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―― 本編 ――
第16話 慈善事業のパーティー
しおりを挟む三日後、澪は少しだけいつもとは布地が違う服を着て、人間の主催者にだけは華族と告げ、多くの参加者には、主催者の知人と話し、慈善事業で開かれる孤児院のパーティーへと、絵山と共に参加した。主催者に招いてもらったとして、孤児院と教会の敷地には無事に入る事が出来た。またお手洗いを借りたいと言って、教会の内部に入る権利も得た。慈善事業に来た人間は十五名ほどで、孤児数は三十二名、聖職者が合計で三人いた。その中に、伊織牧師の姿は無く、聖職者は全体だともっといるという話を聞いた。
聖職者の人数について澪に説明をしたのが、この教会の代表者である紫苑牧師だった。
五十歳くらいの外見で、髪にはところどころ白いものが混じっている。それは髭も同様だった。顎髭が特徴的で、まるでレオナルド・ダ・ヴィンチの肖像画の髭のようである。黒い祭服姿は、昴が最初に着ていたものや、伊織が先日身につけていたものと同じだ。首からは、月を背負った十字架のネックレスを下げている。
「以上のように、持ち回りで子供達を見守っておるのです」
紫苑牧師の声を聞きながら、主催者が庭にテーブルを用意し、白いクロスをかけるのを、澪は見ていた。それが終わると、訪れた人々が持参した菓子を置き始めたので、澪は絵山を見る。絵山もクッキーの入るカゴを置いていた。
今日は幸いよく晴れていて、五月の風は過ごしやすい。梅雨にも夏にもまだ早い。教会の庭には巨大な木が生えており、若葉が瑞々しい。花壇には、黄色い水仙が咲いている。花の香りは、良い匂いだ。
しかし尋常ではないその他の悪臭に、澪は目を眇めそうになっていた。
絵山の報告通り、孤児達全員から、生臭い匂いがする。また、紫苑牧師からもそれは同じだ。鼻が麻痺しそうになる。
澪は小さく絵山の服の袖を引いた。絵山が顔を向けて、視線を自分より背がずっと低い澪に落とす。
「なんだこの臭いは」
「異常だよね」
「ああ。この空間だけ、明らかに異質だ」
二人が小声でそうやりとりをしている前で、慈善事業のパーティーが始まった。すると子供達がテーブルの周囲に集まる。食べながら歓談し、交流をする催しのようだ。
「食べないんですか?」
そこへ一人の少年がやってきた。
手にはマフィンの入る袋を二つ持っている。それを澪と絵山の前に差し出している。二人のために、テーブルから持ってきてくれた様子だ。
「ん、ああ。ありがとう」
澪は柔らかく微笑した。上辺を取り繕った。人間の子供の善意には、さほど心を動かされないのだが、それでは慈善事業に来た人間らしくないからだ。今日は、人間らしくあることを、澪は心がけている。
「絵山。お前もいただけ」
「はい」
澪に続いて、絵山が手を伸ばすと、少年がほっとしたような顔になった。勿論この子供からも生臭い匂いがする。
「はじめまして。僕は、相です」
「俺は澪だ。いくつだ?」
「十三歳です」
にこやかに笑った相は、二次性徴がまだの様子だ。痩せているのは、どの孤児も共通だが、一際細い。
「澪様は、すごく綺麗ですね」
「ん?」
「髪の毛、サラサラだし。お肌もすべすべに見えるし。紅色の目も……僕、黒とか茶色以外見た事が無いからびっくりして。宝石みたい」
子供の素直な賞賛に、澪はくすりと笑う。
「ありがとう」
「ううん。僕こそ見られて嬉しいです」
そのやりとりを聞くと、絵山が咳払いをした。
「相くん。澪様は、俺のご主人様だから、口説かないでもらっていい?」
「絵山……別に俺は口説かれてないぞ?」
「どうだか」
絵山はぼそりとそう言うと、マフィンの袋を明けた。そして口に含む。
「よし、少し紫苑牧師にご挨拶をしてくる」
澪がそう言うと、えくぼを作って笑ってから相が頷き、別の方向へと歩きはじめた。
澪は絵山に目配せし、紫苑牧師へと歩みよる。
訪れた客と歓談していた紫苑牧師が澪に気づくと、客の方が気を回してくれて、紫苑牧師に一礼し、その場から離れた。入れ違いに澪が話しかける。
「ごきげんよう、改めまして。澪です」
「こちらこそ改めまして。はじめまして、紫苑と申します」
紫苑牧師は皺のある顔にさらに皺を刻んで笑っている。
「こちらは俺の従僕の絵山です」
「絵山です」
絵山が頭を下げると、紫苑牧師が何度か頷いた。
「飛び入り参加とのこと。尊い方々のようにお見受けしますが、孤児達に目をかけてやって頂けたら僥倖ですよ」
その声に澪はそつなく笑って頷きながら、紫苑牧師の臭いをいよいよ不審に思い始めた。香りの強さが、先日の昴を襲撃した犯人と同じくらいに思えたからだ。だが彼が犯人だとは、言い切れない。嫌な生臭い匂いだとは分かるが、それは個人を判別できるほどではない。紫苑牧師や孤児の中に犯人がいる可能性もあれば、犯人もまたたまたまこの匂いを纏っていた可能性だってある。
「ここにいる孤児は、世界の宝です。一人一人大切な存在なんです」
「そうですね、子供は尊い未来への象徴だと思います」
「未来……そういう言い方も出来るかもしれませんね。多くの命を救うのですから」
「命?」
「あ、いえ。ここの子らは皆善良ですから、他者を助ける子らが多いのですよ」
紫苑牧師が慈愛に満ちた目で子供達を見ている。その視線を追いかけていると、相で視線が止まった。
「特にあの子は、自己犠牲にとんでいる。必ずしや、そうなるでしょう」
「自己犠牲?」
「ええ。孤児は皆、献身的なのですよ」
優しそうな声で、紫苑牧師が語った。頷きながらそれを聞きつつ、澪は妙な違和感を抱いていた。
こうして慈善事業の時は流れていき、パーティーの終了時間となった。
「それではまた来月」
主催者がそう締めくくると、その場に拍手の音が溢れた。
他の者と共に、開け放たれている門から外に出る。午後四時を少し過ぎた頃の事だ。少し歩いた木の陰で、立ち止まって澪が絵山を見る。
「紫苑牧師の態度もどこか奇妙だった。なにか含みがある言葉に思えた。生臭い匂いもそうだが、あの孤児院には絶対に何かある」
澪の言葉に絵山が頷く。
「そうだね。そしてあそこではなく別の教会で隔離されて育てられたという昴様の匂いが、逆にいい匂いすぎる事にもなにか理由があるのかもしれない」
「確かにそうだな。絵山、孤児院に戻るぞ」
「どうするの?」
「忍び込む。ついてこい」
「畏まりました」
こうして二人は、帰路についたフリをして、孤児院へと引き返したのだった。
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