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―― 本編 ――
第34話 引き留める口実
しおりを挟むすると昴が改めて首を振った。
「ありがたいお言葉ですが、俺は帰ります。俺はもう成人していますし、牧師という職にありますので、教会を放っておくことは出来ません」
昴がどこか困ったような声で述べた。押しが弱いなりに、必死で口にしているのが分かる。だが澪は、もう引き留める強い口実を得ていた。
「兄上、そのことなんだが」
「うん?」
昴が横を向いて、澪を見る。
「残念だが孤児院街は封鎖された。孤児達は全員、帝都の別の施設に保護されている」
「え?」
澪の言葉に、呆気にとられたように昴が目を見開く。
「保護された場所は、帝都でも聖フルール以外の教会だ。今、聖フルール教は、破壊的カルト教団の認定をされたところだ」
「へ?」
昴がポカンとしたように声を出すと、絵山が新聞を持ってきた。それを昴に差し出す。おずおずと受け取った昴は、その一面を見て、目を見開いた。唖然とした様子で、何度も見出しや写真を見ている。
『ジャックは集団だった』
『貧民街の聖職者の犯行』
『長年続いてきた孤児への虐殺』
『生け贄を騙り殺害か』
『陰惨な事件に終止符』
『黒幕の紫苑牧師の供述』
大々的にそんな言葉が躍り、逮捕されている紫苑牧師らと、聖フルール・エトワール大教会の写真、保護されている孤児達の写真が、新聞には写っている。今朝澪も、その記事を読んだ。高籏警部達が、摘発した様子である。
「兄上、これからもここで暮らそう」
「……」
「父上もそれがいいと思うよな?」
澪の言葉に、昴は青ざめて沈黙したままだったが、瑛は手を叩いて喜んだ。
「ああ、勿論だ。是非そうしよう」
それから瑛は、澪に視線を合わせて、悠然と笑った。
「相くんについても話は聞いているよ。彼もよかったらここで暮らし、従僕見習いとして働くといい」
昴がそれを聞いて、やっと顔を上げた。
「昴の専属の従僕としよう。昴もそれならば、安心だろう?」
「は、はい……えっと……」
「勿論、昴が出て行くというのならば、相くんもそうなるだろう。彼一人だけを置いておくという選択肢は無い。別に脅しているわけではないのだがね」
悪戯っぽく笑った瑛を見ると、昴が身を固くした。それから思案するように瞳を揺らした後、静かに頷いた。
「でしたら、相が他に行く場所が決まったら、俺は出て行きます」
「決まらないことを祈るしかないな。さて、津田。そうと決まれば、相くんに、働かないか打診してきてくれたまえ。指導は君に任せるよ」
「畏まりました」
頷いて津田が出て行く。その様子を見ながら、澪は内心で驚いていた。昴のことは想定通りだったが、相についてはどうすべきか悩んでいたので、父の答えにびっくりしていた。過去に西園寺家に人間の使用人がいたことがないという事実を再び思い浮かべる。勿論、人間を雇ってはいけないという決まりはないが、父があっさりと決断したのが意外だった。
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