上 下
6 / 55
―― 天神様の御用人 ~心霊スポット連絡帳~ ――

【006】深珠ロッジ

しおりを挟む

 かべ紙がところどころはがれ落ちていて、コンクリートがのぞいている。
 床には黒いしみのようなものがあり、ロッジの内部は暗い。龍樹がパチンと明かりをつけると、電気は通っている様子で、少しだけ視界がよくなった。

 階段は左側にある。
 龍樹がそちらへと歩き始めた。

「天月、時間が無い。急ごう」
「う、うん」

 慌ててスミレも龍樹に追いつく。そして二人で早足で、階段を上っていった。おどりばで一度曲がってから二階に上がると、コの字がたの深珠ロッジの客室が見えてくる。思ったよりも長い。

「北ってどっち?」
「左に進んで、直進して、また右に行ったつきあたりだ」
「分かった」
「一番奥の部屋にあると覚えておけばいい。階段は一つきりだ」

 龍樹は表情をかえるでもなく、とても冷静に見える。それに安心しながらも、スミレは、ひんやりとした空気がどんどん強くなっていくものだから、いやな感覚におちいった。ようやく左はじの階段があるろうかを通りすぎ、また右にまがってまっすぐの道を進む場所まで来た時、スミレはスマホを取り出して時間を確にんする。

 すでに三時二十分だった。目的の部屋まで急いだとして三時三十分、行きが二十分かかったのだから、帰り道だってそのくらいかかるはずだ。だとすると人形は十分くらいで探さなければならない。これは急がなければならないと、スミレは足を速めた。

 そのおかげで、三時二十五分には、最後のろうかに到着した。

「あ」

 だがそのろうかに進んだとき、思わずスミレは両手で口をおおった。
 目的の部屋らしきものは、真正面にあるのだが、何故そこが目的の部屋だとわかったかといえば、その部屋のドアの天井あたりに、黒いもやが浮かんでいたからだ。一気に背すじが寒くなる。

「龍樹くん、あれ……あの黒いの、なに?」
「邪気だ。悪い霊が放つんだ」
「霊ってお化けのことだよね?」
「そうだ。普通の人間には見えない。おそらく天月は、天神様の御用人になったことで力を得たから見えるようになったんだな」
「龍樹くんにも見えるんだよね?」
「ああ。俺は生まれつき見える。そういう人間も、世界には一定数いるんだ」

 龍樹の足取りはかわらない。スミレも急がなければと、黒いもやはこわかったが足をすすめる。歩はばも大きい龍樹が早足になったため、スミレはついていくのに必死だった。そしてなんとかドアの前に立つ。龍樹がカギを取り出した。

「開けるぞ」
「うん」

 かたずを飲んでスミレが見守っている前で、龍樹がドアノブにカギを差し込んだ。そしてドアノブをひねる。しかしそれはガチャガチャと音を立てるだけで動かない。

「開かないの!?」
「焦るな」

 冷静な声でそう言った龍樹は、ポケットからお札を取り出した。
 それをドアにはり付ける。
 それからドアノブを再び動かすと、今度はかんたんにドアが開いた。そればかりではなく、黒いもやが散らばるように天井の方へと全て移動した。

「どういうこと?」
「俺の神社では、天神様の力が宿った特別なお札の作り方が伝わっているんだ。それで邪気をおさえた。俺たちが来ていることに、人形も気づいているから、ドアを開けないようにしようとしたんだ。行こう」

 龍樹が中へと先に入ったので、あわててスミレも中に入る。
 すると中にはいっきゃくのイスがあった。
 その上に、ちょこんとクマのぬいぐるみがのっている。先日スミレが龍樹に渡したのは茶色いクマだったが、こちらにいるクマは白い……の、だろうか? ところどころが茶色く汚れている。

「見つけた」
「待って? この子が、その……心霊スポットを作り出している人形なの?」
「そうだ。正確にはその中に宿る魂だ」

 だんげんした龍樹とぬいぐるみを、スミレは交互に見る。

「天月。見た目にだまされるな。人形を回収しろ」
「回収ってどうやって?」
「御用人は天神様の力を分けあたえられている。だから、お前がふれるだけで、一時的に人形の力が消える」
「つまりあの子を抱きかかえて、外に出ればいいってことだよね?」
「その通りだ」

 龍樹がうなずいたので、一度だえきを飲み込んでから、大きくスミレもうなずいた。
 そしてクマのぬいぐるみへと歩みよる。
 手をのばすしながら、茶色いよごれだと思っていたものが、どうやら血のようだと気がついた。ぞくっとしつつも、クマのぬいぐるみを抱きかかえる。

「龍樹くん、あと何分!?」
「あと十五分以内に出ないと、心霊スポットが力をなくしたわけではないから、俺たちはきけんだ」
「急ごう!」

 スミレは今度は先に走り出す。するとすぐに龍樹がとなりに追いついてきた。
 まっすぐ進み、右に曲がり、さらにまた右に曲がって階段を目指す。
 必死で階段をかけおりていく。行きの道中どうちゅうとは違い、全力で走った。

 すると開けっぱなしにしてあった、深珠ロッジの玄関のドアが見えてきた。
 日の光が入ってきている。
 あとちょっと、あと少し。そう考えた時だった。

「わっ!」

 後ろからつきとばされて、転げるようにスミレは外へと出た。
 ピピピ、ピピピ、と、アラームの音がひびいたのは、ほぼ同時のことだった。

「龍樹くん!」

 見れば中にはまだ龍樹がいる。ギリギリのところで、外につきとばしてくれたのは龍樹で間違いない。

「天月……俺は大丈夫だから、先に深珠神社に行って、天神様にそのぬいぐるみを渡してくれ……っく……俺は、平気だ。お前にしか、そのお役目はできない。行ってくれ」
「だけど……」

 うずくまってしまった龍樹は、苦しそうに息をはきながら、片手で口をおおっている。
 ――見すててなんて行けない!
 スミレはそう考えて、ドアから中へと引き返した。するとズドンとかたに岩がのったように重くなる。

「天月、早く外に!」
「だまってて!」

 スミレは龍樹にあゆみより、片手でぬいぐるみを抱いたまま、龍樹のうでをひっぱる。龍樹は、くちびるをかむと、つらそうな足取りでスミレの手にふれた。そのまま二人で外へと出る。

 そして日の下に出たところで、龍樹が座りこんだ。横にスミレも座りこむ。

「天月……先に行けといっただろう?」
「行けるわけがないよ。神社に行くんなら、二人で行こう。ね?」

 それからスミレはクマのぬいぐるみを抱きしめ直した。



しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

子猫マムと雲の都

杉 孝子
児童書・童話
 マムが住んでいる世界では、雨が振らなくなったせいで野菜や植物が日照り続きで枯れ始めた。困り果てる人々を見てマムは何とかしたいと思います。  マムがグリムに相談したところ、雨を降らせるには雲の上の世界へ行き、雨の精霊たちにお願いするしかないと聞かされます。雲の都に行くためには空を飛ぶ力が必要だと知り、魔法の羽を持っている鷹のタカコ婆さんを訪ねて一行は冒険の旅に出る。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

霊能者、はじめます!

島崎 紗都子
児童書・童話
小学六年生の神埜菜月(こうのなつき)は、ひょんなことから同じクラスで学校一のイケメン鴻巣翔流(こうのすかける)が、霊が視えて祓えて成仏させることができる霊能者だと知る。 最初は冷たい性格の翔流を嫌う菜月であったが、少しずつ翔流の優しさを知り次第に親しくなっていく。だが、翔流と親しくなった途端、菜月の周りで不可思議なことが起こるように。さらに翔流の能力の影響を受け菜月も視える体質に…!

ぼくの家族は…内緒だよ!!

まりぃべる
児童書・童話
うちの家族は、ふつうとちょっと違うんだって。ぼくには良く分からないけど、友だちや知らない人がいるところでは力を隠さなきゃならないんだ。本気で走ってはダメとか、ジャンプも手を抜け、とかいろいろ守らないといけない約束がある。面倒だけど、約束破ったら引っ越さないといけないって言われてるから面倒だけど仕方なく守ってる。 それでね、十二月なんて一年で一番忙しくなるからぼく、いやなんだけど。 そんなぼくの話、聞いてくれる? ☆まりぃべるの世界観です。楽しんでもらえたら嬉しいです。

ねこまんま族の少女パール、妖怪の国を救うため旅に出る

綾森れん
児童書・童話
13歳になるパールは、妖怪の国に暮らす「ねこまんま族」の少女。将来の夢は一族の族長になること。賢く妖力も大きいパールだが、気の強い性格が災いして、あまり人望がない。 妖怪の国では「闇の神」ロージャ様が、いたずらに都を襲うので困っていた。妖怪たちの妖力を防いでしまう闇の神から国を守るため、人の国から「金の騎士」を呼ぶことにする。人間は妖力を持たぬかわりに武器を使うから、闇の神に対抗できるのだ。 しかし誰かが遠い人の国まで行って、金の騎士を連れてこなければならない。族長にふさわしい英雄になりたいパールは、 「あたしが行く」 と名乗りをあげた。 故郷の大切な人々を守るため、重要な任務を帯びた少女の冒険が今、幕を開ける。 (表紙絵は「イラストAC」様からお借りしています)

クール天狗の溺愛事情

緋村燐
児童書・童話
サトリの子孫である美紗都は 中学の入学を期にあやかしの里・北妖に戻って来た。 一歳から人間の街で暮らしていたからうまく馴染めるか不安があったけれど……。 でも、素敵な出会いが待っていた。 黒い髪と同じ色の翼をもったカラス天狗。 普段クールだという彼は美紗都だけには甘くて……。 *・゜゚・*:.。..。.:*☆*:.。. .。.:*・゜゚・* 「可愛いな……」 *滝柳 風雅* 守りの力を持つカラス天狗 。.:*☆*:.。 「お前今から俺の第一嫁候補な」 *日宮 煉* 最強の火鬼 。.:*☆*:.。 「風雅の邪魔はしたくないけど、簡単に諦めたくもないなぁ」 *山里 那岐* 神の使いの白狐 \\ドキドキワクワクなあやかし現代ファンタジー!// 野いちご様 ベリーズカフェ様 魔法のiらんど様 エブリスタ様 にも掲載しています。

処理中です...