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定時後、また久しぶりになってしまった鎌田さんの美容院に来た。



「毎年必ず新年度が始まる前に来るのに今年は来ないから、心配してたのよ~?」



鎌田さんが椅子に座ったばかりの私の髪の毛を確認しながらそう言ってくる。
私は鎌田さんのことを鏡越しに見ながら聞いた。



「この前ここでお会いした男性、あの方は星野青さんですよね?」



「そうよ、青君。
あの時自己紹介してたかしら?」



「後日別件がありまして、他の人からあの方が青さんだと聞きました。」



幸治君のことを思い浮かべ、そして幸治君と青さんが知り合いなことも考えたうえで私は鎌田さんに言った。
幸治君が言うには青さんはお兄ちゃんと何かがあったようなので、お兄ちゃんに幸治君と私のことは言わないであろうと予想しながら。



「私、羽鳥という名字ですけど昔は小関という名字でした。」



鏡越しに私のことを見てきた鎌田さんの目に初めて鋭さを持ったことを確認し、私は鎌田さんに笑いかける。



「私は小関一平の妹です。」



「一平の・・・妹・・・。」



社会人になり会社から通いやすい美容院に変えようとした際、ここの美容院をすすめてくれたのはお兄ちゃんだった。
自分は違う美容院に通っていたにも関わらず。



どこをどう見ても“男性”としか思えないような雰囲気になった鎌田さんが私のことを見詰め、それから自然に笑いながら視線を逸らした。



「あいつ、自分の妹の名前も言わなければ写真も絶対に見せなかったからな。」



「青さんと中学生の頃からのお友達のようでしたので、もしかしてと思って。
やっぱり兄ともお知り合いですか?」



「うん、高校から一緒。
俺と青は高校からの外部生。」



「・・・いつも演技をされていたんですね?
普通に男性だったんですね。」



「ほら、俺って見た目が美しすぎて女の客がほっといてくれないから。」



「そうなるかもしれませんね。」



「一平の妹だって分かったから普通に言っていい?」



「はい。」



「白髪出てきたよ。」



「えぇぇ・・・・!!!?」



予想外の言葉にそんなリアクションを取ると、鎌田さんは楽しそうに笑った。



「ヤバいね、めっちゃ可愛い。
いつもの澄ました顔よりすげー良い。
一平が俺らに絶対会わせないようにしてたの納得。」



「・・・嘘ですか?」



「いや、白髪は本当。」



「えぇ・・・もう本当にオバサン・・・どうしよう・・・。」



「分け目らへんに少し出てきただけだからヘアマニキュアで全然大丈夫だけど、この際だから少し明るくしてみる?
そっちの方が伸びてきた時に分かりにくいし・・・」



鎌田さんが言葉を切った後に鏡越しで私のことを絶対に“そういう目”で見てきた。



「俺が一美ちゃんのことをもっと綺麗にしてあげる。」



それには少しだけドキッとしたけれど・・・



「はい、お願いします。」



普通に笑いながらお願いをすると、鎌田さんが大きく笑った。



「一美ちゃんってMじゃなかったか!!
絶対Mかなと思ってたんだけど!!」



「自分ではそういうのは分かりません。」



「青は分かってたな、一美ちゃんがMじゃないって。
シャンプー行こうか。」



立ち上がりシャンプー台へと歩いていくと、鎌田さんが優しい声で聞いてきた。



「一平、元気?
青から一平が結婚したことだけは聞いた。」



「鎌田さんも兄と会っていないんですか?」



「うん、青と一平が大喧嘩してるから。
俺は青側っていうわけではないけど、俺も一平にちょっと意見を言ったからそれから疎遠になった。」



「兄とは雑談みたいなことをあまりしないので、お友達とそんなことになっているとは知りませんでした。」



シャンプー台の椅子がゆっくりと動いていき、完全に仰向けになった。



鎌田さんは私のことを見下ろしながらまた“そういう目”で見てくる。



「年下の男がタイプなんだっけ?
年上とは付き合ったことないの?」



「私は誰ともお付き合いは出来ません。」



「一平もそうだったけど、一美ちゃんもそうなの?
結婚もしてないのに一平と名字が違うってことは親の離婚だよね。
それでも一美ちゃんも一平みたいな生き方なの?」



「はい。」



短く返事をした私に鎌田さんは少し驚き、私の顔に白い布を掛けた。



「確かに全然Mじゃないな。
なんなら一平の方がM要素あったくらい。」



鎌田さんが楽しそうに笑いながらシャワーのお湯を出した。



そのお湯の音を聞きながら鎌田さんに聞いた。



「兄と青さんの喧嘩の理由はご存知ですか?」



譲社長は青さんの会社を欲しがっている。
それは増田財閥だけではなく永家財閥までもが。



「兄と青さんは大学時代に一緒に会社を立ち上げたくらいの仲だったはずです。」



お兄ちゃんの妹としてではなく増田財閥の分家の女として聞く。



「兄が何かしてしまいましたか?」



青さんとお兄ちゃんの仲が修復出来れば青さんは増田財閥を選ぶかもしれない。
そう思いながら聞いた時、私の頭に温かいシャワーが掛けられた。



「一平は何もしてないよ。」



「何もしてないんですか?」



「うん、何もしてない。」



「じゃあ、どうして・・・。」



「何もしてないから青が怒った。」



「兄はお仕事をしていなかったんですか?」



「仕事はめちゃくちゃしてた。」



「え、じゃあ・・・」



私の髪の毛をシャンプーで泡立て始めた鎌田さんが静かな声で続けた。



「財閥の分野の人間の思考は俺らには到底理解出来るものじゃない。
青はさ、ああ見えて優しい奴だから。」



私の髪の毛を優しく洗っていく鎌田さんが小さく呟いた。



「俺は平民だからさ。
一平の優しさよりも青の優しさの方が好きだよ。」



鎌田さんの優しい優しい声はシャワーの音で聞こえにくかったけれど、確かに聞こえた。



「きっと望ちゃんにとっても、青の優しさの方が好きだったと思うよ。」
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