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しおりを挟む「レイヴェン様」
手を握ると、前を歩く愛しい人が振り向く。彼の美しい目に私の姿が映り込むだけで、胸が脈を打った。
「どうしました、レイアーラ」
私の顔を覗きこんで微笑む彼に、ついつい口に手を当てて見とれてしまう。レイヴェン様のお顔は宮殿にあるどの美青年の彫像よりも、この国に住むどの殿方よりも遥かに麗しい。
「レイヴェン様の故郷……東部はどのような場所なのですか? もしよろしければ教えていただけませんか?」
世間知らずの私がどのようなことを言ってもレイヴェン様は微笑んでくださる。その優しさにまた、私の胸が痛みを訴えかけてきます。
「東部も、ここと同じです」
顔を上げましたら、レイヴェン様は可愛らしく笑いかけてくださいました。
「私が田舎者だからそう思うのかもしれませんが、東部も中央も――同じように思えるのです」
端整な顔立ちが、遠い地を想って柔らかくなっていく。
「東にいた頃は、ユゥラ川を見ては中央に行くことを夢見ていました。ああ、この川の先に中央があるのだと。そう思い続けていました」
一刻も早くあなたに会いたくてと言われ、私は泣きそうになってしまいましたわ。だって、レイヴェン様はいつも私が欲しいと思っている言葉をくださるものですから。
「レイヴェン様、私…その」
「いつか見に行きましょう。あなたと私とーー二人で」
首を傾げながら手を差し出され、笑顔で手を重ねる。そう、二人でならばどこまでも行けるでしょう。
「……準備はいいの」
馬車が待ってるよと後ろから声を掛けられ、私は「ごめんなさい」と口にする。
「ありがとう、エドワード様」
「礼を言われるようなことをした覚えはないよ」
そもそもが二人の普段の行いが悪ければ民衆に裁かれていただろうし、僕も支援する気が起こらなかったからねと率直に言われて苦笑いをしてしまう。
「レイヴェン・バスティスグラン。二度はない」
そう言って、レイヴェン様の胸元に指を押し当てて下から覗きこむ。
「次の失敗は許さない。そんな間抜けがあの人の傍にいていいはずがないからね」
彼の言葉は重苦しくて、地面に沈み込んでしまいそうになる。過ちを犯したのは私も同じなのですから。
「重々、承知しております。次は違えません」
「ふぅん……その言葉が嘘にならないよう、精々頑張りなよ」
よく見る笑顔ではなく、皮肉な冷笑に私が言われたのではないのに顔が強張ってしまう。
「エンパイア公子。ついでに申し訳ないんですが、これを妹に渡してくれませんか?」
「なに。妙な動きをしない方がいいと思うけど……余計に怪しまれるよ」
分かっていますとレイヴェン様が穏やかに微笑む。
「ですが、妹が楽しみに待っているんです」
お願いしますと両手で差し出されたそれをエドワード様が冷ややかに見下ろす。「なに、これ」「見れば分かります」そのような会話を経て受け取ったエドワード様が封筒の中を見る。
「なにこれ」
中を見て、すぐさま顔を上げたエドワード様に、レイヴェン様がお願いしますと笑う。中身はシュウ様から買われたいつもの品でしょう……驚くのも仕方がありませんわ。
「意味が分からないけど、分かった。渡しておくよ」
お前たちももう行った方がいいとエドワード様が離れていく。あっと声を出すと、彼は振り向かずに「なに」と訊いてくれました。愛想がないだけで、昔から優しい子なのです。
「あの子は……元気でしたか?」
誰とは言えない私に、それでも察してくれたエドワード様は「……うん」と頷いた。
「元気だったよ」
私の肩にレイヴェン様が手を置いて、行きましょうと先を促される。後ろ髪を引かれるような想いがありましたが、それでも歩いていきます。馬車の扉を開き、手を差し出してくださるレイヴェン様。
幸せにならなくとも、この人となら支え合って生きていけると信じております。
棒でも入っているかのように真っ直ぐ背を伸ばして歩く、燃えるような赤髪の女。
彼女の横につけた馬車の扉を開けると、あからさまに嫌そうな顔をされる。眉尻が上がっていて、目を怒らせてこちらを見る女の刺殺しそうな顔。人から誤解を受けそうだと思いながらも早く乗ってと促す。
先に命じておいた通り、馬車は適当に街を走る。
「お前の兄から」
レイヴェンから預かってきた封筒をアーマーに差し出すと、彼女の頬に血色が宿る。全く、馬車という密室でこんな怪しく見えるやり取りをするなんて冗談ではないとエドワードは嘆息した。
「ありがとうございます、寿命が助かりました!」
腕を組んだまま平静を装っていたエドワードだが、アーマーの言葉を聞いて内心首を傾げる。何故なら、彼女に渡した封筒に入っているのは各地様々なおじさんだったからだ。中にはシュウ・ブラッドやシルベリア・レストリエッジの写真もあったが、大半はおじさんや冴えない青年ばかり。
そんな物で命が助かるとは変な少女だとエドワードは呆れた。
「ああ、説明しないと分かりませんよね」
だが合点がいったようなアーマーが封筒の中から写真を取りだして「見てください」と隣にやって来る。そして一枚一枚のどこにいるかを説明をしてくれた。
最初は目を僅かに大きくさせて驚いていたエドワードだったが、次第に顎に手を置いて体を彼女の方に傾けていく。真剣みを帯びてきた二人は、全て見終わるとまた最初の一枚に戻った。
「あ、この顔可愛いね」
「その写真はこっちと繋がってるんです」
見てくださいと捲って探した写真を二枚並べたアーマーに、エドワードは「へえ……ああ、そういうこと」と小さく頷く。
「この写真ではミスティア大佐の足元に視線がいっているんですが」
「大佐じゃなくて猫を見てたんだね」
くすりと笑うエドワードに、アーマーはこっちはと別の写真を見せる。一しきり堪能して封筒に写真をしまい込んだアーマーを横目に息を吐く。
「よく気が付いたね」
「はい。こういうのが楽しいので!」
隠しエディス様探し、趣味なんですと誇らしげに胸を張るアーマーに、エドワードはふうんと顎を上げる。
「正直期待していなかったんだけど、君とは楽しく話ができそうだ」
手を握ると、前を歩く愛しい人が振り向く。彼の美しい目に私の姿が映り込むだけで、胸が脈を打った。
「どうしました、レイアーラ」
私の顔を覗きこんで微笑む彼に、ついつい口に手を当てて見とれてしまう。レイヴェン様のお顔は宮殿にあるどの美青年の彫像よりも、この国に住むどの殿方よりも遥かに麗しい。
「レイヴェン様の故郷……東部はどのような場所なのですか? もしよろしければ教えていただけませんか?」
世間知らずの私がどのようなことを言ってもレイヴェン様は微笑んでくださる。その優しさにまた、私の胸が痛みを訴えかけてきます。
「東部も、ここと同じです」
顔を上げましたら、レイヴェン様は可愛らしく笑いかけてくださいました。
「私が田舎者だからそう思うのかもしれませんが、東部も中央も――同じように思えるのです」
端整な顔立ちが、遠い地を想って柔らかくなっていく。
「東にいた頃は、ユゥラ川を見ては中央に行くことを夢見ていました。ああ、この川の先に中央があるのだと。そう思い続けていました」
一刻も早くあなたに会いたくてと言われ、私は泣きそうになってしまいましたわ。だって、レイヴェン様はいつも私が欲しいと思っている言葉をくださるものですから。
「レイヴェン様、私…その」
「いつか見に行きましょう。あなたと私とーー二人で」
首を傾げながら手を差し出され、笑顔で手を重ねる。そう、二人でならばどこまでも行けるでしょう。
「……準備はいいの」
馬車が待ってるよと後ろから声を掛けられ、私は「ごめんなさい」と口にする。
「ありがとう、エドワード様」
「礼を言われるようなことをした覚えはないよ」
そもそもが二人の普段の行いが悪ければ民衆に裁かれていただろうし、僕も支援する気が起こらなかったからねと率直に言われて苦笑いをしてしまう。
「レイヴェン・バスティスグラン。二度はない」
そう言って、レイヴェン様の胸元に指を押し当てて下から覗きこむ。
「次の失敗は許さない。そんな間抜けがあの人の傍にいていいはずがないからね」
彼の言葉は重苦しくて、地面に沈み込んでしまいそうになる。過ちを犯したのは私も同じなのですから。
「重々、承知しております。次は違えません」
「ふぅん……その言葉が嘘にならないよう、精々頑張りなよ」
よく見る笑顔ではなく、皮肉な冷笑に私が言われたのではないのに顔が強張ってしまう。
「エンパイア公子。ついでに申し訳ないんですが、これを妹に渡してくれませんか?」
「なに。妙な動きをしない方がいいと思うけど……余計に怪しまれるよ」
分かっていますとレイヴェン様が穏やかに微笑む。
「ですが、妹が楽しみに待っているんです」
お願いしますと両手で差し出されたそれをエドワード様が冷ややかに見下ろす。「なに、これ」「見れば分かります」そのような会話を経て受け取ったエドワード様が封筒の中を見る。
「なにこれ」
中を見て、すぐさま顔を上げたエドワード様に、レイヴェン様がお願いしますと笑う。中身はシュウ様から買われたいつもの品でしょう……驚くのも仕方がありませんわ。
「意味が分からないけど、分かった。渡しておくよ」
お前たちももう行った方がいいとエドワード様が離れていく。あっと声を出すと、彼は振り向かずに「なに」と訊いてくれました。愛想がないだけで、昔から優しい子なのです。
「あの子は……元気でしたか?」
誰とは言えない私に、それでも察してくれたエドワード様は「……うん」と頷いた。
「元気だったよ」
私の肩にレイヴェン様が手を置いて、行きましょうと先を促される。後ろ髪を引かれるような想いがありましたが、それでも歩いていきます。馬車の扉を開き、手を差し出してくださるレイヴェン様。
幸せにならなくとも、この人となら支え合って生きていけると信じております。
棒でも入っているかのように真っ直ぐ背を伸ばして歩く、燃えるような赤髪の女。
彼女の横につけた馬車の扉を開けると、あからさまに嫌そうな顔をされる。眉尻が上がっていて、目を怒らせてこちらを見る女の刺殺しそうな顔。人から誤解を受けそうだと思いながらも早く乗ってと促す。
先に命じておいた通り、馬車は適当に街を走る。
「お前の兄から」
レイヴェンから預かってきた封筒をアーマーに差し出すと、彼女の頬に血色が宿る。全く、馬車という密室でこんな怪しく見えるやり取りをするなんて冗談ではないとエドワードは嘆息した。
「ありがとうございます、寿命が助かりました!」
腕を組んだまま平静を装っていたエドワードだが、アーマーの言葉を聞いて内心首を傾げる。何故なら、彼女に渡した封筒に入っているのは各地様々なおじさんだったからだ。中にはシュウ・ブラッドやシルベリア・レストリエッジの写真もあったが、大半はおじさんや冴えない青年ばかり。
そんな物で命が助かるとは変な少女だとエドワードは呆れた。
「ああ、説明しないと分かりませんよね」
だが合点がいったようなアーマーが封筒の中から写真を取りだして「見てください」と隣にやって来る。そして一枚一枚のどこにいるかを説明をしてくれた。
最初は目を僅かに大きくさせて驚いていたエドワードだったが、次第に顎に手を置いて体を彼女の方に傾けていく。真剣みを帯びてきた二人は、全て見終わるとまた最初の一枚に戻った。
「あ、この顔可愛いね」
「その写真はこっちと繋がってるんです」
見てくださいと捲って探した写真を二枚並べたアーマーに、エドワードは「へえ……ああ、そういうこと」と小さく頷く。
「この写真ではミスティア大佐の足元に視線がいっているんですが」
「大佐じゃなくて猫を見てたんだね」
くすりと笑うエドワードに、アーマーはこっちはと別の写真を見せる。一しきり堪能して封筒に写真をしまい込んだアーマーを横目に息を吐く。
「よく気が付いたね」
「はい。こういうのが楽しいので!」
隠しエディス様探し、趣味なんですと誇らしげに胸を張るアーマーに、エドワードはふうんと顎を上げる。
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