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―― 第一章 ――
【005】怖い、逃げたい、助かりたい。
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手長足長の足は、美緒の真横を踏み、道路に足形をつけて、前方へと進んでいった。
ほっと息を吐いた美緒は、思わず右手で胸元を押さえる。ドクンドクンと動悸がする。まるで耳に心臓が接着してしまったのかと思うほどに、鼓動の音が耳に障る。息が苦しくなって、何度も大きく呼気をする。
砂埃で少し白茶に汚れたブレザーの裾を、手ではたいて埃を払う。
それから取り落とした鞄を持ち上げて、美緒は手長足長とは逆方向を向いた。
そして走り出す。倒壊した家屋や建物、くぼんでひび割れた道路の合間の歩道を、全力で駆けた。何処に行くか考えていたわけではないが、とにかく手長足長から離れなければならないと、本能的に悟っていた。
天井部分から潰れているコンビニの脇を通り抜け、折れている牛丼のチェーン店の看板を目にし、それからすぐに神明通りの前で角を右に曲がった。左側は被害が激しいのは、先程までに見ていて分かった。
閉店中の居酒屋の前を通り抜けて、美緒は方角でいえば飯盛山の方へとひた走った。
――怖い、逃げたい、助かりたい。
そんな感情が、胸中に渦を巻く。
「っ」
だがその時、重い足音が響いた。ハッとして振り返れば、いつの間にか手長足長の腕が伸びてきていて、美緒の正面にあった住宅街をなぎ払っていた。思わず両手で口を押さえる。腕はすぐに消えていったが、美緒は間一髪のところで助かったとしか言えない。
「痛いよぉ。お母さん、痛いよぉ」
その時、正面の半壊した家屋から、男の子の声が聞こえてきた。
目を見開いた美緒は、そちらに走り寄る。
すると倒れた柱の下から這い出して、保育園児くらいの男の子が泣いていた。見れば頬に擦り傷がある。
「大丈夫?」
「お姉ちゃん……っ」
ふるふると首を振り、大丈夫ではないと男の子は訴えている。
「お母さん、お母さん!」
「彩月!」
その時、柱の下をくぐって、傷だらけの女性が姿を現した。右膝の服が千切れていて、そこからは血がタラタラと零れ落ちている。擦り傷とは表しがたい、深い傷に見える。左腕で、右腕も押さえている。
「お母さん!」
「よかった彩月、無事でよかった」
女性は彩月と呼んでいる男の子の前に立つと、泣きながら言った。そして立ち尽くしている美緒を見ると、意志の強そうな目をして問いかける。
「一体何が起きたの?」
「その……あれを」
美緒は振り返って、遠くに見える手長足長を指さす。すると女性が目をこれでもかというほど丸くして見開き、睫毛を震わせた。
「なに、あれ? 手長足長みたいな……」
「私もそう思います」
「あの腕、伸びたり縮んだりしているけど、もしかしてあれが、私の家を……?」
「はい」
信じられないというように言う女性に、美緒は頷くことしか出来なかった。
ほっと息を吐いた美緒は、思わず右手で胸元を押さえる。ドクンドクンと動悸がする。まるで耳に心臓が接着してしまったのかと思うほどに、鼓動の音が耳に障る。息が苦しくなって、何度も大きく呼気をする。
砂埃で少し白茶に汚れたブレザーの裾を、手ではたいて埃を払う。
それから取り落とした鞄を持ち上げて、美緒は手長足長とは逆方向を向いた。
そして走り出す。倒壊した家屋や建物、くぼんでひび割れた道路の合間の歩道を、全力で駆けた。何処に行くか考えていたわけではないが、とにかく手長足長から離れなければならないと、本能的に悟っていた。
天井部分から潰れているコンビニの脇を通り抜け、折れている牛丼のチェーン店の看板を目にし、それからすぐに神明通りの前で角を右に曲がった。左側は被害が激しいのは、先程までに見ていて分かった。
閉店中の居酒屋の前を通り抜けて、美緒は方角でいえば飯盛山の方へとひた走った。
――怖い、逃げたい、助かりたい。
そんな感情が、胸中に渦を巻く。
「っ」
だがその時、重い足音が響いた。ハッとして振り返れば、いつの間にか手長足長の腕が伸びてきていて、美緒の正面にあった住宅街をなぎ払っていた。思わず両手で口を押さえる。腕はすぐに消えていったが、美緒は間一髪のところで助かったとしか言えない。
「痛いよぉ。お母さん、痛いよぉ」
その時、正面の半壊した家屋から、男の子の声が聞こえてきた。
目を見開いた美緒は、そちらに走り寄る。
すると倒れた柱の下から這い出して、保育園児くらいの男の子が泣いていた。見れば頬に擦り傷がある。
「大丈夫?」
「お姉ちゃん……っ」
ふるふると首を振り、大丈夫ではないと男の子は訴えている。
「お母さん、お母さん!」
「彩月!」
その時、柱の下をくぐって、傷だらけの女性が姿を現した。右膝の服が千切れていて、そこからは血がタラタラと零れ落ちている。擦り傷とは表しがたい、深い傷に見える。左腕で、右腕も押さえている。
「お母さん!」
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「一体何が起きたの?」
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「なに、あれ? 手長足長みたいな……」
「私もそう思います」
「あの腕、伸びたり縮んだりしているけど、もしかしてあれが、私の家を……?」
「はい」
信じられないというように言う女性に、美緒は頷くことしか出来なかった。
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