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「今日は月が出てる・・・。」



あれからすぐに城壁の最上部に出ると、空には大きな丸い月が浮かんでいた。
18年前の“あの日”、赤ちゃんのソソを抱き締めていた日は月が出ていない夜で真っ暗だった。



“あの日”のことを思い出しながら、“あの日”と同じ場所であろう所に立つ。
ナイトドレス1枚では凄く寒くて・・・。
でも、この寒い空気が私の身体の中にまで入ってきて心地良いとまで思った。



「魔獣よりも良くないモノに見えた・・・。」



あの女達のことを思い出しながら呟いた時・・・



ここに出られる扉が開いた音が聞こえた。



その瞬間、ミランダからの言葉を思い浮かべ、近くにあった壁の後ろまで走り隠れた。



私の姿は見られていなかったようで何も話し掛けられることはなく、しばらく静かな時間が続いた。



扉は1つしかないのでどうしようかと思っていると・・・



聞こえてきた・・・。



聞こえてきた・・・。



空気を切り裂く音が・・・。



大きな剣で素振りをする時に聞こえる音・・・。



チチだけが出せるその音が、聞こえてきた・・・。



それには驚きながらソッと音の方を覗くと、いた。



いた・・・。



昼間に会ったステル殿下が、いた・・・。



騎士の鎧ではなく軽装で、大きな剣を軽々と振り・・・



でも、重く空気を切り裂いているステル殿下がいた・・・。



ステル殿下が素振りをしているその姿はチチの姿にソックリで。
ステル殿下が出す音はチチの音にソックリで。



この王宮に来てから3ヶ月半、その姿とその音を聞いて久しぶりにインソルドの夜を思い出していた。



随分と長い時間、思い出していた。



そしたら・・・



そしたら、来た。



来てしまった・・・。



半獣姿のエリーが来てしまった・・・。



ステル殿下のすぐ横に現れてしまって、私に会いに来てくれたのだと分かった。



ステル殿下がソソの魔獣、エリーのことを知らなければエリーに剣を向けてくる。



そう思い慌てて壁から出ていこうとしたら・・・



「お前、今日はどうしたの?」



と、ステル殿下がそう言って・・・。



エリーが現れた時にソソがいつも掛けていた言葉を言っていて・・・



そして・・・



下に置いていた布を取り上げ、エリーの顔の汚れを優しく拭っていく。



その姿はまるでソソのようで・・・。



全然違うのに、まるでソソのようで・・・。



ソソにも国王の血が流れているはずだから、やっぱり似ているのかなと・・・



月明かりの光りで見えるステル殿下の姿を見ながら何でか泣きそうになっていた時、エリーが紙を渡したのが見えた。



紙を・・・。



月明かりの光りで見えた紙・・・。



それを開いていくステル殿下・・・。



その紙は・・・



その紙は・・・



チチの報告書だった・・・。



ヒールズ家の家紋が入った紙、チチだけが使うことが出来る紙・・・



チチがソソに報告書を出す時だけに使うと言っていた、特別な紙だった・・・。



漏れそうになる声を両手でおさえ、ステル殿下の姿を見詰め続ける。



ステル殿下はその紙を見下ろした後に宙に放り投げ、その紙を剣で細かく切り刻んだ。
そんな姿までチチによく似ていて・・・。



ステル殿下が切り刻んだ紙は夜の闇に吸い込まれていく。



どんどん吸い込まれていく紙をステル殿下が眺めていて・・・。



そして、呟いた。



小さな小さな声で呟いた。



「聖女なんて現れなければ良かったのに・・・。」



ステル殿下のその言葉を聞き、思い出してしまった。
さっき聞いた女達の言葉を思い出してしまった。



“ステル殿下って好きな女がいるのよ?
知ってた?”



“可哀想な生い立ちなうえに好きな女とも結ばれないなんて。”



“貴女が現れなければステル殿下は好きな女と結婚出来たかもしれないのに。”



“いつも女性には素っ気ないステル殿下が、すがるような顔でその女性を見詰めながら口説いていました~!!”



“何も出来ない没落貴族の女、それもインソルド出身だなんて。”



“せめて美しい花ならまだ良かったのに、ヒヒンソウの花の刻印。
可哀想なステル殿下・・・。”














「可哀想なステル殿下・・・。」




ステル殿下が扉から出ていった後、月を見上げながらこの言葉が自然と口から出ていった。




心地良いと思ったはずの寒さはこの身体を突き刺してきて・・・




痛いくらいに寒いと思った・・・。
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