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【008】ロイドの見ている世界③
しおりを挟む――ルイス殿下から呼び出されたのは、入学式から一ヵ月ほどが経過しての事だった。
花が咲き誇る温室には、ルイス殿下の招きが無ければ、決して入る事が許されない。
ああ、きたか。
それが最初に抱いた、率直な感想だった。
中に入ると、長い金髪を綺麗に垂らした美の権化のようなルイス殿下が座っていた。
「ごきげんよう、ロイド。どうぞ、座ってくれ」
「恐れながら、それは出来ません。王太子殿下」
「今日は、王太子としてではなく、メリッサの兄として君に話があるんだけれどね?」
優雅な仕草で紅茶を淹れながら笑みを湛えている殿下を見て、俺は唾液を嚥下する。
「一体君は、私の妹とはどういう関係なんだい?」
「……恐れ多くも、入試の前に、試験勉強のお手伝いをさせて頂きました。身分を存じ上げず、誠に失礼致しました」
「随分とメリッサは、君を好いているようだが?」
下ろしている手の指先が震えそうになり、俺はギュッと握りしめた。
未婚の王族女性に、変な噂が立ったとなれば、男も極刑だが、王女殿下とてただではすまない。多くは、修道院行きだ。
「誓ってなにもありませんでした」
「そう」
「ええ」
「本当に? メリッサは、君に抱きついたと話していたけれど。抱きしめてもらったとも」
俺は、覚悟を決める事にした。
「それは俺が無理に抱き寄せてしまっただけです。王女殿下には罪も非もなにもありません。俺が一方的にお慕いしていただけです。どうぞ、ここだけの事とし、メリッサ王女殿下には、なにも罰をお与えにならないでください。俺は処分を覚悟しております」
いつか露見した時に備えて、俺はこのセリフを用意していた。
実際――一緒にいる内に、俺はメリッサを好きになってしまったのだから、これはほとんど事実だ。メリッサが俺を好きだとは思わないし、彼女の側から飛びついてきたのは、ただの師弟愛のようなものだと俺は考えている。だから、全て俺が悪いとすればいい。その終わり方を、ルイス殿下も望むだろうと考えていた。
「ロイドは、メリッサを好きなんだね?」
「え? え、ええ……ですが、身分が違います。弁えております」
「ふぅん? それで、ロイドは、君が一方的に好きだったと? つまり……メリッサは君を好きじゃなかったと?」
「はい」
「んんん? ロイドは、メリッサが君を好きじゃないと、本気で思ってるのかな?」
「はい」
「へ、へぇ……そうなんだ」
何故なのか、ルイス殿下の微笑が強ばった。しかし俺は言いきった。
仮に……少しくらいは、好きでいてもらったとしても、だ。
お互い不幸にしかならない。俺は彼女を幸せに出来ない。
そもそも俺の元に降嫁するなんていう事態は起きえない。王家の女性は、貴族以外とは縁組みしないというのが王国法でも定められており、さらにそれは、暗黙の了解で侯爵家以上の爵位だと決められている。時折伯爵家の人間と結婚したなんていう話が出れば、大騒ぎになる。伯爵家だって、俺の男爵家から見たら、神のような存在なのだが。
「ところでロイド」
「はい」
「君が、来週の土曜日に、お見合いをするという話を聞いたんだけど、事実かい? バーグルッド商会の三女のナーラ嬢だったかな」
「ええ、事実です」
何故そんなことまで知っているのかと、俺は驚いてしまった。やはりメリッサ王女殿下を誑かしたとして、俺の身元は洗いざらい調べられていたのかもしれない。兄や弟に被害が及ばないこと、メリッサに被害がないことだけを願った。
――俺が、殿下の靴箱を綺麗にしている最大の理由。
それはルイス王太子殿下が、やられたら倍返しにする性格であるからだ。それを知らないか、あるいは噂だと勘違いして、幼稚な嫌がらせをし、報復されて死んだ方がマシな目に遭う学生を、一人でも減らすために、日夜俺は魔法を用いている。
一見優しそうなルイス王太子殿下だが、誰よりも冷酷だと俺は感じている。
「――メリッサの事は?」
「ですから、一方的に俺がお慕い申し上げていただけで、王女殿下は潔白です」
「それはつまり、好きだという事じゃないのかな?」
「それは……その……」
「それにメリッサが潔白だと言うけど、何故君がメリッサの気持ちを断言できるんだい? 直接聞いたのかい? フラれたの? それとも暗に言われたの? どういうことかな?」
「……、……」
深く追及してくるルイス殿下に、俺は正直困惑した。泣きたくなったし、辟易してもいた。そんなに妹のことが大切なのだろうか。妹の方もまた、最高に兄を愛しているそうなのだから、実にお似合いの兄妹だ。麗しき兄妹愛だとは思う。
「ロイド。私は気が長いわけではないんだ。答えて――」
と、ルイス殿下が言いかけた時だった。
「ロイド!!」
扉を開けてメリッサが入ってきた。俺は狼狽えて息を呑む。だがすぐに表情を冷たい物に変えて、顔を背けた。
「ルイス殿下、そろそろ騎士団の召集の時間ですので失礼致します」
俺はそう言って歩き出した。
ルイス殿下は止めなかった。ただメリッサだけが、俺に手を伸ばしていたが、俺は無視して歩き去った。もうここのところ、ずっとこうしている。彼女は幾度も俺に声をかけようとしてきたけれど、俺は視線を逸らし、顔を背け、徹底的に、避けている。
それが――誰でもなく、彼女のためだと思うからだ。
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