上 下
3 / 16

【003】一目惚れが契機の旅路へ

しおりを挟む


 ギルベルトが訪れるようになって、三日目。
 メリルはいつもより早く起きて、普段よりも可愛いと思っている服を着た。ふんわりしたスカートのエプロンドレスだ。ふわふわの巻き毛には、何度も櫛を通して、本日はリボンをつけた。お気に入りの白いリボンだ。お洒落をしてしまうのは、一目見た時から、ギルベルトを格好いいと思っていたからに他ならない。

 扉の鍵の持ち主ということで驚きが先行したが、三日目となった現在、もう扉が開くのは当然のことのように思える。そうなると――ギルベルト本人のことを、どうしても考えてしまう。率直に言って、一目惚れに近い感情を、メリルは抱いていた。最初に見た時から、ギルベルトの風貌が好きだったのである。

「早く来ないかしら」

 そわそわしながらキッチンの椅子に座っていると、本日も午前十時にギルベルトは訪れた。やはり――格好いい。茶色い髪はさらさらで、形の良い緑の瞳が自分に向き、薄い唇を綻ばせて自分を見ているギルベルトは、とても優しそうだ。

「メリル、どうかしたのか?」
「え?」
「僕のことをじっと見ているものだからな」
「あ……ち、違うの! 別に、なんでもないの!」
「そうか? では、今日も扉の調査をさせてもらう」
「はーい」

 こうしてギルベルトは、扉の向こうに姿を消した。扉が閉まったのを見て、メリルは肩を落とす。あまり会話が出来なかったのが寂しい。今日も出てくるのは遅いのだろうかと考える。

「帰り際は、少し話せると良いんだけれど」

 ぽつりとそう零し、メリルはギルベルトが扉から出てくるのを待った。

 ――そんな日々が、一週間も続く頃には、メリルは完全に、ギルベルトにのぼせ上がっていた。雑談をするときに、優しい表情で視線を向けられる度に、胸が疼く。

「メリル」

 この日の帰り際、ギルベルトがメリルの顔をじっと覗き込んだ。長身の彼は屈んでメリルの顔のごく近い距離の場所に、己の顔を近づけている。あまりにも距離が近くて、メリルは真っ赤になって硬直した。ドクンドクンと心音が煩くなる。

「睫毛がついてるぞ」

 ギルベルトはそう述べると、メリルの目元に触れた。
 そういうことかと理解したが、メリルの胸の動悸は収まらない。

 容姿も好きだが、仕草や雰囲気、なにより会話をしている際の優しさが、メリルは好きになった。たとえば趣味の話、好物の話、好きな動物の話。沢山、メリルはギルベルトに問いかけた。話をしていたくてたまらないから、一人の時はずっと、雑談するネタを考えていたのだ。だから今は知っている。ギルベルトの好きな色は、ワインレッド。嫌いな食べ物はピーマン。好きなお菓子はスコーン。

 メリルはワインレッドの服を着る頻度が増えた。
 また、それとなく帰り際に、作りすぎたと述べて、スコーンを渡すようになった。

「おはよう、メリル」

 本日も優しく微笑して、ギルベルトが訪れた。最近は見るだけで緊張してしまうので、コクコクと頷いてから、メリルは用意した雑談ネタを放つ。

「おはよう、ギルベルト。あのね――」
「メリル。先に僕の話を聞いて欲しい。大切な話なんだ」

 しかし真剣な表情に変わったギルベルトに、言葉を遮られた。驚いてギルベルトを見ると怜悧な眼差しをしていて、いつもとは異なる真面目で、どこか緊迫した気配を醸し出していた。

「実は、いつ切り出すか迷っていたんだが」
「うん?」
「――秘宝を扉から出して、移動させたいんだ」
「え?」

 それを聞いて、メリルは驚いた。確かに祖父からも、移動は可能だと聞いていた。

「そのためには、番人である君に秘宝を持ってもらわなければならない。僕では移動できない。そこでメリル。僕と一緒なら扉の中へ入れるだろうから、一緒に来てくれないか? そして秘宝を君が持ち、僕と一緒に王宮まで運んでくれないか?」

 真摯な眼差しで、懇願するように、ギルベルトは語る。
 メリルは思案する。鍵を持っていたとはいえ、本当にギルベルトについていっていいのだろうか? ギルベルトのことは好きだ。だがそれとは別の話だ。

「秘宝は、何に使うの?」
「それは……言えない」
「そう」
「メリル、僕が信じられないか?」

 その時、非常に悲しそうな顔をして、ギルベルトがメリルの頬に右手で触れた。その感触と表情に、メリルはドキリとする。硬直したメリルの唇を、ギルベルトが右手の親指でなぞる。そして小首を傾げ、じっとメリルを見ながら言った。

「僕は、メリルと一緒にいたい」
「!」
「だから一緒に王宮に来て欲しい」

 メリルはギルベルトに頼まれたら、断るなんて無理だと発見した。

「わ、わかったわ! 私、王宮に行く!」

 反射的にメリルは答えていた。本当は、何に使うのかをもっと追求するべきだと思っていたが、恋心に負けてしまった。

 メリルの返事を聞くと、いつも通りの優しい笑みに戻ったギルベルトが、小さく頷き、姿勢を正す。そして顔を扉へと向けた。

「早速行こう」
「え、ええ!」

 頷いてメリルは、歩きはじめたギルベルトに、慌てて追いつく。
 そして、ギルベルトが開けた扉の中に、緊張しながら、飛び込むように進んだ。

 するとそこは、四方がどこまでも拡がっているように見える白い空間で、扉から少し離れた場所に、木の台座と、その上にガラスケースがあるだけの部屋だった。ギルベルトが迷わずその台座に歩み寄り、ガラスケースを開けた。

「見てくれ、これが秘宝だ」

 そこには、銀の鎖と装飾具のついた、不思議な宝石があった。透明にも虹色にも見える宝石だ。そしてその中で、赤い焔が揺らめいている。

「綺麗……」
「――そうだな。その観点は僕には無かったが」
「え?」
「なんでもない。その宝玉の中の火が、番人がそばにいないと消失するそうだ。王宮の古文書にあった」
「そうなの?」
「ああ。だから君にそれを首から提げてもらいたい。そうしたら、旅の準備を」

 ギルベルトの言葉に頷いて、メリルは宝石を手に取った。そして首から提げる。俯いて秘宝を見ると、やはりとても綺麗だった。

 村から出た事も無いし、王宮ということは旅をするのだろうが、無論旅だってした事の無いメリルは、秘宝を見るまでは不安もあった。だが、今その神秘的な秘宝を見た結果、隣の街に行ってみたいという思いはずっとあったのだし、宝玉は自分が持つのだから、盗まれるような心配もなし、これを持って外の世界へ行ってみようと決意した。

 なにより、好きな相手が、一緒に旅をしようと言っている。
 それもまたどうしようもなく嬉しい。

 これが、メリルが外の世界に出る契機となり、より深くギルベルトに片想いをするきっかけともなった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。

待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。 父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。 彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。 子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

理不尽に抗議して逆ギレ婚約破棄されたら、高嶺の皇子様に超絶執着されています!?

鳴田るな
恋愛
男爵令嬢シャリーアンナは、格下であるため、婚約者の侯爵令息に長い間虐げられていた。 耐え続けていたが、ついには殺されかけ、黙ってやり過ごすだけな態度を改めることにする。 婚約者は逆ギレし、シャリーアンナに婚約破棄を言い放つ。 するとなぜか、隣国の皇子様に言い寄られるようになって!? 地味で平凡な令嬢(※ただし秘密持ち)が、婚約破棄されたら隣国からやってきた皇子殿下に猛烈アタックされてしまうようになる話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

処理中です...