上 下
29 / 50
―― 本編 ――

第29話 弱き存在への優しさ

しおりを挟む


 事件が終えて、数日が経過した。昴の護衛を久水は終え、絵山も人間から元の通りの吸血鬼に戻った。五月も二週目が終わり、三週目の現在は紫陽花が綺麗に咲いている。もうすぐ帝都には梅雨がくる。

 若葉が美しい庭に、この日澪は、昴と共に出ていた。相はお昼寝をしているようだ。

「相、大分元気になったんだよ」

 白いテーブルクロスが掛けられた茶会の席で、嬉しそうに昴が言う。頷きながら、澪は今後相をどうするべきか思案した。この館に置いておくわけにはいかないだろうと腕を組む。どこかの孤児院を探すべきなのか、奉公先を探すべきなのか。具体的には思い浮かばないが、少なくとも西園寺家には、人間の使用人がいた歴史もない。澪はよくても、周囲や瑛がなんというか不明だ。

「それはなによりだな」

 ただ、回復したというのは嬉しい知らせだ。それに今後、相が魔の手にかかる事も無い。闇オークションの開催者がどのように薬を手に入れていたのかは分からないが、今後は競売にかけられる事もないのではないかと思う。

「ニャァ」

 か細い声がしたのはその時だった。澪と昴がそろって視線を向ける。
 すると薔薇の茂みの下から、薄汚れた白い毛の仔猫が姿を現した。

「ん?」

 胴の部分は、汚れているだけではなく、赤い血が滲んでいる。獣特有の血の匂いにすぐに怪我に気づいた澪が見ていると、立ち上がり昴が駆け寄った。仔猫は逃げるでもなく、弱々しく啼いている。

「怪我してる……」
「手当てをした方がよさそうだな。親猫は……」

 澪が呟くと、そばにいた久水が、茂みの奥へと歩みよった。

「死んでるぞ、そこで成猫が一匹」
「っく」

 澪が顔を歪めると、昴が泣きそうな顔をした。

「澪……手当てをしちゃ駄目か?」
「勿論構わない。中へ戻ろう」

 こうしてお茶会を切り上げて、仔猫を連れて皆で邸宅の中へと戻る。居室で昴が抱く猫に、傷薬と包帯を持ってきた絵山が、手当てをしていく。久水はお湯で濡らしたタオルを手に、小さな仔猫の顔を拭いている。目は開いている。生後二ヶ月半くらいだろうか。

「傷は深くないから大丈夫だと思うよ」

 絵山が述べると、昴が安心したように息を吐いた。それから澪を見る。

「飼ってもらえないか?」
「兄上が世話をするなら構わないが」
「……ここにいる間は、できる事はする」

 昴は何か言いたそうな顔をした。口ぶりからして、帰るつもりなのだろうなと澪は思った。

 どのようにして、ここで暮らすように言いくるめるか考えつつ、仔猫を撫でている昴を見る。
 人間は、自分より弱い存在にも、このように優しい。いいや、違う。昴が優しいのかもしれない。人間とひとくくりにするのは違うだろう。中には、紫苑牧師のような悪しき存在もいる以上、同列には語れない。

 コンコンとノックの音がしたのはその時だった。

「入れ」

 澪が声をかけると、『失礼します』と声が返ってきて、火野が顔を出した。

「澪様、少々宜しいでしょうか?」
「ああ」
「できれば、書斎の方でお話を」
「構わないが」

 火野の声に、澪は言いにくい話なのだろうかと考えながら立ち上がる。そして昴を見た。

「兄上、少し俺は出てくる。絵山、久水、兄上とその猫を頼んだぞ」

 澪の声に二人が頷いた。
 それを確認してから、澪は火野に先導させて居室を出る。そして階段を上がり、書斎へと向かった。重い音を立てて飴色の扉が閉まる。応接用のソファに澪が座ると、火野が歩みよった。

「お前も座るといい」
「失礼致します」

 頷いて座った火野が、それからまじまじと澪を見た。

「それで? どんな話だ?」
「――ご命令通り、昴様のお母上について調べて参りました」

 火野の声に、澪が息を呑む。調査を手伝ってくれるという話をした事を、澪は思い出した。澪はテーブルの上で身を乗り出す。

「何か分かったか?」

 そんな澪を見て、テーブルの上のポットで紅茶を淹れながら、火野が頷いた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります! ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。 稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。 もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作の主人公は「夏子」? 淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。 ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる! 古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。 もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦! アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください! では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...