三ヵ月で学ぶ! 魔法学院のお受験対策と恋愛感情。

水鳴諒

文字の大きさ
上 下
8 / 10

【008】ロイドの見ている世界③

しおりを挟む

 ――ルイス殿下から呼び出されたのは、入学式から一ヵ月ほどが経過しての事だった。
 花が咲き誇る温室には、ルイス殿下の招きが無ければ、決して入る事が許されない。

 ああ、きたか。
 それが最初に抱いた、率直な感想だった。
 中に入ると、長い金髪を綺麗に垂らした美の権化のようなルイス殿下が座っていた。

「ごきげんよう、ロイド。どうぞ、座ってくれ」
「恐れながら、それは出来ません。王太子殿下」
「今日は、王太子としてではなく、メリッサの兄として君に話があるんだけれどね?」

 優雅な仕草で紅茶を淹れながら笑みを湛えている殿下を見て、俺は唾液を嚥下する。

「一体君は、私の妹とはどういう関係なんだい?」
「……恐れ多くも、入試の前に、試験勉強のお手伝いをさせて頂きました。身分を存じ上げず、誠に失礼致しました」
「随分とメリッサは、君を好いているようだが?」

 下ろしている手の指先が震えそうになり、俺はギュッと握りしめた。
 未婚の王族女性に、変な噂が立ったとなれば、男も極刑だが、王女殿下とてただではすまない。多くは、修道院行きだ。

「誓ってなにもありませんでした」
「そう」
「ええ」
「本当に? メリッサは、君に抱きついたと話していたけれど。抱きしめてもらったとも」

 俺は、覚悟を決める事にした。

「それは俺が無理に抱き寄せてしまっただけです。王女殿下には罪も非もなにもありません。俺が一方的にお慕いしていただけです。どうぞ、ここだけの事とし、メリッサ王女殿下には、なにも罰をお与えにならないでください。俺は処分を覚悟しております」

 いつか露見した時に備えて、俺はこのセリフを用意していた。
 実際――一緒にいる内に、俺はメリッサを好きになってしまったのだから、これはほとんど事実だ。メリッサが俺を好きだとは思わないし、彼女の側から飛びついてきたのは、ただの師弟愛のようなものだと俺は考えている。だから、全て俺が悪いとすればいい。その終わり方を、ルイス殿下も望むだろうと考えていた。

「ロイドは、メリッサを好きなんだね?」
「え? え、ええ……ですが、身分が違います。弁えております」
「ふぅん? それで、ロイドは、君が一方的に好きだったと? つまり……メリッサは君を好きじゃなかったと?」
「はい」
「んんん? ロイドは、メリッサが君を好きじゃないと、本気で思ってるのかな?」
「はい」
「へ、へぇ……そうなんだ」

 何故なのか、ルイス殿下の微笑が強ばった。しかし俺は言いきった。
 仮に……少しくらいは、好きでいてもらったとしても、だ。
 お互い不幸にしかならない。俺は彼女を幸せに出来ない。
 そもそも俺の元に降嫁するなんていう事態は起きえない。王家の女性は、貴族以外とは縁組みしないというのが王国法でも定められており、さらにそれは、暗黙の了解で侯爵家以上の爵位だと決められている。時折伯爵家の人間と結婚したなんていう話が出れば、大騒ぎになる。伯爵家だって、俺の男爵家から見たら、神のような存在なのだが。

「ところでロイド」
「はい」
「君が、来週の土曜日に、お見合いをするという話を聞いたんだけど、事実かい? バーグルッド商会の三女のナーラ嬢だったかな」
「ええ、事実です」

 何故そんなことまで知っているのかと、俺は驚いてしまった。やはりメリッサ王女殿下を誑かしたとして、俺の身元は洗いざらい調べられていたのかもしれない。兄や弟に被害が及ばないこと、メリッサに被害がないことだけを願った。

 ――俺が、殿下の靴箱を綺麗にしている最大の理由。
 それはルイス王太子殿下が、やられたら倍返しにする性格であるからだ。それを知らないか、あるいは噂だと勘違いして、幼稚な嫌がらせをし、報復されて死んだ方がマシな目に遭う学生を、一人でも減らすために、日夜俺は魔法を用いている。

 一見優しそうなルイス王太子殿下だが、誰よりも冷酷だと俺は感じている。

「――メリッサの事は?」
「ですから、一方的に俺がお慕い申し上げていただけで、王女殿下は潔白です」
「それはつまり、好きだという事じゃないのかな?」
「それは……その……」
「それにメリッサが潔白だと言うけど、何故君がメリッサの気持ちを断言できるんだい? 直接聞いたのかい? フラれたの? それとも暗に言われたの? どういうことかな?」
「……、……」

 深く追及してくるルイス殿下に、俺は正直困惑した。泣きたくなったし、辟易してもいた。そんなに妹のことが大切なのだろうか。妹の方もまた、最高に兄を愛しているそうなのだから、実にお似合いの兄妹だ。麗しき兄妹愛だとは思う。 

「ロイド。私は気が長いわけではないんだ。答えて――」

 と、ルイス殿下が言いかけた時だった。

「ロイド!!」

 扉を開けてメリッサが入ってきた。俺は狼狽えて息を呑む。だがすぐに表情を冷たい物に変えて、顔を背けた。

「ルイス殿下、そろそろ騎士団の召集の時間ですので失礼致します」

 俺はそう言って歩き出した。
 ルイス殿下は止めなかった。ただメリッサだけが、俺に手を伸ばしていたが、俺は無視して歩き去った。もうここのところ、ずっとこうしている。彼女は幾度も俺に声をかけようとしてきたけれど、俺は視線を逸らし、顔を背け、徹底的に、避けている。

 それが――誰でもなく、彼女のためだと思うからだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界の神は毎回思う。なんで悪役令嬢の身体に聖女級の良い子ちゃんの魂入れてんのに誰も気付かないの?

下菊みこと
恋愛
理不尽に身体を奪われた悪役令嬢が、その分他の身体をもらって好きにするお話。 異世界の神は思う。悪役令嬢に聖女級の魂入れたら普通に気づけよと。身体をなくした悪役令嬢は言う。貴族なんて相手のうわべしか見てないよと。よくある悪役令嬢転生モノで、ヒロインになるんだろう女の子に身体を奪われた(神が勝手に与えちゃった)悪役令嬢はその後他の身体をもらってなんだかんだ好きにする。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】すり替わられた小間使い令嬢は、元婚約者に恋をする

白雨 音
恋愛
公爵令嬢オーロラの罪は、雇われのエバが罰を受ける、 12歳の時からの日常だった。 恨みを持つエバは、オーロラの14歳の誕生日、魔力を使い入れ換わりを果たす。 それ以来、オーロラはエバ、エバはオーロラとして暮らす事に…。 ガッカリな婚約者と思っていたオーロラの婚約者は、《エバ》には何故か優しい。 『自分を許してくれれば、元の姿に戻してくれる』と信じて待つが、 魔法学校に上がっても、入れ換わったままで___ (※転生ものではありません) ※完結しました

完結)余りもの同士、仲よくしましょう

オリハルコン陸
恋愛
婚約者に振られた。 「運命の人」に出会ってしまったのだと。 正式な書状により婚約は解消された…。 婚約者に振られた女が、同じく婚約者に振られた男と婚約して幸せになるお話。 ◇ ◇ ◇ (ほとんど本編に出てこない)登場人物名 ミシュリア(ミシュ): 主人公 ジェイソン・オーキッド(ジェイ): 主人公の新しい婚約者

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~

犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

【完結】悪役令嬢のトゥルーロマンスは断罪から☆

白雨 音
恋愛
『生まれ変る順番を待つか、断罪直前の悪役令嬢の人生を代わって生きるか』 女神に選択を迫られた時、迷わずに悪役令嬢の人生を選んだ。 それは、その世界が、前世のお気に入り乙女ゲームの世界観にあり、 愛すべき推し…ヒロインの義兄、イレールが居たからだ! 彼に会いたい一心で、途中転生させて貰った人生、あなたへの愛に生きます! 異世界に途中転生した悪役令嬢ヴィオレットがハッピーエンドを目指します☆  《完結しました》

処理中です...