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―― 本編 ――

第32話 種族を問わず

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 その日の夜、澪は昴にあてがった客間へと向かった。長椅子の上に座る和装の昴の膝の上に、包帯を巻いた白い仔猫がいる。すっかり毛の色は綺麗になった。

「兄上、少しいいか?」
「なんだ?」

 仔猫を撫でながら、昴が微笑している。本当に麗しい。
 澪がテーブルを挟んで対面する席に座ると、久水が紅茶を淹れ、絵山がティースタンドを置いた。

「実は半年先と伝えたんだが、急遽父上が帰ってくる事になったんだ」
「えっ!」

 すると昴が瞠目した。それから両頬を持ち上げると、嬉しそうに頷いた。

「そうか、よかったな、澪。これで寂しさも少し紛れるだろ?」
「ああ、まぁ……そうだな」

 寂しいといつか自分が嘯いたことを思い出し、澪は複雑な気分になった。実際には、微塵も寂しくないからだ。

「兄上を会わせたい」
「うん、俺も会いたい。会って、本当に父上なのか話をしてみたい。もし父上だったら、俺にも父親がいたんだと分かるからな。昔から、父さんというのがどんな人なのか、俺は気になっていたんだ」
「そうか」
「そうなんだ。あ、いや、どんな人なのかは、直接会って話してみるから今は聞かなくていい」

 昴はそう言って苦笑しながら、猫を撫でる。澪はその仔猫へと視線を向ける。

「名前は決めたのか?」
「まだだ。なにがいいかな?」
「兄上が決めるといい。兄上の猫なのだからな」

 澪は微苦笑してから、改めて昴を見る。

「ところで兄上」
「うん?」
「兄上は、吸血鬼という存在の話を聞いた事があるか?」
「吸血鬼? 御伽噺に出てくるお化けの?」

 きょとんとして目を丸くした昴を見て、人間としては標準的な反応だと澪は考えた。

「ああ、その吸血鬼だ。どう思う?」
「どう? どうって……血を吸うんだろう? 血を吸われるのは怖いな」
「怖い、か」
「うん、怖い。痛そうだろ? 牙で突き刺すんだろう? 黒いマントを羽織っていて、日光に弱くて、コウモリにもなれて、夜活動するんだろ? 生きていない人間だ」

 伝承の吸血鬼について語る昴を見ながら、ゆっくりと澪はカップを傾ける。

「では、もしも、だ。俺がその吸血鬼だったらどうする?」
「澪が吸血鬼だったら?」

 昴が不思議そうな顔をした。

「別に、どうもしないよ。澪は澪だ。俺の弟だよ。大切な弟で、家族だと思ってる」

 優しく笑った昴は、麗しい唇で続ける。

「だから吸血鬼だとしても怖くない。澪なら。吸血鬼か人間かよりも、澪が澪だから、俺は好きなんだよ。まぁ、吸血鬼なんて御伽噺だと思うから、あんまりからかわないで欲しいけどな」

 照れくさそうに笑った昴の姿に、澪の肩が少し楽になった。

「俺が、俺だから、か」

 それは澪も同じ気持ちだ。人間だから、吸血鬼だから、そういう部分を越えて、既に昴という人物が、澪にとっては大切な兄なのだから。

「俺も兄上が大切だ」
「う、嬉しいけど、なんだか恥ずかしいな」

 昴が照れた。二人の間の和やかな空気に、横に居た久水と絵山が何か言いたそうに視線を交わしていた。



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