クリスの魔法の石

Nao.

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第1章 ◆ はじまりと出会いと

30. ハラハラな料理実習②

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 突然現れた小さな女の子にびっくりして、摘まんでいたカップを落としそうになりました。
 女の子もそれにびっくりしてカップを支えます。
 慌ててカップを手のひらに乗せ直すと、女の子も一緒にそこに座りました。
 女の子の小ささにびっくりするばかりです。

「え、えと、びっくりさせちゃって、ごめんね。さっきの声はあなた?」
『うんっ、わたし!わたしも驚かせてごめんね』

 小さな女の子は、背中の羽をパタパタさせながら答えてくれました。
 蝶のような羽は淡く黄色がかっていて、透けていました。
 羽が動くたびにキラキラと光がこぼれて、とてもきれいです!

 カップの大きさが女の子の手にぴったりなので、このティーセットはこの子の物なんだと思いました。

『それにしても、驚いた~。あなた、わたしが見えるのね』
「え?」
『わたしは光妖精のフェルーテ。楽しいことが大好きなの。人間によく悪戯して遊んでるわ♪』

 よ、妖精さん…!!?

 びっくりしすぎて、言葉が出ません。

 妖精は確かに存在しているのですが、私達人間がその存在を知ることができるのは伝承や物語、絵本、絵画などの中だけです。
 どうしてかというと、人間の目にはその姿を映すことができないからです。
 妖精は精霊とエルフの間に位置していて、妖精に近いエルフさんなら見える人がいるそうですが、人間で実際に姿を見た人はいないと言われています。
 グループ研究発表の時、「精霊と妖精」を発表したグループが精霊についての説明の方が多かったのは、そのせいだと思います。
 妖精はおとぎ話のようなもので、本当はどんな姿をしているのか、どんな風に生きているのかも私達にはわからないのです。

 その妖精さんが目の前にいる……!

 これでびっくりしない方がおかしいです。
 そんな私の様子を気にもせず、フェルーテちゃんは話し続けます。

『さっきまで他の妖精と遊んでたんだけど、喉が渇いたからティーセットがあるここに帰ってきたのよ。そしたらあなたがいて、とてもいい匂いがしたから思わず叫んじゃったのよね』
「いい匂いって…あ!」

 さっき先生にもらった魔法の調味料を持ってきます。
 フェルーテちゃんはその小瓶を見て目を輝かせました。

『きゃ~!!やっぱり!妖精の雫じゃない!これ、紅茶に入れるとおいしいのよね!滅多に手に入らない調味料なのよ!?』
「そ、そうなの?先生にもらったんだけど…」

 特定の者って…妖精さんのことだったんですね。
 先生はどうしてこれを持っていたんでしょう?
 しかも、そんな貴重なものを私にくれるなんて…。

『先生…ってことは、あなた、もしかしてエヴァンの生徒?』
「うん。今、調理実習をしてて、エヴァン先生が担当してるよ」

 紹介が遅れましたが、授業は担任以外の先生も担当してくれます。
 文字の読み書きや計算は担任のリスト先生が教えてくれます。
 魔法実技の教室での授業もリスト先生、野外授業だとギル先生、エヴァン先生が見てくれます。
 あと、グループ研究はミリア先生です。ちなみに、ミリア先生だけが女の人です。

『そうだったのね~。それじゃあ、今エヴァンはどこにいるかしら?』
「準備室にいるよ」

 どうやらフェルーテちゃんとエヴァン先生は知り合いみたいです。
 フェルーテちゃんの表情から、とても仲がいいように見えます。

 フェルーテちゃんは、すいっと私の手から離れて飛んで行ってしまいました。
 きらきらと光が舞って、フェルーテちゃんが通った跡がよくわかります。

 あ!扉、開けてあげないと!

 準備室の扉は閉まっていて、小さなフェルーテちゃんでは開けられません。
 そう思って遅れて追いかけたら、簡単に扉が開きました。
 それにびっくりして見つめると、エヴァン先生が中から扉を開けてくれたようでした。

「フェルーテ、来ていたのですか」
『ええ、エヴァン!ねえ、あの子にあげた妖精の雫、まだ残ってる?』

 興奮したようにパタパタと羽を動かすフェルーテちゃん。…かわいい。

「ごめんね、あの小瓶で最後なんです。次を作ろうにも、もう素材がないんですよ」
『えええ~~~っ』

 フェルーテちゃんは心底がっかりした顔で、なんだか悪いなと思ってしまいました。
 小瓶の中の調味料は少ないけど、フェルーテちゃんの紅茶に使っても大して減らないよね?
 そう思って、フェルーテちゃんに小瓶を差し出します。

「フェルーテちゃん、よかったら使って?ちょっとだけなら、大丈夫だよ」
『本当!?』

 ぱあっと顔を輝かせて、私の周りを飛ぶフェルーテちゃんはとてもうれしそうでした。
 ひらひらと蝶が踊っているようで、私まで笑顔になってしまいます。
 そんな私達の様子をエヴァン先生は微笑んで見ていました。

「フェルーテ、クリスさんにも淹れてあげてください。魔法で人間サイズにするから、量は気にしなくて大丈夫ですよ」
『ええ!もちろん!あなた、クリスっていうのね。とびきりおいしいのを淹れるから!』

 フェルーテちゃんは、私の頬にチュッとキスをして、ひらひらとティーセットを取りに行きました。
 いきなりの頬へのキスにびっくりして固まってしまいます。
 エヴァン先生は、笑いながら準備室の奥から紅茶の葉が入っている瓶を持ってきます。

「クリスさん、よかったですね。妖精のキスは小さな祝福魔法です。ちょっとだけいいことがあるかもしれないですよ」
「そ、そうなんですか?」
「はい。妖精のキスはなかなかもらえないものですよ?フェルーテはクリスさんが気に入ったみたいですね」

 エヴァン先生は、そう言ってウィンクをくれました。

 わああっ!妖精さんに祝福をもらっちゃいました…!
 なんだかもう、それだけで幸せです。

 幸せ気分になっていると、フェルーテちゃんがティーセットを持って帰ってきました。

『お待たせ~。エヴァン、紅茶の葉、ちょうだいっ』
「はいはい。ここに。茶葉は、リラの葉が入っているものを選びましたよ」

 エヴァン先生は慣れたようにフェルーテちゃんのティーポットに紅茶の葉を入れます。
 よく見ると葉は細かく刻まれていて、小さなティーポットに難なく入りました。

『ありがとう!さすがエヴァン、妖精の雫にぴったりな茶葉ね!』
「どういたしまして」

 コロコロと笑うフェルーテちゃんと微笑むエヴァン先生。

 …あれ?
 この二人、なんだかとても雰囲気が似ている気がします。
 元気なフェルーテちゃんと穏やかなエヴァン先生だと全然違うと思うんだけど、どうしてかそう思いました。

 フェルーテちゃんは、ティーポットにお湯を入れて蓋をすると、クルクルと指で円を描いてティーポットに魔法をかけます。

『おいしくなあれ。おいしくなあれ』

 指で円を描くたび、キラキラと光の粒がティ-ポットの周りを漂います。
 最後にはフェルーテちゃんの羽と同じ色の淡い光がティーポット全体を包みました。

『よーしっ!あとは妖精の雫ね!』

 フェルーテちゃんは小さなティーカップ三つに妖精の雫を垂らします。
 カップの底に注がれた雫は、まるで雨粒のようでした。
 少しして、淡く光っていたティーポットが光を失い、フェルーテちゃんがカップにちょっとずつ紅茶を注いでいきます。
 紅茶がキラキラとカップに入る様は、まるで光を注いでいるかのような、とても幻想的な光景でした。
 びっくりしたのは、紅茶がカップに入った瞬間、その紅茶の色がピンク色に変わったことでした。

「ええっ!?どうなってるの??」
「はははっ、どんな紅茶も妖精の雫を入れるとピンク色に変わってしまうんです。不思議でしょう?」

 とてもびっくりした私に笑いながらエヴァン先生が言いました。
 そして、「大きくなあれ」と言ってパチンっと指を鳴らします。すると、二人分のカップが人間サイズになりました。

 すごい!絵本の中に出てくる、不思議なお茶会をしているみたい!

 フェルーテちゃんが紅茶のカップにスプーンを添えて、自信満々に言います。

『さあ、クリス!召し上がれ!』
「うんっ、いただきます」

 フェルーテちゃんが淹れてくれた紅茶は、とてもおいしくて私好みでした。
 甘い香りの中に、ちょっとだけ酸っぱさがあって、お菓子にスコーンを食べたくなっちゃいます。
 エヴァン先生が「試してみる?」と言って渡してくれた、妖精の雫が入ってない方も飲んでみました。

「…っ!?ごほっ、ごほっ…っ」

 想像とは違った味に思わず咳き込みます。
 それはすごく苦くて、まるで薬草が入ったお茶のような味がしました。

 先生が慌てて水を持ってきてくれて、口に流し込みます。

『エヴァン、何飲ませてるのよー!人間にはこの紅茶は苦すぎるわよ!』

 ぽかぽかとエヴァン先生を叩きながら怒るフェルーテちゃん。

「ご、ごめんね、クリスさん!そこまで咳き込むとは思わなくて…」

 困り顔の先生とぷんぷん怒っているフェルーテちゃんのやり取りがなんだかかわいくて、思わず笑ってしまいました。
 
 先生が言うには、この紅茶は人にあまり好まれないものらしいです。
 でも、とても高い効能を持っているそうで、飲めばすぐに体がポカポカになります。良薬は口に苦し、ですね。

 そんなリラの紅茶をこんなにおいしくできる妖精の雫は、もしかしたら合わせるものによって味も香りも変えるのかもしれないです。
 ハンバーグに使うのはもったいないかも?

 こうして、紅茶を飲みながらエヴァン先生とフェルーテちゃんとおしゃべりして、みんなの帰りを待ちました。






 この楽しいひと時、私は重大なことに気がついていませんでした。





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