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『何かあった?』



お母さんと暮らす家を出てから初めて電話を掛けた私に、お母さんはすぐにそう聞いてきた。



お母さんの声を電話越しに聞き、何でか凄く凄く安心して・・・



32歳にもなった私は子どものようにボロボロと泣いた。



『一緒に暮らしてた男の子の家を出たと加藤から聞いたけど。
一人暮らしを始めたんだって?
・・・あ、一人じゃないか、桜とブタ・・・ブタ吉だっけ?も一緒か。』



「ブタネコ之助・・・・っっ」



『一美は昔から名付けのセンスと音楽のセンスがないわよね。』



「あと私・・・・・腹筋も出来なかった・・・・っ」



『それはお母さんも知らなかった。』



お母さんがクスクスと笑う声を聞き、流れていた涙を幸治君からプレゼントで貰ったタオルハンカチで拭った。



そしてそのタオルハンカチを唇につけ・・・



そのまま、吐き出した。



止まりかけていた涙をボロボロとまた流しながら吐き出した。



「おかあさん・・・・っ私、わたし・・・・妊娠しちゃった・・・・・・っっ」



お母さんにそのことを吐き出すと、妊娠してから初めてここまで心が軽くなった。



凄く凄く怖かったけれど、和希と電話で話した時よりもずっとずっと心が軽くなった。



「避妊・・・っちゃんとしてた・・・けど、失敗しちゃって・・・・・っ」



言い訳の言葉も吐き出し、それから・・・



それから・・・



「ごめんなさい・・・・・・っっ」



謝罪の言葉も吐き出した。



「ごめんなさい、お母さん・・・・・っっ」



何度でも謝罪の言葉を吐き出す。



「“小関一美”の過去を持つ“羽鳥一美”として、財閥の分家の人間として生きたいって“あの日”・・・私の24歳の誕生日だった“あの日”、言ったのに・・・っっ」



お父さんとお母さんが離婚し、私は“羽鳥一美”となった。
それでも私は財閥の分家の女として生きていきたいと思った。



だって、それが小関の“家”の務めで・・・



お父さんの務めで・・・



そして私の務めでもある。



「私はお父さんのこともお母さんのことも大好きで・・・・っっ。
分家の家の女として生まれて苦しいことも大変なことも沢山あって、きっと実は凄く嫌だと思っていたことも沢山あっただろうけど、それでも私は小関の“家”に生まれたことを後悔したことはなくて・・・っっ。」



『・・・・・・・。』



「“ただの羽鳥一美”として生きる選択も出来たのに、私はそれを選びたくはなかった・・・・・っっ。
私は逃げたくなかった・・・・・っっ。」



『・・・・・・・。』



「私は、小関の“家”を継ぐことになったお父さんと、そのお父さんと政略結婚だけど結婚した“羽鳥のお嬢様”であるお母さん、その2人の間に生まれた子どもなの・・・っっ。」



『・・・・・・。』



「私は生粋の・・・・本物のお嬢様なの・・・・・っっ。」



『・・・・・・。』



「綺麗で正しく生きなければいけないお嬢様なの・・・。」



『・・・・・・。』



「それが私なの・・・。」



『・・・・・・。』



「それが私だったの・・・。」



『・・・・・・。』



「増田財閥の本家の人間を支え、本家の人間の為に動く。
そしてそういう子どもを産みそういう子どもを育てることが私の務めなの。」



『・・・・・・。』



止まってきた涙を最後にまた幸治君から貰ったタオルハンカチで拭い、吐き出した。



「それなのに私は“いけないコト”をしちゃった。
小関以外の分家が機能していないどころか、まだまだ本家に不満を持っているこのタイミングで・・・。
青さんまで動きだしているこのタイミングで・・・。」



『・・・・・・・。』



「本家から優遇されている小関の“家”の長女が結婚もしていないのに妊娠をした。」



『・・・・・・。』



「それが分家の人間達を悪い方へ動かす最後の動機になるかもしれない。」



『・・・・・・。』



「またうちの財閥を崩壊させようとするキッカケになるかもしれない。」



『・・・・・・。』



「社長も譲社長もうちの財閥のことなんてどうなっても良いと思っているはずだから。」



『・・・・・。』



「元気君がまだトップに立てていないうちの財閥はそこまで“元気”になれていない。」



何も言わないお母さんにまた謝る。



「ごめんなさい・・・。」



何度でも謝る。



「私、“いけないコト”をしちゃった。
凄く・・・凄く、“いけないコト”をしちゃった・・・。
ごめんなさい・・・。」



また涙がボロボロと流れた。



子どものように流れた。



子どもの時だってこんなに泣いたことなんてないのに、流れた。



私の24歳の誕生日だった“あの日”のように泣き、そして“あの日”のように気持ち悪くなってきた。



“吐きそう”



そう思って慌てた時・・・



『一美。』



スマホの向こう側からお母さんが私の名前を呼んだ。



そして・・・



『誕生日プレゼントは何が欲しい?』



そんなことを聞いてきて・・・



『25歳から32歳までの分があるから何でも買えるからね。』



お母さんが今、私の誕生日プレゼントの話なんかをしてきて・・・



『一美は何も心配しないで元気な赤ちゃんを産みなさい。』



そう言った。
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