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おかしいと思っていた。
いくらワンスターエージェントが欲しいからといって、譲社長が望さんのことを使ってきたことが。
望さんのことを“普通”なら使えるとは思わない。



「お兄ちゃんが譲社長に望さんを使うように言ったの?」



私の問い掛けにお兄ちゃんは凄く怒った顔になった。



「“使う”なんてことは言ってない。」



「じゃあ何て言ったの?」



「俺の友達だった青の弱味を聞かれた。
だから“望”だと答えた。」



「青さんの弱味は望さんなの?」



「あいつは昔から“普通”ではなかった。
あんな私立のお坊っちゃま高校に外部生として入学してきた時から鎌田と目立っていた。
“成金の息子”なんてバカにされていたけど、青と鎌田はそいつらのことを“可哀想な金持ちの息子”と言って嘲笑ってた。」



お兄ちゃんはどこか懐かしい目で私よりも遠くを見てくる。



「俺のことを“増田の人間”として見なかった初めての奴だった。
俺のことをただの小関一平として青も鎌田も見てくれた。」



「そっか・・・うん、分かるよ。」



「でも、うちは“普通”じゃない。
うちは“普通”ではないからさ・・・。」



「うん、分かるよ。」



「妹の一美の部屋があんなに遠くに位置されているくらい、うちは“普通”ではないから。」



「「きょうだいでセックスをしないように。」」



お兄ちゃんと私の言葉が重なり、2人で同じような顔で笑った。



「兄妹でそんなことするわけないだろ。」



「でも大昔に他の分家で起きた。
うちは“普通”ではないから。
それを分かり合えるのはきょうだいになってしまう。」



「だから“秘書”という存在を設けた。
きょうだいで間違いが起きてしまうと子孫を残せない。
“秘書”との間違いの方が子孫は出来る。」



「“秘書”が初体験だった分家の女の子達、何人かいるよ。
“初めては好きな人と”って言って、“いけないコト”をしてた。」



「男の方だって何人かいた。
色んな間違いが起きる度に分家の“家”としてのきまりが厳しくなっていった。
そしてそのきまりの中で“秘書”とのセックスは禁止された。」



「“秘書”はセックスや結婚で結ばれなくても元々“家”と深く結ばれているからね。
“外”の力を取り入れていく必要がある中で“秘書”とのそういう関係は禁じられた。」



私の言葉にお兄ちゃんは深く頷き、それから悲しそうに笑った。



「俺は望に・・・望さんに何も渡せなかった。」



いつからかお兄ちゃんは望さんのことを“望”ではなく“望さん”と呼ぶようになった。



「うん、仕方ないよ。
望さんは秘書としての適正が少し低い。
お兄ちゃんが何かを渡していたら望さんが可哀想なことになってたと思う。」



「渡さなくても可哀想だったよ。
望さんはずっと可哀想なままだよ。」



「お兄ちゃんと青さんの喧嘩の原因は望さんなの?」



聞いた私にお兄ちゃんは頷くことはしない。



「青はああ見えて優しい奴なんだ。
あんな青が唯一弱くなるのはいつだって望さんにだけだった。」



「青さん、望さんのことが好きだったの?」



「そういうのとは違ったと思う。
でも望さんがあまりにも可哀想だったから。」



お兄ちゃんは悲しそうな顔で笑い続けたまま続きを言う。



「青は望さんだけには弱くなる。
あんなにとんがってる青が、望さんにだけはどうしても弱くなるんだ。」



「可哀想だからっていう理由で、望さんは可哀想だと思わないの・・・?」



「思うよ。でも・・・」



お兄ちゃんが私のことを真っ直ぐと見詰める。



「こんな家に生まれてしまった望さんが可哀想なのは事実だから。
その事実をちゃんと分かって、それでも動こうとして、そして今でも俺のことを許さないでいてくれる青しかいないよね。」



お兄ちゃんから受け取った結婚式の招待状を持つ両手に自然と力が入る。



「望さんの相手は青以外考えられない。
昔から青以外は考えられなかったけど、昔からそれが凄く嫌だった。」



お兄ちゃんが吹っ切れたような顔で笑った。



「青も俺のことが大嫌いだろうけど、俺だって青のことは大嫌いだよ。
望さんのことを全力で可愛がれる青のことが昔から大嫌いで仕方なかった。」



吹っ切れた顔で笑うお兄ちゃんのことを見上げながら聞いた。



「貴子さんは望さんのことを知ってるの?」



「全部知ってるよ。
でも貴子はあの翔子さんが育てた女の子だからね。
俺の方がもはや“女子”で貴子の方が“男子”だよ。
めちゃくちゃ強すぎて増田財閥の分家の男である俺なんかでは太刀打ち出来ない。
尻を叩いてくる年下の姉さん女房だよ。」



「鎌田さんが言ってたけど、お兄ちゃんってM要素があるみたいだから良かったね?」



「あいつらがS過ぎるだけで俺は“普通”だよ?」



幸せそうに笑うお兄ちゃんが私のことを優しい顔で見下ろした。



「詳しくは聞いてないけど、あの和希の審査を通過した男と会える日を楽しみにしてる。」



そう言ってきたお兄ちゃんに初めて文句を言う。



「知ってたなら教えてよ!!」



「気付いてなかったのか?
俺達が異性と一緒に住むなんて“普通”なら出来ないのに。
・・・あ、ならソっちゃんのことは知ってる?
今経理部に出向してきてる園江さん、望さんの友達だよ?」



「それは知ってる・・・。
“いけないコト”までしてしまったくらいに知ってる・・・。
ソっちゃん、格好良すぎて大変だよ。」



少しだけシワになってしまった招待状を綺麗に伸ばしながらお兄ちゃんと2人で笑い合った。



一緒の家に住んでいたのにお兄ちゃんの上半身も見たことがないくらい、私達は“普通”の兄妹ではなかった。



今日初めて、私はお兄ちゃんの本当の妹になれた気がした。



「今まで知らなかったけど、一美って結構Sなんだね。」







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