勇者学園とスライム魔王 ~ 勇者になりたい僕と魔王になった君と ~

冒人間

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第2章

第14話 キュルルの涙と僕の奔走

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「フィーたんは碌に筋肉がつかない体質らしいな。
 これは、膨大な魔力を持つ者の特徴なんだ」

リブラが椅子に座りながら説明を続ける。

「強大な力を身に宿す反動なのか……
 未だ理屈はハッキリとしていないが、優れた『魔法師』ほど身体機能は貧弱になりやすいんだ。
 キュルルルンは知らないだろうが、我が国でも、他所の国でも『魔法師』にムキムキマッチョマンはまずいないと言っていい」

「………………………………………」

キュルルは、今までの饒舌さが嘘のように大人しくなっていた。
自分の中に芽生えた嫌な予感が、彼女の口を塞いでいた。

「キュルルルン、君とフィーたんは井戸の中に落ち、そこで10日間を共に過ごした。
 そして、君達はお互いにお互いを食べ合った。
 君は、フィーたんの髪を食べたそうだが………」

「…………………………………………………」

キュルルは、粘液の身体に、嫌な汗が流れるような感覚を覚えた。

「君はその時、フィーたんの魔力を取り込んでいたんだよ」

「―――っ!」

「それ………って…………」

話を聞いていたアリエスが、思わず口を開いていた。

「フィーたんも疑問に思ってたそうだね。
 食べた髪の量に対して、あまりにも成長し過ぎてるように見えた、と。
 君が成長した要因は、髪そのものではなく髪を介して捕食した彼の魔力だった、という訳さ。
 そして、10日間をかけて彼の魔力の殆どが君へと行き渡った。
 その末に、君は今の『力』を手に入れた……
 というのが、私の考えた結論だ」

「…………………………………………」

「あの、お母さん。
 それじゃ、フィル君が元々持っていた『魔力値』って………」

何も話さなくなったキュルルに代わり、アリエスが疑問の声を上げた。

「フィーたんと別れた後からも他生物の捕食などで外部からの魔力の供給は行われていただろうから、今のキュルルルンの『魔力値』全てがフィーたんの物、という訳ではないだろうが……」

リブラは、少しの間、顎に手を当て考え込んだ。

「おそらく、『40000』は下らなかっただろうね」

「なっ………!」

アリエスは驚愕の声を発した。
『上級魔法師』の自分の『魔力値』を軽く超える数値。
それが本来、彼に存在していたはずの素質。

それが………

「それじゃ………フィル君は……
 それだけの『魔法師』の才能を………
 全て、このスライムに奪われてしまった……?」

「―――――――――――――っ!!!!!」

普段のアリエスならいくら魔物が相手とは言え、もう少し言葉を選んでいただろう。
だが、この事実は余りにも衝撃的過ぎた。

本来は彼のものだった素晴らしい『魔法師』の才能が、全て―――

「まぁフィーたんに『魔法師』の才能があったか、と言われるとかなり疑問な所があるのだけれどね」
「へっ?」

アリエスがリブラの回答に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
いや、これだけの『魔力値』を持つのならどう考えても――

「魔法を扱う上で必要な3要素。
 魔力、イメージ力、形成力。
 確かにフィーたんは常人を遥かに超える量の魔力を所有していた」

リブラは「しかし……」と肩を落とす動作をした。

「どうもフィーたんはイメージ力、そして形成力が相当乏しいらしい。
 アリりんも見ただろう?
 フィーたんが魔法を使うところを」
「え、ええ……まあ……」

確かに、フィルは簡単な初心者用魔法もまともに扱えてなかった。

「話を聞く限りイメージというか集中力がまるで持続しない気質のようだな。
 元々あまり深く考えずに突っ走ってしまう性分らしいしね。
 そして形成力もとても実用には満たない。
 これは貧弱な身体とはまた別の、生まれ持った体質かもしれないな。
 アリチっちは『魔力値』が極端に低く、イメージ力、形成力が並外れているというが……
 面白いぐらいに真逆だね、この2人は」

フィルの言っていた小麦粉と水とパンの例えなら、小麦粉だけが大量にあり、混ぜる水も捏ねる力もまるで無い状態、ということか。
まさに宝の持ち腐れだった。

「フィーたんの魔法の実演を見る前から予想はしていたんだ。
 先程優れた『魔法師』ほど貧弱になりやすいと言ったが、それが苦になる『魔法師』は殆どいない。
 彼らは成長するに従い、その強大な魔力を体力や筋力の補助に使用するようになるのが普通なんだ。
 人間が誰しも意識する事なく歩いたり走ったりする事を覚えるように、ごく自然にね。
 だが、フィーたんは未だ貧弱で体力も無い。
 つまり、彼が魔力を扱う才能は常人以下だったということさ」
「は、はあ……」

何とも言えない話であった。

「宝の持ち腐れどころか『魔力値』だけ大量にあり、身を守るすべが何一つない人間など魔物の格好の標的だっただろうね。
 アルっぴ達が魔物を念入りに一掃したとはいえ、そのままだとまたいつ魔物に襲われるとも分からない状態だったわけだし、むしろ『魔力値』が無くなったのは彼の身の安全を守ることにもなったんじゃないかな」
「いや、流石にそれで納得は出来かねるかと思うんだけど……」

アリエスがあんまりな擁護に半眼になっていると……

「うっ…ううっ……」

1人の少女の嗚咽が聞こえてきた……

「ボクの……ボクの『力』は全部……!
 フィルのものだったんだ………!
 ボク………何も気付かないで……!
 強くなったとか………!
 『魔王』になったとか……!
 何も知らないで……!!
 フィルから……勝手に奪っておきながら!!
 うう……うううぅぅ………!!」

キュルルは、泣いていた。
その顔は所詮人を模したモノ。
だが、そこから溢れ出る雫は、間違いなくその生き物の悔恨から生まれ出る、偽りなき涙であった。

「キュルルさん……」

アリエスはそれを見て、初めてこの魔物のことを1体の……いや、1人の『個』として認識していた。
自らの行いを心の底から悔い、涙を流すその姿は、見ていて心が締め付けられるようだった…

「キュルルルン、まだ話は途中だよ」

リブラは、そんなキュルルを慮っているのかいないのか、説明の続きを話し始めた。

「まだ謎は残っているだろう?
 何故、彼はあれほどの『魔力値』しか残っていないのに、ああして生きていられるのか」
「あっ、そういえば……」

アリエスも思い出した。
本来なら普段の生命活動で尽き果ててしまう程の低『魔力値』。
にもかかわらず彼は今も存命している。
その理由は……?

「それは君だよ、キュルルルン
 彼から魔力を奪ったのが君なら、彼を生かしているのも、また君なんだ」

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「フィール………さん………
 何故………ここに…………」

アリスリーチェさんは今にも気を失いそうな、かすれた声で僕に声をかけてくる。

「校舎から出ていくアリスリーチェさんの姿が見えて……!
 様子が変だったから追ってきたんです………!
 でも………これは…………!?」

花壇の上の轍を追っていくと、それは森林地帯まで続いていた。

ここって、確か学園から立ち入り禁止って言われてた所じゃ……
まさか、こんな所に……?

だが、轍の跡はこの先にアリスリーチェさんがいるということを示していた。

まあ少しだけなら大丈夫か……
アリスリーチェさんが見つからなかったらすぐに出よう。

そんなことを思いながら森へと入った僕は、あまり奥深くまで入らずに探してみたけど、結局見つからず仕舞いであり、そもそもあの轍自体がアリスリーチェさんとは関係なかったのかな……
と考えだし、その森から出ようとした、その瞬間―――

―――バシュッッッッ!!!

「うわあっ!!
 な、なに、今の音!?」

何かが物凄い勢いで噴き出したかのような音……!
ついで、樹木が倒れるような音が聞こえてきた……!

もっと奥の方で……何かが起きている!
僕はその音の方向へと走った!

そうしていると、今度はアリスリーチェさんの怒りに満ちた大声が聞こえた!!

間違いない!この先に彼女はいる!!
そして、何かが……よく分からないけど、決して良くない何かが起きている!!

そうして、僕が走った先で見たのは……

赤髪の男の人に、長剣で貫かれそうになっているアリスリーチェさんだった!!

僕はあらゆる疑問をかなぐり捨て、アリスリーチェさんへと飛びついたのだった………

「チィッ!!
 お前は確か……
 この貴族の近くでちょろちょろしてたガキ……!
 つけて来てやがったのかよ……
 ったく、ひとりで来いっつったのによぉ」

「貴方は……レディシュさん………?」

模擬戦の時にアリスリーチェさんに挨拶をしていた、紳士然としていた爽やかな人……
だが、今目の前にいる人からは、もはやそんな印象は全くと言っていい程消え失せていた。
これが……この人の本性………?

「まあ、でも……考えてみれば都合がいいかもなぁ」

「都合……?」

彼が一体何を言っているのか、僕には分からなかった。

「この貴族を始末した後、どう言い訳を立てればいいんだろうなって思ってたんだ。
 クライアントは決定的な証拠さえなければこちらで何とかする、つってたけど……こっちから理由を用意できるならそれに越したことはねぇよなぁ。
 お前、確かそこの貴族の雑魚『魔力値』よりも更に雑魚の死にぞこないな『魔力値』だったよな?
 お互いに『魔力値』について罵り合ってたとか、結構あり得そうじゃねぇか?」

「貴方……一体、何を………」

「ついカッとなったお前がそこの貴族をナイフでぐさり。
 その場面を目撃した俺のことも口封じに殺そうとしたところを正当防衛で殺しちまった。
 うん、中々いいストーリーじゃねぇか!!
 俺もなるべく綺麗な身の上でいてぇしなぁ!!」

「なっ……!!」

「んじゃまあ、そういうことで……
 俺の為に死んでくれ」

レディシュさんは長剣を肩に担ぎながらこちらへと歩を進める……!

この人は………本気だ!!

「っ!!
 アリスリーチェさん!!少し走りますよ!!
 耐えてください!!」
「っ!!!
 くうっ!!」

僕はアリスリーチェさんに肩を貸し、彼女に一緒に走るように促す!
ただでさえ辛そうな彼女に更に負担をかけてしまうことになってしまうのが心苦しい……!
実に情けないことに、僕の力ではアリスリーチェさんを抱えて逃げることはとても出来そうにない……!!

自分に悪態をつきたくなるような気持ちで、僕とアリスリーチェさんは広場へ続く森の出口へと駆けようとする!
しかし―――

「《アブソーブ・フォース》」

「くっ、あああああっ!!!!」
「アリスリーチェさん!!!」

彼が唱えた魔法によって、アリスリーチェさんは膝から崩れ落ちてしまう!!

「逃げられるわけねぇだろ。
 その雑魚を引きずってよぉ」

「かっ………はっ………!!」
「アリスリーチェさん!!しっかり!!」

アリスリーチェさんは目を見開いて、見るからに危険な状態であることが分かる!!

ダメだ……!!彼女にこれ以上負担をかけられない……!!

「フィール……さん……あな……たは……
 逃げ……なさ……」
「あ、あまり喋っちゃ………!!
 ―――?
 アリスリーチェさん?そのベルは……?」

僕はいつの間にかアリスリーチェさんが小さなベルをその手に持っていることに気づいた。

一体何を……?

「くうっ!!!」
―――リィィィン………!

アリスリーチェさんは最後の力を振り絞る様に手に持っていたベルを振りぬいた。
すると、不思議な音色が鳴り響く。
これは………?

「これで………ファーティラ達に………
 信号が…………届く………………!」

アリスリーチェさんは「出来れば、彼女たちを、巻き込みたく、無かったけど」という途切れ途切れの謝罪の言葉を口にしていた。
それでも、その顔にはこの状況を打開出来ることの安堵感が―――


「くっくっくっくっくっくっく………」


その男の笑い声が、嫌にその場に響いた。


「ざぁんねぇん」


その顔は醜悪に歪んでいた。
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