を駆られ単独で任務に就くことがそう珍しくもないことが幸いし、そこまで不審に思われてはいないようだ。

もっとも、それも長期間にわたり不在が続けば誤魔化しきれるものではないのであろうが……それも承知の上でのことであった。

「あの……あまり考えたくはありませんが、護衛隊の中にスクトさんの協力者が紛れているということも……」

アリエスが不安げな表情でそんなことを尋ねてきた。

「その可能性も無くはないが……
 おそらく彼は単独で動いていたと思うよ。
 空間跳躍魔法があれば協力者の存在はほぼほぼ不要になる。
 今思えばアリスリーチェ君暗殺事件の際の『サービス品』もこの魔法によって持ち込まれていたんだろうね。
 国王の手引きで色々と輸入ルートを探っていてもらっていたが、徒労に終わってしまったな」

空間跳躍魔法。
この反則的な魔法の存在が今までの疑問点を全て解決させてしまったのだった。

「しかしそうなると……スクトさんは今でもあらゆる場所に我々の目を潜り抜けて侵入することが可能ということに……」
「まぁ、これも勘でしかないが……あの魔法はそう気軽に何個も『門』を作り出せるほど便利な代物ではないと思うよ。
 すぐにでも『解析魔法』の専門家を呼んで『門』の捜索に当たらせよう。
 空間跳躍の『門』は自ら『設置』しなければならないということが救いだね」

『門』の設置数には限りがある。
そしてスクトは今回の襲撃の為に『門』は殆どをあの大陸西側の平原地帯に集中させていたはずだ。
今王都など他の場所へ配置されている『門』はそう多くないとコーディスは睨んでいた。

「何にせよ、我々は我々の出来ることをするまでだ。
 君たちは引き続き生徒達の今後の活動内容について草案をまとめておいてくれ。
 それでは―――」

と、コーディスが話を終えようとした時だった。

「コーちゃん、最後にちょっといいかな」

今まで話に参加していなかったリブラが声をかけてきた。

「例の件について、確認が終わったよ」
「早かったね。
 最低でも明日まではかかると思っていたよ」
「私意外にも手伝ってもらってね。
 ほぼ完徹だったよ」

そう言うリブラの目の下にはクマが出来ていた。
ただしそんな見た目とは裏腹に本人は実に楽しそうだった。

「お母さん、例の件って?」
「ああ、それはな―――」
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