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【016】扉の行方
しおりを挟むこのようにして、メリルは王都に残り、王宮で暮らす事となった。
――ギルベルトの妃として。
平民出自だから反対されるのではとメリルは不安だったのだが、国王夫妻は、非常に歓迎した。術師の才能があることと、なにより愛する息子が選んだ相手なのだからという理由だった。
式はすぐに行われることになり、メリルがおろおろしている内に周囲が全て整えてくれたため、純白のドレスを身に纏ったのは……もう三ヶ月ほど前の事である。平民初の次期王妃として、国民にも歓迎されている。
現在、メリルとギルベルトは、新婚だ。
ギルベルトは、始祖王の創造神としての力を身に宿し、聖なる力を帯びた剣を揮って、日々精霊を屠っている。だが、封印が強固にかけ直されたおかげで、新しく出現する精霊は激減し、今は残党を討伐している状態だ。どちらかといえば、王太子としての公務の方が忙しい。
二人は私室が同じ部屋となったので、朝はともに起きる。そして部屋で運ばれてきた朝食を取る。終始二人とも笑顔だ。
そしてギルベルトが部屋を出る時、必ずメリルを抱き寄せる。
メリルは背伸びを押して、チュッとギルベルトに触れるだけのキスをする。それは――ギルベルトからの要求だった。いってらっしゃいのキスと、おかえりのキスと、おやすみのキスと、おはようのキスは、必ずしなければならないのだと、ギルベルトは言う。
「そういうものなのね」
知らなかったメリルは、ギルベルトは色々知っているのだなと尊敬している。
また、近衛騎士に配置換えになったキースは、今も部屋の外に立っている。
だが、ギルベルトは言う。
『僕以外の男と、二人きりになっては行けないからな?』
メリルは律儀に、その言葉を守っている。そのため、街に出る場合は、キースの他に侍女についてきてもらうと決まった。他にも、寝る時は、ギルベルトに抱きしめられて眠らなければならないと、メリルは教えられた。必ず、腕の中で寝なければならない。それが夫婦というものだと知った。
「私って、知らないことだらけだったのね」
うんうんと、メリルは一人頷く。
――ギルベルトに執着され、溺愛され、吹き込まれているだけなのだが、メリルは気づかない。仮に気づいたならば……きっと大喜びすることだろう。今はただ、キスの柔らかさや温度、距離の近さ、ギルベルトの腕の力強さに、ドキドキしているだけの日々だ。
そのようにして夕方になり、この日もギルベルトが帰ってきた。
出迎えたメリルを、ギルベルトが抱きしめ、顔を傾けて、その唇を奪う。触れるだけの柔らかなキスに、メリルは浸る。
なんて、幸せなんだろう。
それに恋人になり、結婚してから、ずっとギルベルトは、メリルの大好きな優しい笑顔を浮かべていて、時には満面の笑みまで浮かべるようになった。二人で歩く時は、いつも手を繋いでいる。メリルは当初、いちいちドキドキしていたが、最近漸く慣れてきた。
――冷静沈着を絵に描いたような人柄だったギルベルトの豹変ぶりに、王宮の人々が驚愕していたのも、もう懐かしい話になりつつある。今は、微笑ましく……を、通り越して、生温かく、見守っている。特に侍従や騎士は、メリルと話さないように気を遣っている。ギルベルトが、怖い顔をするからだ。
腕からメリルを解放し、ギルベルトが彼女の耳に唇を近づける。そうして、非常に小さな声で囁いた。
「愛してる」
嬉しくなり、メリルは両頬を持ち上げて、今度は自分から抱きついた。
「私も!」
こうして二人は、相思相愛になった。
なお、一度村へと帰還し、家の整理をしたのだが、不思議なことに扉は跡形もなく消えていた。理由は今も、分かっていない。扉の行方は、誰も知らない。
―― 終 ――
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