吸血鬼のための人間の噛み方入門

水鳴諒

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―― 本編 ――

第44話 墓参り

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 翌日の朝、澪は瑛と共に、墓石がある丘の上に立っていた。強い風が、二人の茶色い髪を乱している。母が亡くなった日も、風の強い日だったが、あの日の嵐とは異なり、初夏の風はどこか優しい。

 白い薔薇の花束を手向けた二人は、墓標に刻まれた真理亜の名を見る。
 優しい母だった事を、澪はよく覚えている。

「澪」
「なんだ?」
「私は昴の母の事、莉奈の事も確かに愛していた。だが、無論真理亜の事も誰よりも愛していた。彼女を喪った痛みは、今もなお、癒えない」
「そうか」
「ああ。昴を大切な息子だと思うのと同じように、澪、私は君が大切だよ」
「別にそのような事を、俺は心配したことはないが?」

 呆れて澪が隣に立つ父を見ると、瑛は苦笑していた。

「だが私の方は、言葉に出しておきたかった。それにしても澪、よく昴に会わせてくれたね。なんでも不思議な手紙がきたのだとか」
「ああ、最後の手紙が昨日届いたぞ。帰ったら読むか?」
「ぜひ拝読したい」

 そう言って笑いながら、瑛が髪を押さえる。その人差し指には、結婚指輪が嵌まったままだ。

「父上は、どんな気持ちで母上や、莉奈さんにルビーを渡したんだ?」
「そうだな。それは、澪も恋をすれば分かるだろう」
「濁さないでくれ」
「簡単に言えば、生涯守り抜きたいという気持ちに近い」
「それならば俺は兄上に、二つ目のルビーを渡さなければならなくなる」
「兄弟愛とはまた違うのだがね。恋ほど説明が難しいものはない。恋をした者は皆、愚かになるとだけは伝えておこう」

 そう言うと喉で笑ってから、怜悧な表情に変わり、瑛がじっと墓標を見た。

「真理亜。君を奪った【黒薔薇病】の薬は、必ず私がこの手で普及に成功させるよ。もう、悲しみの連鎖はさせない。私のように辛い想いを、澪のように悲しい想いを、皆にはさせないようにすると誓う。誓っても、時に願いは無力だ。けれどね、それでも私は願う。前を向いて、【黒薔薇病】の研究を続けよう」

 強い意志のこもる父の言葉を聞きながら、墓石に向き直った澪は、静かに目を伏せ、母を想う。脳裏に浮かぶ母の笑顔は、もう取り戻す事は出来ない。けれど近い将来、喪われる笑顔は減るはずだと、澪も確信している。

「母上、安らかに眠ってくれ」

 祈りの言葉を告げて、澪は双眸を開く。するとそっと瑛が、澪の肩に手をのせた。

「ああ。きっと天国から見守ってくれているだろう」

 その後、墓参りを終えた二人は、この日は帝都の街中で食事をする事にした。伴っている緋波が予約を入れたレストランの奥の個室で、二人は向かい合う。今日は中華だ。棒々鶏を皿に取り、澪は静かに口に運ぶ。血の入っていない料理を食べるのは、久しぶりだ。

「父上は、西欧あちらでは食事はどうしているんだ?」
「うん?」
「あちらは日本よりも、吸血鬼が支配的だが、秘密主義だという噂を聞くが? 支配階級と、それから下に絶対的な隔たりがあるのだとか」
「いいや、こちらの華族とそれほど違いはないよ。労働階級以下の扱いがいいとは言えないがね。そしてそういう者からは、確かに吸血鬼は血をめったにとらない。あちらの場合は、吸血鬼用の人間は、大切に育てられている。同意の上で、特別階級を与えられて、血を提供している」
「それを父上も飲んでいるのか?」
「そういう場合もあるが、私は共同研究者が人間なんだよ」
「共同研究者が? 人間が吸血鬼の病気を研究しているのか?」

 澪が首を傾げると、焼売を一口食べてから、瑛が頷く。

「ああ。身分差別はあるが、それを越えて優秀な者には、あちらの方が道を開くといえるその人も、吸血鬼の医師よりも優秀でね。黒血感染性蛋白粒子に気づいたのも彼なんだ。私は専ら彼から血を提供してもらっているよ」

 そう語る瑛は上機嫌だ。

「話も非常に合うんだ。今度是非日本に招きたい。その際は、西園寺家に滞在してもらうから、紹介するとしよう」
「ああ、楽しみにしておく」

 どうやら父のお気に入りの人間らしいと判断し、澪は頷いた。


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