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―― 本編 ――
第3話 吸血と保護
しおりを挟む「お待たせしました」
そこへ昴が戻ってきた。カップを一つと、今度は珈琲の入るポットを載せた盆を持っている。いつでもおかわりができるようにという配慮だろう。
「お手伝いしますよ」
するとさらりと絵山が立ち上がった。呆れた思いで、澪はそちらを見る。
テーブルに昴が盆を置いた時、それとなく絵山が昴の左手首に触れた。昴は左利きらしい。ポットに触れようとしていた昴が顔を上げると、絵山はいつもの気怠い表情ではなく、柔らかな微笑を浮かべていた。突然のことに、困ったように昴が笑い返した時、絵山が昴の脈を測るようにして、親指で昴の血管を押さえる。
「……っ」
結果、昴の瞳がとろんとした眠そうなものにかわり、彼は睡魔を追い払うように必死で瞬きをしていた。軽く昴が首を振ると、絵山がより強く昴の手首を握る。
吸血鬼は、口からだけではなく、親指からも吸血が可能だ。その際に、己の血を混ぜ込むことで、人間の思考を曖昧にし、暗示をかける体制を整える。
「本当にお父さんのことは、何も聞いてないの?」
絵山はそう告げた。どうやら本題も忘れていなかったらしい。昴はぼんやりとした瞳で右手を持ち上げると、胸元の服に触れた。下に首飾りがある様子だ。
「……母さんは、これを貰ったって。でも、華族様だったから、身ごもった時に堕ろすように言われると思って、姿を消してここへと来たと話してた。そしてこの貧民街で、俺を産んだって」
昴の声に、澪が目を丸くする。
「見せて」
絵山が続けると、昴が右手で首から提げていたネックレスを取り出した。巨大なルビーが銀で縁取られている、美しい品だ。銀の鎖は細い。ルビーは卵形に削り出されている。
「それは……!」
思わず澪は声を上げた。
澪はそれを見た事があった。澪の母親も、同じものを瑛から贈られて所持していたからだ。銀の意匠も特別で、これが西園寺家ゆかりの品だというのは一目で分かる。これは、当主あるいは次期当主となる者が、自分の大切な相手のためだけに作らせる品だ。具体的に言えば、結婚したい相手に贈る品である。複数作られることが無いわけではないが、基本的には一つきりだ。複数作られる場合というのは、前妻が死亡して、後添えを迎える時などの例である。とにかく、愛の証であることは間違いない。
「信憑性が増したな」
同様に見た事のある久水がそう述べた時、ガクンと昴の体が傾いた。絵山が手を離して抱き留める。そして意識を喪失しかかっている昴の耳元で、絵山が呟いた。
「この会話は忘れるように、おやすみ」
それを聞くと、昴は完全に寝入ってしまった。
「うん、やっぱり最高に美味しかったよ」
「よし、俺も。いただきます」
すると久水が立ち上がり、二人の元へと歩みよる。久水は右手で昴の首筋に触れ、親指で血管を探り吸血を始めた。
「……」
どうやら本当に実の兄である様子の相手が、二人の餌食になっている姿を見ながら、複雑な心境で、澪は腕を組む。
西園寺家は、吸血鬼の家柄として、名家中の名家だ。というのも、純潔の吸血鬼同士の婚姻が盛んで、人間を受け入れた歴史は、少なくとも澪は聞いた事が無かったし、人間が生まれたという話も聞いた事は無い。
人間は吸血鬼にとって保護すべき、愛でるべき、保護対象――と、されることもあるが、支配対象でもあり、弱者であり、実際のところ、澪を含めた多くの吸血鬼は、人間を見下している。人間には、人権は認めるが、人権というものは吸血鬼の権利に比べれば、ほとんど権利などないに等しい些末なものだ。
それが――まさか、己の兄が人間。
自分の兄が、食べ物だなんて……。
「……」
澪は頭痛がしてきた。今も久水が恍惚とした表情で血を飲んでいるし、抱きかかえている絵山もとても上機嫌に見える。
「きっと貧民街にいたから、これまで無事に生きてこられたんだろうね。人間にとっては劣悪な環境だろうけど、吸血鬼に見つからないという意味では、ここは最高の場所だね、考えてみると。高貴な吸血鬼は、絶対に来たりしない場所なんだから」
絵山の呟きに、澪は肩を落とす。
今、この二人には好きにさせたが、仮にも西園寺家の血族を、西園寺家には及ばない吸血鬼が餌にしたとなれば、西園寺家が貶められたような形となる。見つけてしまったからには、今後は保護しなければならないだろうと、澪は考えた。
少なくとも、白兎を名乗る何者かは、昴のことも、西園寺家のことも知っている。
あの手紙の差出人についても、調べる余地があるだろう。
「だが、いつ見つかるか分からない以上、保護する場所として、ここは適切とは言えない」
澪の言葉に、漸く吸血を終えた様子で久水が顔を向ける。
「どうするんだ?」
「連れて帰る」
「どうやって? 人間の記憶や簡単な思考は操れても、長期的な考えや身体動作は、暗示では変えられないだろ?」
久水の声に、澪は腕を組み、不機嫌そうな顔をした。
「俺が異母兄弟だと告げる。いかにも人の良さそうな〝兄上〟は、同伴を断らないだろう」
それを聞くと二人が頷いた。
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