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お母さんからのその言葉にはさっきまでとは比べ物にならないくらい、泣いた。



「・・・・・・・っっ」



『お母さんが絶対に綺麗に掃除をするから大丈夫。』



「・・・・・・・っっ」



『一美がどんな場所でどんなに沢山汚してしまったとしても、お母さんはお母さんの手でそれを綺麗に掃除出来るようになる為に、お父さんと離婚をした後に増田清掃で働き始めたの。』



「・・・・・・っっ」



『一美の24歳の誕生日だった“あの日”、“中華料理屋 安部”の店長さんが一美が吐き出した物を綺麗に掃除をした姿を見てお母さんは凄く恥ずかしかったの。』



「・・・・・っっ」



『一美が吐き出した言葉も実際に吐き出した物も、お母さんは何1つ綺麗にすることが出来なかったから。』



「・・・・・っっ」



『若いけどしっかりとした、なんでも器用にこなせそうな良い子じゃない。』



お母さんからのその言葉には大きく深呼吸をして呼吸を整える。



『不器用なお父さんにも似ている所がある一美には、ああいう子が良いわよ。
お嬢様の一美が社長になったわけだし、あの子から学べることも沢山あるはずだからね。』



涙も呼吸も整えた後、私はお母さんに伝えた。



「幸治君は器用なわけではないと思う。」



『そうなの?』



「うん。」



返事をしてから空を見上げた。



「“もっと出来るだろ”って、“もっと頑張れるだろ”って、そう育てられた子・・・人だから。」



『そうなの。』



「うん、だから“普通”の24歳の男の子じゃないよ。
32歳になった私よりもずっと大人な面を持ってるし・・・」



言葉を切った後に綺麗な青空に笑った。



「でも実年齢はまだまだ若いから、子どもの気持ちにもちゃんと寄り添えるような大人の男の人。」



『そう。』



「お母さん。」



青い空から目を離し、唯斗君が運転をしている車の窓から何処までも続いていく道を見詰めた。



「誕生日プレゼントは、ベビーベッドとベビーカーとお洋服とオムツと・・・それからまた後で他にも追加させて貰う。」



『そうね・・・っ』



楽しそうに笑ったお母さんに私も笑い返した。



「でも、掃除は必要ないから。」



『え・・・?』



「分家の人間達は汚い物でも汚れでもない。
みんな私の親戚だもん。」



『そうだけど、でも・・・』



「増田社長も譲社長も元気君も、外から来たお嬢様のお母さんも、増田財閥の分家の人間達のことを本当の意味では知らない。」



加藤さんや和希、幸治君と同じように上手な運転をする唯斗君の車から目の前に広がる道を眺める。



それは何処までも続いていて、どんな道を選ぶことだって出来る。



「唯斗君も唯乃も車の運転が凄く上手なの。」



『車の運転?』



「増田社長も譲社長も、永家財閥だって使いこなせなかったうちの財閥の分家の人間達。
外から色々な情報も得られるし色々な人達とも出会えてしまって、今の分家の人間達は“普通”の心も持ち合わせてしまってる。」



「俺は全然普通じゃなく心までめっちゃお洒落だけど。」



そこについては急に突っ込んできた唯斗君に大きく笑い、私はお母さんに吐き出した。



いや、宣言をした。



「私は増田財閥の分家の女、そして今は“Koseki”の代表取締役の羽鳥一美。
分家の人間達を私の会社で全員働かせる。」



来年の1月、全国で一斉にオープンをさせる私の会社の私のアパレルブランド。



「増田財閥のこれからの繁栄と維持の為、私の会社で働いて貰う。
私の会社だって増田財閥の子会社。
みんなの時間と力は増田財閥の為に存在してる。」



「それめっちゃ良いじゃん!!」



「私達には他の人達には到底理解して貰えない絆がある。
そしてそれは、みんなで力を合わせた時には大きくて強い力になる。
増田財閥を崩壊させようとしたくらいの大きな力が。」



「まあ、秘書を含めた力だけどね!」



「お母さん。」



『なに・・・?』



「望さんの方をお願い出来る?」



『望の方?』



「うん、青さん。
青さんの弱みは望さんだから。
青さんのことをどうにか出来るのは望さんしかいない。」



『分かったっ、どうにかしてみる。』



“洗剤買ってくる”くらいの軽い返事がお母さんから聞こえ・・・



「お母さん、ありがとう。」



“ごめんね?”



謝罪の言葉は飲み込み、お礼の言葉だけを伝えた。





















そして、目の前に広がる道を眺めながら・・・



スマホの向こう側から聞こえてきた声に全ての真剣を集中させた。




















『譲社長、先ほどは社長室へ伺えず申し訳ございませんでした。
お電話でのご報告とご相談になってしまうのですが、今お時間よろしいでしょうか。』



私は歩かなければ。



どんな道でも歩かなければ。



お腹の中の赤ちゃんを守る為に。



幸治君が待っている家に帰る為に。



どんな道でも、どんな強敵と出会ってしまったとしても・・・



必ず帰る為に強く強く、歩かなければ。
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