勇者学園とスライム魔王 ~ 勇者になりたい僕と魔王になった君と ~

冒人間

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第6章

第34話 僕と君と貴女とスリーチェと、そしてもう1人と

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―――どたっどたっどたっ!!
「「「ウォオオオォオオォォオオ!!!」」」
「「「キシィィイイイヤァアアア!!!」」」

『ロック・リザード』が、『ヘルハウンド』が、『ハーピィ』が―――

勇者様へ向かって、雪崩のように襲い掛かる―――

僕は何かを叫ぼうとするも、それよりも早く―――

「《ヴァリアブル・コランダム-サファイア》!」

勇者様の『魔法名』が唱えられ、彼女の髪が青く染まる―――

そして―――



「《スラッシュ・スペース》!!」



―――ザンッ…………!



「…………え?」

魔物の群れが――――

一瞬にして、『消えた』――――


「よし!終わり!」


そんな勇者様の声だけが、ただその場に響き渡ったのだった………


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

《 少し前 》

「シャーー!シャ!シャー!シャ!シャーー!」

「なにぃ!?
 勇者学園の生徒達と調査隊員たちが突然魔物の群れに襲われた上にその首謀者がスクトだとぉ!?
 分かった!!すぐに向かう!!」

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「―――という訳で、サニーちゃんに呼ばれ私はここに救援に来たわけだ!
 ご納得いただけたかな!」

「いやあのもうあらゆる意味で納得出来ません」

『ポーション』を受け取り何とか動けるようになった僕は世界で一番尊敬している人物に向かって真顔でツッコんでしまっていた。
あのスクトさんが今回の事態の首謀者という余りにも信じがたい事実をこんなノリで知りたくなんてなかった……

「………食堂でスリーチェを誘ってきたあの時から………
 わたくし達は全員謀られていた、ということでしたのね………」

地面に座り込むアリーチェさんが深刻な声でそんなことを呟いていた……

「そん………な…………
 お姉………さま…………
 わた…………くし…………」

そしてスリーチェは途轍もなく思いつめた表情をして今にも倒れそうだった……!

スクトさんからの提案に乗ってしまった張本人なのだからそれも無理はない……
それどころか、彼女の性格なら今回の事態の何もかもが自分の所為であると思い込んでしまってもおかしくない……!

「スリーチェ!あの提案を受け入れたのはわたくしも同じでしてよ!
 貴女だけが責任を感じることは―――」

「わたくしが………!
 わたくしがあんな我がままを言い出した所為で、こんな―――」

アリーチェさんからの声も、今のスリーチェには聞こえていないようだった……!

「わたくしは……わたくしは―――!!」

「スリーチェ!!」

―――がばっ……!

突然……キュルルがスリーチェを思いっきり抱きしめた。

「キュルル………さん………?」
「ねえスリーチェ。
 ボクね、スリーチェのお姉さんのお話聞いて……
 スリーチェは本当はボクのこと嫌ってるんじゃないかって不安になったんだ」
「え………?」

キュルルはとても優しい声で、スリーチェに囁くように話しかける。

「スライムのボクを……
 お姉さんの命を奪った奴と同じ、魔物のボクを……
 本当は、嫌いなんじゃないかって……」
「そ、そんなことはっ―――!!」

「うん、アリスリーチェに聞いたよ。
 スリーチェはそんな子じゃないって。
 それでボク、スリーチェは凄いなって思ったの」
「えっ……」

「自分が一番悪いだなんて思って、誰も恨んだりしないスリーチェのことが、凄いなって思った。
 ボク、そんな凄いスリーチェが大好きだよ」
「キュルル……さん………」

キュルルは、スリーチェをより一層強く、それでいてとても優しく抱きしめる。

「だから、ボクの好きなスリーチェを嫌いにならないで。
 スリーチェも、スリーチェのことを好きになってあげて」
「っ……!けどっ……!!」

「どうしても自分を許せないならさ……
 自分を責めるんじゃなくて、自分に何が出来るのかを考えようよ!」
「自分に……何が、出来るか……?」

スリーチェは震える声を出しながら、キュルルの方へと顔を向ける。

「そうだよ!
 自分はこれから何をするのか!
 自分に何が出来るのか!
 それが一番大事なことなんだよ!
 まぁこれ、誰かさんから言われた言葉なんだけどね!」
「っ!」

「…………!」

アリーチェさんが、ちょっと驚いたような顔をしていた。

「もし、なにも思いつかなかったら……
 ボクも、一緒に考えるから!ね!」
「う……ううっ………!
 キュルルさぁぁぁぁぁん!!!!」

スリーチェは泣き叫びながらキュルルを抱きしめ返した。
そんなスリーチェを、キュルルは優しく笑いながら見つめていた……

どうやらスリーチェは……もう大丈夫のようだ。

「………また、アナタにお礼を言わねばならないようですわね」

2人の様子を見ていたアリーチェさんが安心したような、それでいてキュルルにスリーチェの心を救ってもらったということに、なんとも複雑な気持ちがあるような、そんな声をかけた。

「……別に、お前の為にやった訳じゃないし」

キュルルはそっぽを向きながらそんなことを言う。

うーん……やっぱこの2人はどうしてもこう―――

「だから……別に気にしなくていいよ。
 ………

「「――――――!!!」」

その言葉に―――僕とアリーチェさんが、一瞬言葉を失った。

「………まぁ、その………ほら………
 フィルとスリーチェを助ける時には………
 お前の力も、まあ、役に立ったし……
 その……ボクの方こそ………礼を、言うよ………
 ……………ありがと………」

そう言うと、キュルルは黙り込んでしまった。
………漆黒の身体のはずなのに、何故か頬がちょっぴり赤くなっているような、そんな風に見える。

そして―――

「………それならば、わたくしの方こそまたアナタの力に助けられました。
 礼を申し上げますわ。
 ………
「…………きゅる」

そんなキュルルとアリーチェさんを見て………僕は、笑顔を浮かべるのだった。





「うむ!!!
 なんだか知らんがとにかくよし!!!」

あ、忘れてた。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

それにしても、まさか勇者様が救援に来てくれるだなんて思ってもみなかった。
もし、それを知っていたなら……

「僕達、あんな無茶をする必要ってなかったのかな……」

チラリと、勇者様が一瞬のうちに葬り去った魔物達の残骸を見て思わずそんなことを呟いてしまう。
僕達のあの頑張りが無駄だった、なんてことは思いたくないのだけれど……

「いや、そんなことはないから安心してくれ。
 なにせ―――」

―――ビキィッ……!!!

うん?

「何だ……?
 今の音……」

「ああ、今のは私の身体のどこかの骨にヒビが入った音だよ」
「はぁ、そうです―――――え?」

余りにも平然と言い放ったその言葉の内容に僕のみならずその場の全員が勇者様へと向き直った。

「私の魔法 《ヴァリアブル・コランダム》は本来の身体強化に加え《サファイア》と《ルビー》というスピード、パワーに更に特化した形態になれるのだが……
 あまりにも出力が上がり過ぎて、身体強化で耐えうる負荷の限界を超えてしまうんだよ。
 だから、あまり長時間使い続けていると身体が壊れるんだ。
 骨にヒビが入るのはその前兆だよ」
「え、壊れ?え―――?」

「しかもついこの間『水晶ゴーレム』を倒すのに『奥の手』を使ってしまってね。
 アレを使うと一気に身体の崩壊が進むんだ。
 一応回復魔法をかけて貰ってはいるんだが、私の身体はちょっと特殊でね。
 他人からの魔法が効きにくいんだ。
 攻撃魔法があまり効かないという利点もあるんだが……
 基本的に自然治癒で治すしかないんだ」
「え、『水晶ゴーレム』……
 え、それって、え―――?」

「まぁ、そんな状態でここの全ての魔物を排除する為に《サファイア》でここいらを駆け回ったものだから、実は今私の身体は相当滅茶苦茶なことになっててね。
 この状態でまたあの『水晶ゴーレム』を相手するなんてことになってたら崩壊待ったなしだっただろうね。
 いや実際マジで助かりました!」
「え、え、全ての魔物を?排除?え―――?」


勇者様の言葉を全て飲み込むのに僕達は少なくない時間を要するのであった……


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「しかし、まさかここにも『水晶ゴーレム』がいるだなんて思いもしなかった。
 本当、吃驚したよ」

それはこちらも同様だ……
飛んでもない魔物だとは思っていたけど、まさか勇者様が全力を以って相手する程だったなんて……
今更ながら空恐ろしくなってしまった……

「そしてそれ以上に吃驚仰天なのがその『ゴーレム』を一刀両断してしまったということだ!
 私ですら出来なかった芸当を一体どのようにして……?」

「きゅるーーっ!
 ボクとフィルの《オース・ブレード》の力だよーーーっ!!
 ボク達2人が一緒ならこんな『ゴーレム』なんて、ちょちょいのちょーいで倒せちゃうんだからーー!」
「…………その前に、わたくしとフィルの《最大マックス規格スタンダード・アクセラレーション》で『ゴーレム』を半分以上を削っていたからこそ倒せたということを忘れないで貰いたいですわね」

「キュらぁん!?」
「もしあの『ゴーレム』が万全の状態でしたら両断することは出来ても三分の一未満には出来ず、動けなくなったアナタとフィルは再生した『ゴーレム』に為すすべなく蹂躙されていたことでしょう。
 というか、わたくしとフィルの力でほぼ撃破寸前にまで追い込めておりましたし、最後の一押しならば別にアナタでなくても―――」

「うるせぇええええええ!!
 やっぱお前は巻貝で十分だキュらぁ!!
 その減らず口を《オース・ブレード》で永遠に聞けなくしてやろうかぁ!?」
「アナタこそ《最大マックス規格スタンダード・アクセラレーション》で壁のシミにしてさしあげましょうか!?」
「お2人さんそれどっちもすっごい負担かかること忘れてませんよね!?」

「ああ……いけませんわスリーチェ……
 わたくしもフィルさんを抱き締めて回復魔法をかけて差し上げたから倒せた、などと余計なことを言ってあの輪の中に加わりたいだなんて……」

「うーむ!油断してるとすぐ私が空気になるな!このパーティは!」

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「さて!いつまでもこんな所でこんな漫才みたいなことしてるわけにもいかない!
 早くこの洞窟から出てしまおう!」
「貴女に言われるとなんか釈然としないんですけど」

この数分間におけるやりとりで僕の勇者様に取る態度が激変してしまった気がする……

「でも、その通りですよね……
 外のことも気になりますし……行きましょう!」
「プランティ……!」

スリーチェがプランティさんの名を呼びながら不安に揺れる声を出す。
今回の事態の首謀者……スクトさんと交戦していた彼女は今どうなっているのか……
それに、ファーティラさん達やミルキィさん達も……

そんなチームメンバー達の安否に思いを巡らす僕達に勇者様が声をかけた。

「大丈夫だよ。
 私がここら一帯の魔物を掃討してきた際に、生徒達に犠牲が出ていないかその場の講師や調査員達に聞いてきた。
 現段階で生徒の死亡は確認されていない。
 まだ完全に調べ切ったわけではないがね」
「本当ですか……!
 良かった……!」

僕は安堵の溜息をついた。
スリーチェもホッと胸をなでおろしている。

ただ―――

「『生徒の死亡』は……ですのね……」

ぼそりと、アリーチェさんが何かを呟いたような気がした―――

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「外だ……!」

多分、洞窟内にいた時間は1時間もなかったんだろうけど……
まるで丸一日は閉じ込められていたかのような気分だった僕は洞窟の外に出た時の解放感に思わず声が漏れ出ていた。

スリーチェも僕と同じような感覚だったのだろうか、目の端に涙の粒が浮かんでいる。

ちなみに車椅子のないアリーチェさんはそのスリーチェによって支えられながら歩いていた。

最初は僕が支えてあげようかと思ったけどまたキュルルと諍いが起こりかけたので断念し……
次いで勇者様が背負ってあげようと申し出てくれたのだけど、勇者様がアリーチェさんに触れた瞬間勇者様の身体からビキビキと嫌な音がなり始めたことから丁重にお断りし……
残ったのはスリーチェだけだったという訳だ。
アリーチェさんは妹に負担をかけることに少し抵抗感があるようだったけどスリーチェはむしろ喜んで最愛の姉を支えたのだった。

なお、当然の如くキュルルは選択肢に入ってなかった。
2人の距離は縮まってくれたと思うんだけどなぁ……

閑話休題。

洞窟を出た瞬間、ホッと一息つきかけた僕達だったけど……すぐにまた深刻な表情に戻ることになる。

夥しい数の魔物の死骸……
そして洞窟の入り口正面に生えていた木々が、かなりの距離に渡って薙ぎ倒されている光景が見えた……

これは……

「わたくし達が来た時には、既にこうなっておりましたわ……」

僕の考えていることを察したアリーチェさんからそんな声が掛けられる。

つまり……これは、プランティさんとスクトさんの戦闘によるもの……!

一体何があったのか。
彼女はどうなったのか。

死亡した生徒はいないという話を勇者様から聞き及んではいても、僕達……特にスリーチェの心には再び不安が広がっていった……

その時―――

「君達も無事だったか」

そんな男の人の声が僕達に聞こえてきた。

この声は―――!

「コーディス先生!」

そこには2匹の蛇を両腕に巻きつけたコーディス先生が居たのだった。

「森の中で見つけたが、これはアリスリーチェ君のだろう?
 ほら」

そう言いながら、コーディス先生に巻き付いている蛇がアリーチェさんの車椅子を咥えて彼女の前まで持ってきた。
「あ、ありがとうございます……」と、ちょっと困惑気味にお礼を言いつつ、アリーチェさんが車椅子へと座る。

「コーディス先生……どうしてここに?」
「君達には私の方から色々と伝えておかないといけないことがあると思ってね。
 まず、プランティ君など君達のチームメンバーの安否についてだが、全員無事だ。
 アリエス先生を始めとした『回復魔法師』達の治療を受けて、今はもう怪我も体力も元通りとなっているはずだよ」
「ほ、本当ですの!?
 プランティはもう大丈夫ですの!?
 何か後遺症を患っていたりはございませんか!?」

スリーチェが誰よりも早くコーディス先生の言葉に反応した。

「ああ、大丈夫だよ。
 その証拠に―――」

「お嬢様ぁーーー!!」
「「「アリスリーチェ様ぁあああ!!!」」」

「!!
 プランティ!?」
「ファーティラ!ウォッタ!カキョウ!
 貴女達まで!」

森の奥から2人のお付き達が走ってきているのが見えた!

「皆治療が終わったら一目散に主の元へと走り出してしまったと、現場の『魔法師』達から伝達魔法で知らされていたんだ。」

「でもプランティはともかくファーティラ達はどうやってこの場所を……」
「私が伝達魔法でダクト先生に伝えておいた。
 なんでも掴みかからんばかりの勢いでこの場所を聞き出そうとしてきたらしい」

「はぁ……」とアリーチェさんが溜め息をついた。

「プランティ!!!」

そして、スリーチェもプランティさんに向かって走り出し―――
2人は強く抱きしめあった。

「プランティ……!!
 ごめんなさい……!!
 わたくし、貴女の偽物に気が付かずに……!!
 ごめんなさい……!!」
「お嬢様……!!いいんです……!!
 貴女が……貴女が無事でさえいてくれたなら……!!」

2人はそれ以上何も言わず、涙を流しながらただお互いにお互いが生きているということを噛み締め続けた。

「アリスリーチェ様!
 貴女をお守りするという使命がありながら、主を危険な場所に送り出すという不義理を働いたこと、何一つ申し開きする気はありません!
 どうか、如何様にでも処分を!」

そう言いながら自らの首を差し出すかのように膝をつき頭を垂れるファーティラさん達に対し―――

「何を言っているのですか。
 貴女達はわたくしのお付きとしてこの上ない働きをしたでのはございませんの。
 そんな貴女達に処分なんてものを下そうとしていると思っているのなら、それこそわたくしに対して余りにも失礼な不義理でございましてよ」

と、そんなことを言いながらとても優しい表情で見つめるアリーチェさんに、ファーティラさん達は感動のあまり咽び泣いてしまったのだった。

そして、そんな彼女達を見ることで……
僕はようやく心を落ち着かせることが―――


「皆……誠に申し訳なかった」


コーディス先生が……僕たちに向かって深々と頭を下げ、謝罪をしてきた。

突然のことに僕達は皆コーディス先生へと視線を向けたまま固まってしまう。

「彼を……スクトをこの討伐活動に呼んだのは私だ。
 今回の全ての責任は私にある。
 本当に……済まなかった」

そんなコーディス先生の姿に僕達が何も言えずにいると―――

「コーディス」

勇者様がコーディス先生へと声をかけた。

「スクトは、どうした」

その声には……先程までのふざけた調子は一切なかった。

「………深手を負わせはした」

「――――――!」

その言葉に僕達が何か口を開こうとするよりも早く、コーディス先生は続けた。

「だが……捕らえることは出来なかった」
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