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3ヶ月半後
「やっと部屋から出られた・・・。」
ミランダから赤いドレスを着せられ、これから第3皇子のステル殿下と初めて会うことになった。
王宮にきてからの3ヶ月半、信じられないことにミランダは私のことを部屋から1歩も出さなかった。
部屋の中で文字の練習、この国の歴史、食事のマナーから貴族の女としての社交マナー、それらをミランダの時間が許す限り教え込まれ、ミランダが不在の間は1人で訓練をしていた。
この王国に生きる全ての民の為、そしてソソが国王になった時の為、聖女となった私はこの命をソソの為に使う。
そう強く思いながらミランダの後ろを歩き、そして城壁の最上部に出られるという扉の前に立った。
そしたら、これまで一言も喋らなかったミランダがゆっくりと口を開いてきた。
「ステル殿下は黒髪持ちの皇子です。」
そんなことを言ってきて、それには驚く。
驚いている私の顔をミランダがジッと見詰めてくる。
これまでステル殿下のことを聞いても何1つ教えてくれることはなかったミランダが。
王宮に来てからミランダ以外の人間に会うことはなく、3ヶ月半もの間2人だけで過ごしていたミランダが。
「黒髪持ちではありますが、騎士としても男性としても強くて逞しい方です。
黒髪持ちの為にこれまで可哀想な人生を歩んできた方でもあります。
そして・・・」
ミランダが言葉を切り、力強い目で私のことを見詰めた。
「ステル殿下はカルティーヌ様に心をくれることはないかもしれません。
そんな夫婦になるかもしれません。」
「ステル殿下の心なんていらないよ。
私はステル殿下の心が欲しくてここに来たわけじゃない。」
「はい、この3ヶ月半、カルティーヌ様を間近で見続け、私にもそれが分かりました。
このタイミングで現れてくれたことを心から感謝致します。
好きな男性がいらしたカルティーヌ様には可哀想なことになってしまいましたが。」
「私は可哀想なんかじゃない。
この前も話したでしょ?」
「はい、そうですね。
心だけでも結ばれてきたと・・・。」
ミランダが少しだけ切なそうな顔で笑い、またすぐにいつもの無表情な顔に戻った。
そんなミランダに私は聞く。
何度聞いても答えてはくれなかったことを今日も聞く。
「他の皇子とはいつ会えるかな?」
「ステル殿下以外の皇太子殿下と聖女様がお会いする機会は設けていません。」
「じゃあ・・・結婚式には参列するのかな?」
「ステル殿下と聖女様の結婚式は2人だけで挙げるよう手配しています。」
「王宮に来てからミランダ以外の人間と誰とも会ってないんだけど。
部屋も隅にある塔の1番端だから、ここまで来るのに誰とも会わなかったし。」
「ステル殿下との結婚が無事に終わりましたら、それからは自由にしてくださって結構ですから。
それまではカルティーヌ様は没落貴族、マフィオス家の長女。
聖女様とはいえ王宮ではそれなりの対応になることは仕方のないことです。」
ミランダにまたこの言葉を言われ、何だか悲しい気持ちになった。
仕方がないとはいえ、インソルドとインラドルの戦士達のことをこんな風に思われていることが。
そして、それを簡単に鵜呑みにしたこの王宮に対して許せない気持ちにもなった。
「第3皇子、黒髪持ちなんだ・・・。」
ソソだけではなく第3皇子までも黒髪持ちで生まれたらしい。
皇子が2人も黒髪持ちならば、こんな王国など滅ぼしてしまえばいいのに・・・。
ソソのことをこの王宮から追い出したこんな王国なんて・・・。
「黒髪持ちの者と結婚するのは怖いですか?」
ミランダに聞かれ、私は答えた。
「私はインソルドの女。
黒髪持ちを怖いだなんて思うはずがない。」
「そうですか・・・。
インソルドの女性が聖女様となり、ステル殿下と結婚することになり嬉しく思います。
インソルドにいらしたということは、ステル殿下にお会いしたことは?」
「名前だけなら聞いたことがある。」
そう言って、いつまで経っても扉を開けないミランダの代わりに自分から扉を開けた。
力強く、開けた。
そしたら眩しいくらいの太陽が空に昇っていて、思わず目を閉じそうになった。
それでも目を閉じずにいると、いた。
ステル殿下だと思われる男がいた。
これまでの人生で見たことがないくらいに美しく整った顔、身体は大きくその身体に騎士の鎧を纏い、腰には大きな大きな剣を2本差している。
そして大きな両手を握り締め、私の方を見ている。
強く強く強く、どこまでも強く・・・
そんな目で、私のことを見ている。
眩しすぎる太陽の下、少し癖のあるステル殿下の漆黒の髪は美しく輝いていた。
その漆黒の髪を見て、ソソの姿が浮かんできそうになった。
ステル殿下とは全く似ていないソソの姿が。
血塗れのソソの姿が。
“俺と結婚して、ルル。”
ソソの姿を振り切る為に歩き出した時、その言葉だけは浮かんできてしまった。
それには小さく笑いながら私は歩き始める。
「強く強く強く、どこまでも強く生き抜く。
この人生で最善を尽くす。
だからまた次の人生で会おう、ソソ。」
王宮にいる限りはいつか会うであろうソソ。
この人生では迎えに来てくれることはなかったソソ。
私の記憶の中のソソは血塗れのままで。
“死の森”の真っ白な霧の中、血塗れのまま強く強く強く、どこまでも強く生き抜こうとしていた10歳のソソの姿のままで。
“ヒヒンソウ”だった。
どんな場所でも咲く強い花、“ヒヒンソウ”だった。
私の胸の真ん中に浮かび上がったヒヒンソウの花。
私もこれからヒヒンソウの花になる。
どんな場所でも強く咲くことの出来るヒヒンソウの花に。
この王国に生きる全ての民の為・・・
そして、国王になるソソの為・・・
聖女になった私は枯れることないヒヒンソウの花になる。
「初めまして、ステル皇太子殿下。
インソルドから参りましたカルティーヌ・マフィオスと申します。」
「やっと部屋から出られた・・・。」
ミランダから赤いドレスを着せられ、これから第3皇子のステル殿下と初めて会うことになった。
王宮にきてからの3ヶ月半、信じられないことにミランダは私のことを部屋から1歩も出さなかった。
部屋の中で文字の練習、この国の歴史、食事のマナーから貴族の女としての社交マナー、それらをミランダの時間が許す限り教え込まれ、ミランダが不在の間は1人で訓練をしていた。
この王国に生きる全ての民の為、そしてソソが国王になった時の為、聖女となった私はこの命をソソの為に使う。
そう強く思いながらミランダの後ろを歩き、そして城壁の最上部に出られるという扉の前に立った。
そしたら、これまで一言も喋らなかったミランダがゆっくりと口を開いてきた。
「ステル殿下は黒髪持ちの皇子です。」
そんなことを言ってきて、それには驚く。
驚いている私の顔をミランダがジッと見詰めてくる。
これまでステル殿下のことを聞いても何1つ教えてくれることはなかったミランダが。
王宮に来てからミランダ以外の人間に会うことはなく、3ヶ月半もの間2人だけで過ごしていたミランダが。
「黒髪持ちではありますが、騎士としても男性としても強くて逞しい方です。
黒髪持ちの為にこれまで可哀想な人生を歩んできた方でもあります。
そして・・・」
ミランダが言葉を切り、力強い目で私のことを見詰めた。
「ステル殿下はカルティーヌ様に心をくれることはないかもしれません。
そんな夫婦になるかもしれません。」
「ステル殿下の心なんていらないよ。
私はステル殿下の心が欲しくてここに来たわけじゃない。」
「はい、この3ヶ月半、カルティーヌ様を間近で見続け、私にもそれが分かりました。
このタイミングで現れてくれたことを心から感謝致します。
好きな男性がいらしたカルティーヌ様には可哀想なことになってしまいましたが。」
「私は可哀想なんかじゃない。
この前も話したでしょ?」
「はい、そうですね。
心だけでも結ばれてきたと・・・。」
ミランダが少しだけ切なそうな顔で笑い、またすぐにいつもの無表情な顔に戻った。
そんなミランダに私は聞く。
何度聞いても答えてはくれなかったことを今日も聞く。
「他の皇子とはいつ会えるかな?」
「ステル殿下以外の皇太子殿下と聖女様がお会いする機会は設けていません。」
「じゃあ・・・結婚式には参列するのかな?」
「ステル殿下と聖女様の結婚式は2人だけで挙げるよう手配しています。」
「王宮に来てからミランダ以外の人間と誰とも会ってないんだけど。
部屋も隅にある塔の1番端だから、ここまで来るのに誰とも会わなかったし。」
「ステル殿下との結婚が無事に終わりましたら、それからは自由にしてくださって結構ですから。
それまではカルティーヌ様は没落貴族、マフィオス家の長女。
聖女様とはいえ王宮ではそれなりの対応になることは仕方のないことです。」
ミランダにまたこの言葉を言われ、何だか悲しい気持ちになった。
仕方がないとはいえ、インソルドとインラドルの戦士達のことをこんな風に思われていることが。
そして、それを簡単に鵜呑みにしたこの王宮に対して許せない気持ちにもなった。
「第3皇子、黒髪持ちなんだ・・・。」
ソソだけではなく第3皇子までも黒髪持ちで生まれたらしい。
皇子が2人も黒髪持ちならば、こんな王国など滅ぼしてしまえばいいのに・・・。
ソソのことをこの王宮から追い出したこんな王国なんて・・・。
「黒髪持ちの者と結婚するのは怖いですか?」
ミランダに聞かれ、私は答えた。
「私はインソルドの女。
黒髪持ちを怖いだなんて思うはずがない。」
「そうですか・・・。
インソルドの女性が聖女様となり、ステル殿下と結婚することになり嬉しく思います。
インソルドにいらしたということは、ステル殿下にお会いしたことは?」
「名前だけなら聞いたことがある。」
そう言って、いつまで経っても扉を開けないミランダの代わりに自分から扉を開けた。
力強く、開けた。
そしたら眩しいくらいの太陽が空に昇っていて、思わず目を閉じそうになった。
それでも目を閉じずにいると、いた。
ステル殿下だと思われる男がいた。
これまでの人生で見たことがないくらいに美しく整った顔、身体は大きくその身体に騎士の鎧を纏い、腰には大きな大きな剣を2本差している。
そして大きな両手を握り締め、私の方を見ている。
強く強く強く、どこまでも強く・・・
そんな目で、私のことを見ている。
眩しすぎる太陽の下、少し癖のあるステル殿下の漆黒の髪は美しく輝いていた。
その漆黒の髪を見て、ソソの姿が浮かんできそうになった。
ステル殿下とは全く似ていないソソの姿が。
血塗れのソソの姿が。
“俺と結婚して、ルル。”
ソソの姿を振り切る為に歩き出した時、その言葉だけは浮かんできてしまった。
それには小さく笑いながら私は歩き始める。
「強く強く強く、どこまでも強く生き抜く。
この人生で最善を尽くす。
だからまた次の人生で会おう、ソソ。」
王宮にいる限りはいつか会うであろうソソ。
この人生では迎えに来てくれることはなかったソソ。
私の記憶の中のソソは血塗れのままで。
“死の森”の真っ白な霧の中、血塗れのまま強く強く強く、どこまでも強く生き抜こうとしていた10歳のソソの姿のままで。
“ヒヒンソウ”だった。
どんな場所でも咲く強い花、“ヒヒンソウ”だった。
私の胸の真ん中に浮かび上がったヒヒンソウの花。
私もこれからヒヒンソウの花になる。
どんな場所でも強く咲くことの出来るヒヒンソウの花に。
この王国に生きる全ての民の為・・・
そして、国王になるソソの為・・・
聖女になった私は枯れることないヒヒンソウの花になる。
「初めまして、ステル皇太子殿下。
インソルドから参りましたカルティーヌ・マフィオスと申します。」
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