127 / 168
7
7-7
しおりを挟む
そして、結婚式直前に。
カルティーヌとは必要最低限しか顔を合わせず、目を合わせることもほとんどしなかった。
俺の心を渡すことはない。
カルティーヌの心を貰うこともない。
カルティーヌはどんな場所でも強く生き抜ける女かもしれないけれど、そこに愛はないのに必要以上に関わることは可哀想だと思った。
カルティーヌの心が可哀想だと思った。
インソルドの女には全く見えないカルティーヌ。
チチはカルティーヌのことをインソルドの女と言っているけれど、カルティーヌはどこをどう見てもインソルドに長くいたとは思えない。
俺がインソルドにいたことは王宮の誰もが知っていること。
それなのにカルティーヌはインソルドの話を俺にすることはなかった。
だから俺からもその話は何もしなかった。
なのに・・・
それなのに・・・
結婚式直前、白い簡素なウエディングドレスを着ているカルティーヌが先にカンザル教会の教皇がいる部屋へと入り、そしてすぐに出て来て。
次に俺が入り教皇からサインを求められ、そこに俺の王族の名前のサインを書こうとした時、見えた。
カルティーヌが書いたであろう拙い文字が、見えた。
“カルティーヌ・マフィオス”
そう書いてある文字の下に、見えた。
“カルティーヌ・エントルシア・ルル”
そう書かれているのが、見えた。
それを見て・・・
“ルル”と書かれているその文字を見て・・・
俺が右手に持っていたペンが折れた・・・。
「あ・・・すみません。」
教皇に謝罪をすると、教皇は優しい顔で首を横に振った。
「何か気になることがありましたか?」
俺に新しいペンを渡しながら聞いてきて、そのペンを受け取りながら今度は俺が首を横に振った。
なのに・・・
「カルティーヌ令嬢は王族だけが付けられる次の名前を“ルル”にしたいとおっしゃったので、ステル殿下と結婚した後は、下に書かれているその名前がカルティーヌ令嬢の新しい名前となります。」
教皇が続けてきた。
その話を聞きながら、俺は目の前にある紙に自分の名前を書いていく。
“カルティーヌ・エントルシア・ルル”
そう書かれた名前の隣に、“ステル・エントルシア”と・・・
そう書き終わった。
書き終わった、その瞬間・・・
「カルティーヌ令嬢はインソルドで“ルル”と呼ばれていたそうですよ。」
教皇が・・・
教皇が、そう言った・・・。
「ルル・・・。」
俺はこの口から“ルル”と声を出した。
誰かの前で“ルル”の名前を出したのはインソルドを発ってから初めてのことだった。
「俺の姉も・・・姉というか母というか、そんな女も・・・ルルという名前でした。
ルルが死んでしまったから、カルティーヌは新しくルルと呼ばれていたんでしょうね。」
インソルドでは当たり前の話だった。
新しく生まれた子どもや捨てられていた子ども、その子らに死んでしまった人間の名前を付ける。
短い名前を付けるインソルドの文化では当たり前のことでもあった。
だからそう言った・・・。
“ルル”の次にルルと呼ばれていた女のことを思い浮かべながら。
さっき数日ぶりに見たカルティーヌはやっぱり太陽と間違えるくらいに輝いていた。
“ルル”の姿を必死に思い浮かべようとしていたら、向かい側に座る教皇がゆっくりと右手を伸ばしてきた。
“ルル”と書かれている拙い文字を・・・。
そして、言った。
言ってきた・・・。
「その“ルル”が、この“ルル”ですよ。
15歳の時に自身の命に代えてでも貴方を守った“ルル”が、この“ルル”ですよ。」
カルティーヌとは必要最低限しか顔を合わせず、目を合わせることもほとんどしなかった。
俺の心を渡すことはない。
カルティーヌの心を貰うこともない。
カルティーヌはどんな場所でも強く生き抜ける女かもしれないけれど、そこに愛はないのに必要以上に関わることは可哀想だと思った。
カルティーヌの心が可哀想だと思った。
インソルドの女には全く見えないカルティーヌ。
チチはカルティーヌのことをインソルドの女と言っているけれど、カルティーヌはどこをどう見てもインソルドに長くいたとは思えない。
俺がインソルドにいたことは王宮の誰もが知っていること。
それなのにカルティーヌはインソルドの話を俺にすることはなかった。
だから俺からもその話は何もしなかった。
なのに・・・
それなのに・・・
結婚式直前、白い簡素なウエディングドレスを着ているカルティーヌが先にカンザル教会の教皇がいる部屋へと入り、そしてすぐに出て来て。
次に俺が入り教皇からサインを求められ、そこに俺の王族の名前のサインを書こうとした時、見えた。
カルティーヌが書いたであろう拙い文字が、見えた。
“カルティーヌ・マフィオス”
そう書いてある文字の下に、見えた。
“カルティーヌ・エントルシア・ルル”
そう書かれているのが、見えた。
それを見て・・・
“ルル”と書かれているその文字を見て・・・
俺が右手に持っていたペンが折れた・・・。
「あ・・・すみません。」
教皇に謝罪をすると、教皇は優しい顔で首を横に振った。
「何か気になることがありましたか?」
俺に新しいペンを渡しながら聞いてきて、そのペンを受け取りながら今度は俺が首を横に振った。
なのに・・・
「カルティーヌ令嬢は王族だけが付けられる次の名前を“ルル”にしたいとおっしゃったので、ステル殿下と結婚した後は、下に書かれているその名前がカルティーヌ令嬢の新しい名前となります。」
教皇が続けてきた。
その話を聞きながら、俺は目の前にある紙に自分の名前を書いていく。
“カルティーヌ・エントルシア・ルル”
そう書かれた名前の隣に、“ステル・エントルシア”と・・・
そう書き終わった。
書き終わった、その瞬間・・・
「カルティーヌ令嬢はインソルドで“ルル”と呼ばれていたそうですよ。」
教皇が・・・
教皇が、そう言った・・・。
「ルル・・・。」
俺はこの口から“ルル”と声を出した。
誰かの前で“ルル”の名前を出したのはインソルドを発ってから初めてのことだった。
「俺の姉も・・・姉というか母というか、そんな女も・・・ルルという名前でした。
ルルが死んでしまったから、カルティーヌは新しくルルと呼ばれていたんでしょうね。」
インソルドでは当たり前の話だった。
新しく生まれた子どもや捨てられていた子ども、その子らに死んでしまった人間の名前を付ける。
短い名前を付けるインソルドの文化では当たり前のことでもあった。
だからそう言った・・・。
“ルル”の次にルルと呼ばれていた女のことを思い浮かべながら。
さっき数日ぶりに見たカルティーヌはやっぱり太陽と間違えるくらいに輝いていた。
“ルル”の姿を必死に思い浮かべようとしていたら、向かい側に座る教皇がゆっくりと右手を伸ばしてきた。
“ルル”と書かれている拙い文字を・・・。
そして、言った。
言ってきた・・・。
「その“ルル”が、この“ルル”ですよ。
15歳の時に自身の命に代えてでも貴方を守った“ルル”が、この“ルル”ですよ。」
7
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】逆行した聖女
ウミ
恋愛
1度目の生で、取り巻き達の罪まで着せられ処刑された公爵令嬢が、逆行してやり直す。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書いた作品で、色々矛盾があります。どうか寛大な心でお読みいただけるととても嬉しいですm(_ _)m
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言
音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。
婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。
愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。
絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる