クリスの魔法の石

Nao.

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第1章 ◆ はじまりと出会いと

26. 隠されたもの

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 たくさんの本が頭上を飛び、書類や空中艇ゴンドラなどがあちこち行き来する。
 本棚が無限に思えるほどに並ぶ光景を下にしながら、階段近くの大きめの作業机に向かい、「魔宝石ユーラティオ」について調べていた。

「ライゼンが図書館にいるとは珍しい。ものすごい難題にぶつかったのか?」

 唐突に話しかけてきたのは、聞き覚えのある声。
 視線だけ向けると、同じ科の上級生だった。
 振り返るのも面倒だから、返事もせずに視線を本に戻す。
 食事や睡眠の邪魔をされるのはそこまで気にならないが、作業の邪魔をされるのが一番嫌いだ。
 上級生は私の態度について何も言わず、ため息を吐いてそのまま去って行った。



 ここはグランツ学園が誇る魔法樹図書館。
 学園には各科・組にも図書室があるが、この図書館はそれとは比べものにならないほど、蔵書も種類も圧倒的に上だ。
 科の図書室でわからないことは、ここに来れば大抵わかる。

 この図書館の中心には、ずっと昔からある「魔法樹」と呼ばれる大きな樹が鎮座している。
 なかなかの大きさだ。十二階建ての鐘楼よりも高いだろう。それでも建物の中に収まっているのは、ここが魔法空間だからだ。
 そして、あまり知られていないことだが、魔法樹図書館は、この「魔法樹」に本を記憶させている。
 もし図書館の本が無くなっても、この「魔法樹」さえ無事であれば魔法で本の複製が可能だ。
 だが、複製は様々な工程と素材と魔法紋章術が必要とされるため、そう簡単にはできない。
 だから、本を失くしたり盗んだりすれば重い罰を受ける。
 無論、この図書館内での規則違反も同様だ。

 この間のクリスと話したあの日から、魔宝石について記憶をたどりながら思い当たる本を毎日読みに来ていた。
 持っている本もあったが、まとめて調べるのなら魔法樹図書館の方が効率がいい。

 クリスにはあの日以来ずっと会っていない。
 あの日のクリスとのやり取りを思い出せば、心成しか口元が緩んだ。

 クリスは不思議な奴だ。
 子ども特有であろう素直さと純粋さもありながら、周りや空気を読んでいて、よく気がつく。
 それに、子どもとは思えないような発言もする。
 話していると、クリスが子どもだということをときどき忘れてしまうくらいだ。
 だからと言って、子どもだ子どもだと思いながら子ども扱いのようなことをすると嫌がられる。
 クリスと話した日に、レガロから聞いていたことを実行したら全力で拒否をされた。
 なかなか対応の仕方が難しい。
 正直、子どもの扱いや女の扱いなどまったく慣れていない。慣れる気はないが。

 ここまで考えて、ふと自分がありえない思考をしていることに気がつく。

「何故、クリスのことを気にしている?」

 そう独り言のように呟いた言葉は、後に続いた声に消された。

「ライゼン」

 反射的に声がした方を見ると、階段の途中で師のクレスト様が見上げていた。
 その下の階では、チラチラとクレスト様をうかがっている視線が多数ある。
 師が図書館に来るのは珍しい。いつも科の研究室か、一緒に住んでいる塔の書斎に籠っている。

 ゆっくりと階段を上ってきたクレスト様は、手元の本に気がつく。

「最近よくここで本を読んでいるな?」
「はい。調べたいことがあるので」

 クレスト様は意外そうな顔で見つめてきた。
 そして再び本の方に目を移し、覗きこんだ。
 すると、本の内容を見て少し苦い顔になる。

「……歴史の本か。何か気になることでもあったか?」

 師は、どこか探るような目で言った。

 クレスト様は、ときどき私のことを験したり、遠まわしな物言いで探ってくる。
 別にそれが嫌だとは思わない。師の反応は当然のことだと思うからだ。
 四年前、ふらっと身一つで現れた子どもが「魔導具をつくりたい」と言ったら、その身辺を調べるのは当然だ。
 弟子入りするのなら、なおさら保護者の許可や出身を知る必要がある。
 だが私には、それを証明することができなかった。
 なぜならば、私を示すそれらが何一つなかったから。
 もう、のだ。

 魔宝石のことは例え師であるクレスト様であっても言えない。
 大きすぎる魔力を秘めた石は、混乱を招くだろう。
 それに何より、クリスと秘密にすると約束したから。

「ただの興味です。この国の成り立ちを知りたいと思っただけです」
「……そうか」

 嘘は言っていない。
 不思議なことにヴェルトミール国の成り立ちの文献は、なかなかない。
 この魔法樹図書館でさえも、十冊も蔵書されていないのだ。
 だが、その本の中に精霊王と魔宝石について書かれたものがあったことを思い出し、こうして探している。
 それに関連した郷土史や伝記なども併せて読んでいるため、机の上はたくさんの本が積み上がっている。

「我が国の成り立ちは絵本から歴史書まであるが、史実はほとんど文献に残っておらん。この魔法樹の記憶をもってしても知ることは難しいであろうな」

 クレスト様のその言い方に少し違和感を感じた。
 そう思って訊こうとすれば、師は早々に階段を下りて行った。

「ライゼン、気がすんだら、研究室に来なさい」
「はい。夕方、行きます」

 クレスト様はこちらを見上げながら少し困ったように笑ったが、何も言わずに本棚の波に消えた。
 それを見送って、開いていた本に目を落とす。
 そのページは、国の変遷がつらつらと書かれていた。


 *◆*◆*◆*◆*◆*◆*

 ・
 ・
 ・
 ・

 ヴェルトミール第五八歴の七の月、隣国のグランディオス帝国に占領される。
 帝国の王がヴェルトミール民虐殺を命じる。
 しかし、その命令は叶わず、ヴェルトミール第五八歴の九の月に奪還。
 その時活躍した召喚術師により、二〇年の平穏が保たれる。
 だが、召喚術師の死後、ヴェルトミール第七九歴の十の月、再びグランディオス帝国が侵攻、占領される。
 その時、グランディオス帝国と同盟を結んでいた南の商業大国リデルが同盟破棄。
 武器輸入の多くをリデルに頼っていたグランディオス帝国はそれにより徐々に武力が低下。
 グランディオス帝国に成り代わり、リデルが実質支配を置くことになる。

 ヴェルトミール第九九歴の十二の月、ヴェルトミール民による革命が起きる。
 これにより、ヴェルトミールを支配していたリデルが撤退。
 ヴェルトミール第一〇〇歴の一の月、革命を起こした英雄がヴェルトミール初の王となる。

 ヴェルトミール第一一四歴の五の月、初代王が崩御。その第一子が王となる。
 しかし、圧制のため内紛により国が三つに分裂。
 二〇〇年の間、王政派貴族、貿易派商人組合、革命派騎士団により政権が転々とする。
 その間、度重なる隣国との戦争、国内紛争により国力が著しく低下、滅亡の危機にまで追いつめられる。

 ヴェルトミール第二二二歴の三の月、ヴェルトミールの崩壊。
 それにより、東のアレニア皇国の領地となるが、ヴェルトミール民は各地へと散らばる。
 残った民は荒れた山で細々と暮らす。

 ヴェルトミール第三五一歴の四の月、北の大火山イグニスが大噴火。
 それにより、周辺諸国が一夜にして滅亡。
 歴史上最も最悪の天災となる。

 ヴェルトミール第三八四歴の二の月、最初のヴェルトミール民が戻る。
 噴火により荒れた大地を復興、再建する。

 ・
 ・
 ・
 ・

 *◆*◆*◆*◆*◆*◆*


 ここまで読んで、本を閉じた。
 これ以降まだ歴史は続くが、欲しい情報は無さそうだった。

「ところどころ欠落している情報があるな…」

 本の奥付を見ると、第二七版と書かれていた。
 初版から一二五年が経っている。
 再版の度に情報が入れ替えられているのだろう。
 つじつまが合わない年代や、抜けている年代がある。

 やはりだめか。
 この本には私が知っている歴史が書かれていない。
 私が見た本は、もう存在していないかもしれない。

 閉じた本を右へやって、左に積まれた本の中から古びた伝記を手に取る。
 タイトルは「ヴェルトミール放浪記」。
 この本の著者は不明だが、ヴェルトミール各地の伝承やおとぎ話などを記している。
 著者の趣味なのか、その内容は妖精と食べ物についての記述が多かった。

「見る人間が違うと、こうも変わってくるのか」

 こうして、積み上がった本を夕方まで飲まず食わずで読み耽った。





 結局、魔宝石に関する記述は少なく、放課後になる頃に魔法樹図書館を出た。

 もうこれ以上の収穫はなさそうだ。
 今度はオルデンの外の図書館に行ってみるか。

 そのまま魔導具研究科の塔へ帰ろうとしたが、早く帰ることもないだろうと思い直して、学園の中庭へ足を向ける。
 「中庭」と言えば各科にある庭を指すが、「学園の中庭」と言うとグランツ学園の敷地中央にある広場を指す。
 広場はセントラルガーデンと呼ばれ、イベントや実技演習、オリエンテーションなど、様々な目的で使われている。
 木々や花壇、噴水、小川などが整備されており、憩いの場としての役割も果たしている。
 クリスと話したのも、このセントラルガーデンのベンチだ。

 魔導具研究科は最西部にあり、最北部にある世界樹図書館から帰るなら、西周りで帰るのが一番早い。
 だが、帰っても課題も何も終わらせてしまっているので暇だ。
 そんな理由をつけて、ガーデンを通って戻ることにした。
 歩きながら考えるのも、気分転換になるだろう。

 広いガーデンをぐるりと回り、気がつけばクリスと座ったベンチの横を通った。
 再びあの日のクリスとのやり取りを思い出し、思わず笑みをこぼす。
 それに自分で驚いて、慌てて笑みを消した。

「まさか、思い出し笑いとは」

 図書館でもそうだったが、普段ならあり得ない自分の思考に驚く。
 誰も見てはいないだろうが、一度咳払いをして思考を切り替えた。
 それでもやっぱり口元は緩んでしまい、振り払うように黙々とガーデンを歩いた。




 魔導具研究科の塔へと帰ると、師から「余程、よい収穫でもあったか?」と驚きながら訊かれるほど、私の顔は穏やかだったらしい。



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