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第5章

第5話 僕と貴女の憂慮

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さて、そんな騒ぎがひと段落した頃……

「それで、スリーチェ……
 何故今になって勇者学園へ入学しようなどと思いましたの?
 貴女、さほど『勇者』に興味はなかったはずでしょう?」
「えっと、それは……」

おや……?
先程まで元気に返事をしていたスリーチェが言い淀んでいる。

「わ、わたくしも今更ながら『勇者』になりたくなってしまいましたの!
 やはり貴族の令嬢たるもの一度は『勇者』に憧れてみなければ!
 そうでしょう!?」
「いや別に貴族にそんな慣習はありませんが……」

傍目からでも分かる、あからさまな誤魔化しだった。
どうしたんだろ……?

「それよりも!わたくしの『魔力値』をご覧くださいな!
 どうです!中々のものでしょう!」

そう言ってスリーチェは自信の頭上に浮かび上がる数値を見せびらかした。
1週間前の僕達のように、そこには『魔力値』が赤い光で記されている。
その数値は15000。
平均値の1.5倍だ。

「勿論、魔法を使う上で重要なのは『魔力値』だけではないことはアリーチェお姉さまの教えで重々承知ですわ!
 けれど、『魔力値』が大事な要素であることもまた事実!
 この力で、アリーチェお姉さまにも負けないぐらい立派な『勇者』になってみせますわよー!」

スリーチェは両拳をシュッシュと打ち出し、やる気の程を表現していた。

「貴女の得意魔法は直接の戦闘には向いておりませんでしょうに……」
「ぶー!お姉さまのよりはまだマシですー!」

得意魔法……そういや僕アリーチェさんの得意魔法ってまだ知らなかったな……
今までここで貰った簡易魔導書の魔法しか見てないし。
折角だからこれを機に聞いてみようかな……

なんて思っていたら……

「あの……お嬢様……
 そろそろ入学挨拶が始まる時間ですよ……」
「あっ!プランティ!
 ようやく復活しましたのね!」

先程まで地面に転がり痙攣していたプランティさんがスリーチェに声がけをしてきた。
あのまんまにしてていいの?とも思っていたのだがスリーチェ曰く「どうせ数分で復活しますわよ」とのことだった。

そしてそんなプランティさんの『魔力値』はというと……

「おや………?」
「あ、あの……何か……?」

その数値は………8000。
取り立てて低いという程でもないが、平均を下回る数値だった。

ファーティラさんを始めとしたアリーチェさんのお付きの人達は平均を優に超える『魔力値』をしてたからてっきりこの人もそれぐらいはあると思ってたけど……

「数値だけで彼女の力を判断するのは早計ですよ。
 プランタは我々ガーデン家に仕える者、『園芸用具ガーデニングツールズ』の中でもトップクラスの実力者なんです」
「わっ!ファーティラさん!」

ファーティラさんがスッ…と僕の側に立ち、説明をしてくれていた。

「ウォッタに匹敵する魔法技術、カキョウに肩を並べる身体能力……単純な素質だけで言えば完全に私の上位互換といってもいいでしょうね。
 超絶コミュ障なこと以外はまるで非の打ちどころのない人物なのです」
「さらっと毒を吐きましたね」

「それにその数値に関しても……
 いえ、これは私からは言わないでおきましょう」
「……?」

彼女の『魔力値』について何かあるのだろうか……?

「ちなみにあのスーツの下には中々に暴力的なボディが隠されております。
 一見スラっとした体形ですが決して油断されない方がよいでしょう」
「うん、それは別にいらない情報ですね。
 なんかアナタとは会話をするたびにどんどん僕の中の評価が下がっていきますよ」

本格的にアリーチェさんに一言いいつけて貰おうかこの人。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

―――入学者の皆さんは学園校舎東側までお集まりください。繰り返します。入学者の――

色々と話をしていると、プランティさんが言っていた通り入学挨拶の案内アナウンスが流れ始めた。

「それではお姉さま方!わたくしは行ってまいりますわ!
 キュルルさん!アナタのお話もまた後でゆっくり聞かせてくださいな!」
「うん!いいよー!
 また後でねー!スリーチェー!」

いつの間にかキュルルとスリーチェは随分と仲良くなっていた。
2人とも元気な性格同士だし、結構気が合ったのかもしれない。

「うう……お嬢様は相変わらず初対面の人間と仲良くなるという、他人を休日に遊びに誘うのと同じくらい超高難易度の行為を軽々と行ってしまわれる………
 何故あんなにも何の不安もなく自分をさらけ出してしまえるのか………恐ろしい……」

「もう!プランティ!貴女はまたそんなこと言って!
 貴女の方が無意味に周りを気にしているだけでしょうに!
 そんなだから貴女は家のメイドから『気を使われ過ぎて逆に疲れる人』なんて言われてしまうのですよ?」
「ぐはァッッ!!」

「きゅる?
 他人を遊びに誘うのが超難易度?
 別にそれぐらい普通のことじゃないのー?
 アナタだってお友達と一緒にお出掛けぐらいするでしょー?」
「おごォッッ!!」

「そういえばプランティがわたくし以外の人とお出掛けするところって見たことありませんわね!
 そうだ!今度のお休みには貴女のお友達を呼んでお出掛けしましょうよ!
 この前メイド達からプランティはお休みの日はずっと部屋でマンガ本を読んだり1人遊戯用マジックアイテムで遊ぶぐらいしかしてないって聞きましたけど、まさか折角の休みをそれだけにしか使わないなんてことあるはずないでしょう!?」
「ごへぇぁッッ!!」

「あの、2人ともそこらへんで勘弁してあげてくれない?」

プランティさんが無邪気な言葉のナイフで滅多刺しにされる様を見て、流石にストップをかけた。

「ふ、ふふふ………
 お友達とお出掛けぐらい普通か……
 そっか……そうですよね………
 普通の人はお出掛けに誘うのに1週間ぐらい誘い方の練習をしたり、結局お断りされてしまい1ヵ月ぐらい夜も眠れないぐらい辛くなったりなんてしないですよね………」

プランティさんはピクピクと震えながら地面へと沈む……
あの、もうすぐ入学挨拶始まっちゃうんだけど……

「まぁ、プランティはいつもこんな感じですけど、何だかんだでわたくしとの約束の時間などには必ず間に合いますのでこのまま放置しても大丈夫でしょう!
 それでは皆さん!また後で!」

と、スリーチェは1人でアナウンスされた場所まで行ってしまった……
あ、プランティさんが這いずりながら後を追った。

「はぁ……やれやれですわ……」
「アリーチェさん……やっぱりスリーチェのこと心配ですか?
 でも、今の所あの日以来この学園でアリーチェさんの命が狙われるようなことは特に起きてませんよね?」

それだけでこの学園で過ごすことが安全、と言ってしまうのも安易な気はするけど……

「……まぁ、わたくしが神経質になり過ぎているだけ、というのもあるかもしれないのですけどね。
 実の所、わたくし達ガーデン家にとって命を狙われること自体はそう珍しいことではありませんの」
「えっ!」

アリーチェさんがこともなげにそんなことを言う。

「そういった事は上級貴族とは切っても切れないものですのよ。
 ましてや、この大陸におけるガーデン家の影響は絶大……
 それは、様々な『敵』を作る要因でもありますわ」
「ふええ………」

改めて、彼女が僕みたいなのとはまるっきり別世界の住人であったことを思い知ってしまった。

「気になるのは例の刻印付きの便箋などの『仕事道具』についてだけで、それ以外は特筆すべきことのない普通の暗殺未遂と言ってしまってもよいでしょうね」

普通の暗殺未遂て。

「それだってわたくしが変に考え過ぎずに最初からファーティラ達に護衛を頼んでいたら大事には至らなかったことでしょうし……
 例の便箋だって単にこの上なく精巧な偽物という可能性だってある訳ですし……」

アリーチェさんはそんなことを呟きながらうんうん唸っている。

「……まぁ、正直に白状してしまいますとあの子が心配というだけでなく、あの子があっさりとこの学園への入学が許されたことに対しての不満、というのもあるのですけれどね……
 わたくしなどお父様から許可を得るのにあれほど苦労したと言いますのに……」

アリーチェさんは納得がいかない、という風に腕を組んだ。

「アリーチェさんは簡単には許可を貰えなかったんですか?」
「ええ、1度や2度の歎願では全く聞き入れてもらえませんでしたわ。
 お食事中、執務中、就寝中、入浴中、所かまわず四六時中、何度も何度も何度も何度も直談判を繰り返し、お父様をノイローゼ一歩手前にしてようやく、といった所ですわね」
「サラッと物凄いことしてますね貴女」

僕は顔も知らないアリーチェさんのお父さんに心ばかりの労いの言葉をかけた。

「アリスリーチェ様のお身体の事を考えたらお父上様のお気持ちも分からなくはないと思いますがね」
「それは、まぁわたくしとしても自覚はありますけれど……
 結局貴女達3人ものお付きを連れていくことが条件になってしまいましたし……」

そんなファーティラさんとアリーチェさんの会話を聞きながら、僕は新たな入学者達が集まるエクスエデン校舎前へと目を向けた。

そして、改めて気合を入れ直した。
新たな人達も加わり、明日からはまた僕らの勇者学園の活動が始まるのだ―――
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