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“シャボン玉貰いました!!”
松戸先生と福富さんの所から戻ってきた幸治君はシャボン玉1つと吹き口1本を私に見せ、凄く嬉しそうに笑っていた。



松戸先生と福富さんがいた場所よりも遠くへと歩き、2人が見えない場所に敷いてくれたレジャーシートにゆっくりと座る。



「いいの・・・?」



「何が?」



「松戸先生と福富さん・・・。」



「あ~・・・この前福富に振られたって大騒ぎしてたのに、まだ独占するつもりみたいですね。
まあ、嫌なら福富は断れる奴なんでいいんじゃないっすか?」



「そうじゃなくて、松戸先生と福富さんの近くじゃなくてよかったの?」



聞いた私に幸治君は大きく顔をしかめた。



「休日なうえに一美さんとデートをしてる時に何が嬉しくてあの人の顔を見なきゃいけねーんだよ、マジで無理。」



「そうじゃなくて・・・」



“幸治君も福富さんと一緒にいたいんじゃない?”



あんなに嬉しそうに福富さんの名前を呼んだ幸治君にそのことを聞くのが“怖い”と思う。



私のことだけではなく“家族”のことを深く愛してくれている幸治君のことを置いて、私はあの家を今日出ていく。



これから先の未来で幸治君が福富さんと“何か”があるかもしれないと思っても、それに私が“苦しい”なんて思って良いような綺麗で正しいことなんてしないのに、こんなにも“苦しい”と思ってしまう。



「あ"~~~~っ、すげー気持ち良い~~!!!」



幸治君はレジャーシートに寝転がり、初めて聞くような声でそう言った。



「空と緑しか見えない!!!」



太陽の光りに照らされた交渉君がキラキラと輝く顔で私の方を見た。



「あ、嘘です。
空と緑と一美さんと子ども達も見えます。」



「うん・・・。」



「一美さん、やっぱり凄く綺麗ですね。」



お化粧もせず髪の毛もセットしていない私のことを幸治君が“やっぱり”と言って、幸せそうに目を細めた。



「空と緑の中に子どもと一緒にいる一美さん、死ぬほど綺麗。」



幸せそうに笑う幸治君のことを泣きそうになりながら見下ろしていると、幸治君の片手が私の方に伸びてきて・・・



「一美さんもおいで。
寝っ転がるとすげー気持ち良いから。」



そんな魅力的な言葉を掛けてくれたけれど、私は涙を流しながら首を横に振った。



「シミが出来そ~・・・・。」



「10月なのに日焼け止めちゃんと塗ってたじゃん!!」



「日焼け止めは1年中塗らないといけないの~・・・」



「お嬢様マジで大変っすね!!」



「お嬢様じゃなくても女なら多くの人がそうしてるの~・・・」



自分でもよく分からないけれど涙が凄く流れてくる。
シミ1つで私の心はこんなにも不安定になっていて、これから先の未来のことがもっと不安になってくる。



凄く凄く怖くなってくる。



怖くて泣き続ける私に、幸治君は何故か意地悪な顔で笑っていて・・・



「俺、一美さんにシミが出来るのも楽しみなんですけど。」



私のシミを“楽しみ”と言ってくる幸治君には泣きながら首を傾げる。



「ムダ毛が生えてる一美さんの姿を見ることが出来なかった分、シミが出来た顔は絶対に見たい。」



「・・・なにそれぇ~!」



「シミ取りする前に絶対俺に見せてくださいよ?」



「シミなんて絶対に見せたくないよ!」



「見せてください、俺楽しみにしてるので。」



幸治君が私の左手を取り、私の薬指についている婚約指輪と結婚指輪に優しく触れた。



「今よりもお姉さんになった一美さんの姿、俺すげー楽しみにしてるので。」



今日あの家を出ていく私に、幸治君はそんな言葉を渡してくれる。



それにはやっぱり涙を流しながら、でも必死に笑顔を作った。



「幸治君がうちの財閥の担当になる頃には私はシミだらけかもね。」



“その時、“いけないコト”をしてしまった私がまだ財閥に残れているか分からないけれど。”



“怖い”と思う色んな未来を思い浮かべそうになった時・・・



「・・・キャッ・・・・・っっ」



一瞬だけ起き上がった幸治君が私の身体を抱き締め、そのまま幸治君の上半身の上に寝かされた。



「シミが出来る前に迎えに行きますから。」



気持ち良い風を感じながら、爽やかな自然の匂いを嗅ぎながら、少しだけ眩しい太陽の光りに目を細める。



「すぐに迎えに行きますから。」



幸治君のしっかりとした身体に抱き締められながら、“苦しい”と思う気持ちの中でそんな言葉を渡される。



“迎えに来たらダメだよ。”



そう返事をしようとしたけれど、私の口からは何も吐き出すことが出来なかった。



青い空がとても綺麗で。



優しく吹く風がとても気持ち良くて。



静かに揺れる沢山の緑が太陽の光りでキラキラと輝いていて。



だから私は幸治君に何も吐き出せないまま、幸治君に抱き締められ続けてしまった。
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