【完】秋の夜長に見る恋の夢

Bu-cha

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最後にもう1度振り返った私を、武蔵は一瞬だけ驚いた顔をして見ていた。
でも、一瞬だけ。
すぐにいつも通りの優しい笑顔に戻った。



なかった・・・。



やっぱり、恋の色なんてなかった・・・。



武蔵の目に、恋の色なんてなかった・・・。



そう思っていた私に・・・



武蔵が、握り締めた右手を伸ばしてきた。



そんなことは初めてで、それには不思議に思い・・・。
不思議に思いながらも左手を武蔵の右手に引き寄せられるように伸ばした・・・。



そしたら、武蔵が・・・



私の左手の手の平に、何かを落とした・・・。



何かを落とした・・・。



その瞬間・・・



チリン─....と、儚く小さな音が鳴った・・・。



驚き見てみると・・・



丸い鈴・・・桜の花の柄になっている鈴が・・・。



武蔵のこの屋敷の鍵に付いているのと同じ桜の鈴が・・・。



「武蔵の・・・?」



「小町の。」



「開運の・・・。」



「うん。」



それには苦笑いで・・・。
私と結婚なんてしたくないと思っている武蔵から、開運守りを貰ってしまった。



初めて武蔵にもらった物が、こんなタイミングで開運守りになった・・・。



こんな物いらないのに・・・。



こんなよく意味の分からない物なんて、いらないのに・・・。



でもそれ以上に・・・
武蔵から初めて物を貰ったという事実に喜んでしまっている。



喜んでしまっている・・・。



そんな自分に小さく笑いながら、鞄から“私だけの屋敷”の鍵を取り出した。



そして、そこに武蔵から貰った桜の鈴のストラップを付けた・・・。



武蔵の前で付けた・・・。



鍵を持ち上げ、武蔵に桜の鈴のストラップを見せる。



「お互い少しでも開運するといいね。」



「うん。」



“私だけの屋敷”の鍵に付いた桜の鈴を見て、武蔵が優しい笑顔で笑っている。



武蔵にとって、何が開運なのか。
婚約者でなくなることが開運なのか。



そう考えながら、この大きな屋敷に残る私の婚約者である武蔵に笑い掛けた。
次にこの屋敷で会う時は結婚する時。
来年の立冬の日、武蔵と私は結婚する。



「武蔵、ごめんね。」



可愛く笑えているか・・・。
小池さんみたいに可愛く笑えているか・・・。



分からないけど、武蔵に笑って謝った。



武蔵の眼鏡の奥の目は、小さくだけど揺れていた・・・。



そんな武蔵に背中を向けてこの屋敷の扉を出た。



幕を下ろした。



幕をやっと下ろした。



空回りだけだった恋の芝居の幕をやっと下ろした。



観客がいたとしたら、私の芝居に全員が笑っていたと思う。



それくらい酷い恋の芝居だったから。



やっと幕を下ろせた。



そして、逃げた。



私は逃げた。



武蔵から逃げた。



もう降参して、逃げた。



枯れ果てた目から何も出てこなかった。



その代わり・・・



手に持った“私だけの屋敷”の鍵からは・・・



チリン─....と、儚く小さな音が鳴っていた・・・。
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