クリスの魔法の石

Nao.

文字の大きさ
上 下
14 / 86
第1章 ◆ はじまりと出会いと

14. ライゼンとクリス

しおりを挟む
 私はグランツ学園魔導具研究科五年生のライゼン。
 魔導具研究科最高顧問のクレスト様は、私の魔導具の師だ。
 助手として学園に連れてこられたが、師が「いい機会だから魔導具研究科に入るといい」と言ったので生徒になってしまった。
 正直、人と関わるのは苦手だ。というか嫌いかもしれない。
 関わらないといけないのは十分わかっているが、それでも嫌なものは嫌なのだ。
 だから、極力人と関わるのを避けている。





「ライゼンさんっ」

 聞き覚えのある声に呼ばれた。
 振り返って見れば、いつか学園で会った少女がいた。
 初めて会った時と同じ、教育科の制服を着ている。
 名は、確かクリスと言ったか。

 私にしては珍しく、自分から関わった人間だ。
 初めて出会った日、少女が無邪気に校舎を見ていたものだから、気になってしばらく様子を見ていた。
 すると、周りを歩く人々が立ち止まっている少女を疎ましそうに見ていくので、これではいけないと思い、声をかけた。
 そのまま手を繋いで案内してしまったのは自分でも驚いている。
 少女があまりにも純粋だったから、思わず助けたいと思ってしまったのだ。

 その少女、クリスを改めて見れば、息が上がっている。
 走ってきたのか?

「ラ、ライゼンさん、っも、この馬車、乗るん、っです、か!?」
「まずは息を整えろ」

 あまりにも息苦しそうだから、いったん落ち着いてもらう。
 クリスは両腕を広げたり閉じたり、深呼吸を何度かして息を整える。
 その仕草は子どもらしく、動く度に頭のアホ毛がぴょこぴょこ揺れている。

 ん?出会ったときは感じなかったが、こんなに背が小さかっただろうか?
 もっと大きい印象だったのだが。
 そう思いながら見つめていると、気まずそうにクリスが目を合わせてきた。

「えと、声かけたらいけなかったですか?」

 困った顔で見上げてくるクリス。

「いや。ただ、小さいなと思っていただけだ」
「がーん」

 しまった、言葉が足りなかったかもしれない。
 クリスはとてもショックを受けたという顔をしていた。
 その後は肩を落として、しょぼん…と効果音まで聞こえてきそうな落ち込みっぷり。
 へにょりとアホ毛も落ち込んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
 小さい子どもを相手にするのは得意ではないのだが仕方がない。

「そんな顔をするな。悪口で言ったわけではない」

 ぎこちなく、頭をぽんぽんとなでてやる。
 クリスは驚いたように顔を上げたが、すぐに目を輝かせて笑った。
 ころころ変わる表情に、彼女の素直さが見て取れる。

「馬車に乗るのかという質問だったな。肯定だ」
「こ、こうてい…?」

 首をかしげるクリス。
 ああ、そうか。肯定という言葉を知らないのか。
 いや、こんな子どもが使っていたら驚く。普通使わない。

「肯定とは…」
「ちょっと待って!」

 慌てて言葉をさえぎってくると、考える仕草をするクリス。
 誰かに教えてもらったことがあるのか、意味を思い出そうとしているようだ。

「えーと、えーと、うー…、お兄ちゃんが言ってたよね…あっ!」

 ぴょこんっとアホ毛が揺れる。
 何なんだ、このアホ毛。
 感情と連動しているのか?

「そのとおりって意味ですよね!?」

 両手で握り拳をしながら自信満々に言ったクリス。
 内心苦笑しながら肯定を表す。
 クリスは正解したのがうれしかったのか、また笑顔になった。

「えへへっ。じゃあ、ライゼンさんと同じ馬車で帰れるんだ。うれしいな」

 今度は口に両手を当てながら笑う。
 聞こえないように呟いているようだが、丸聞こえだ。
 女というものは面倒で嫌いだが、クリスのような子どもの純粋さは嫌いではない。
 今まで見てきた人間は醜い感情ばかりで、一緒にいるだけで吐き気がしていた。
 だが、この少女の素直さは不思議と心が癒される気分だ。

「…クリスは、どこまで帰るんだ?」
「ここから三つ目の停留所の村です」

 クリスは行き先に続いている道を指差しながら言った。

 私のお遣いの行き先と同じだ。
 クリスはユグ村の子どもだったのか。

 ユグ村はオルデンと東の街イスントの間にある大きな森の中にある村だ。
 村と言っても小さくはなく、役所や自警団がある。
 周りは「深霧の森」に囲まれていて、通過する時は必ず一度この村で停留しなければならない。
 それは、この村が森を護る仕事を森の精霊から受けており、森を抜けるには、村から「加護」魔法を受けなければならないからだ。
 「深霧の森」は、厄介なことに入るのは自由だが、抜けるのは不可能だ。
 「加護」を持たない者は、森で彷徨い続けて果てるか、「あちら」へ連れて行かれる。

 森の精霊はこちらが何もしなければ、おとなしい。
 だが、森に危害を加えたり、怒らせることをすると「加護」を発動させる。
 発動させられたら最後、「こちら」へ戻っては来られなくなる。
 この「加護」は森を抜けると解けるようになっていて、森の中での印でもあり保険だが、通る人のためのものではない。森のためのものだということだ。

 ちなみに、ユグ村の者は「加護」がなくても森を通過することができる。
 それは、村の者を精霊が仲間と認識するのだとか。
 だから、馬車で森へ近づいてくると御者がユグ村の御者と交代する。
 村に着くまでの間は、ユグ村の者に免じて精霊が森の中を通してくれるというわけだ。


 …話が逸れた。


 懐の懐中時計を見れば、夕方の五時を過ぎていた。
 いつもなら、定刻の少し前に着くはずの馬車はまだ来ていない。定刻はもう過ぎている。
 クリスも遅い馬車が気になっているようだ。不安そうに道を見つめている。
 立っているのも疲れてきたから、停留所のベンチにクリスと座ることにした。

 クリスは大きな荷物に気がついたようで、じっと荷物の方を見つめてくる。
 それに気づかないふりをして、無言で馬車を待つ。

「…ライゼンさんは、何科の生徒なんですか?その制服、教育科ではないですよね?」
「……」

 答える義務も義理もないから、無言でやり過ごす。
 知っても関係のないことだ。

「ご、ごめんなさい。聞いちゃダメでしたか?」

 目を向ければ、最初に出会った時と同じ顔で見上げてくるクリス。
 怖がっているような、困っているような顔だ。
 目を合わせると一瞬怯んだようだったが、それでも一生懸命見つめてくる。
 クリスの大きな目は、まるで磨かれた宝玉のようだった。
 それをよく見ようと顔を近づけようとしたら、馬車がやってきた。

「ごめんね~。待たせたね~」

 年配の男性御者がゆっくり馬を停止させて、馬車に乗り込むための板を降ろす。
 馬車には誰も乗っていなかった。
 普段なら、御者がもう一人「深霧の森」のために乗っているはずだ。
 いないということは、この馬車の御者はユグ村の者だということだろう。

 何事もなかったかのようにクリスから離れて、馬車に乗る。
 クリスも慌てて馬車に乗り込んだ。

「それじゃあ、出発するよ~」

 御者の声に二人で頷けば、馬車はゆっくりと動き出す。
 街の石畳をしばらく走り、街を抜ければ「深霧の森」まで平原が広がっている。
 平原にも停留所があるが、滅多に人が乗ってくることはない。

 それは、ユグ村までクリスと馬車の中で二人きりになることを意味していた。





 ガラガラガラガラ…

 順調に馬車は街を出て平原を走る。
 ここまで一言もクリスと話すことなく、目を合わすこともしなかった。
 目を上げると、クリスは隅の方で蹲るように膝を抱いて座っている。
 さっきの会話で怒らせたとでも思っているのだろう、アホ毛が落ち込んでいる。
 本当にわかりやすい。

「クリス」

 呼ばれた少女は恐る恐るこちらを見上げる。
 その目を見ると、何かが揺らめいて瞬きをした。
 不安に揺れる瞳は先ほど近くで見た時よりも暗くなっている。

「ライゼンさん、怒ってますか?訊いちゃいけないことだったなら、ごめんなさい…」

 怒ってはいないのだが、そんな風に言われれば無視した自分が悪い気がしてくる。
 いや、ここは自分が悪いのだろう。
 いつも師に「言葉が足りない」と言われるから。

 小さくため息をついて、クリスの隣へ席を移す。

「いや、怒っていない。悪かった。言う必要がないと思っていたんだ」
「そ、そうだったんですか…?」

 驚いた顔で見上げてくるクリスの目は、もう暗くなかった。
 停留所で見た時も思ったが、不思議な目だ。
 ラズベリーレッド色の目は、まるで水面に映る星空のように光が散りばめられて輝いている。
 本当に星があるのではないだろうか?
 それに引き込まれるように見つめていると、クリスが目を泳がせた。

「えと、言いたくないのなら言わなくていいです。誰にだって、秘密はあります」
「言いたくないというわけではない。…私は魔導具研究科の五年生だ」
「まどーぐ?」

 不思議そうに首を傾げるクリスに、内心笑ってしまった。
 本当に感情に素直な奴だ。
 そんな風に見つめられたら、釣られて答えたくなってしまうではないか。

「魔導具は魔法が込められた道具だ。身近なもので言えば、そうだな…」

 大きな荷物の中から一つの道具を探す。クリスは興味津々に身を乗り出して私の手元を見ていた。
 程なくして、荷物の奥から目当てのものを見つけ、少女ーnの手に小さなカンテラを乗せた。

「明かり!」

 クリスにとっては珍しいものなのだろうな。
 小さなカンテラをうれしそうに観察する姿は、なんとも微笑ましい。

「これはカンテラ。この窪みを押すと明かりがつく。この中の光は、この道具に込められた光魔法で輝いている」
「へえぇ~!」

 説明しながらカンテラに明かりをつけて見せると、クリスは一層目を輝かせた。
 こんなどこにでもある道具でそこまで喜んでもらえるとは。
 思わず綻びそうになった口元を慌てて抑えた。

「ねえ!ライゼンさん!他にもある!?」
「見てみたいか?」
「うんっ!」

 こうして、すっかり敬語を遣うのを忘れたクリスとユグ村に着くまで魔導具について話した。




 このクリスとの会話はとても楽しく、今の自分には得難い時間だった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた

リオール
恋愛
だから? それは最強の言葉 ~~~~~~~~~ ※全6話。短いです ※ダークです!ダークな終わりしてます! 筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。 スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。 ※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...