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そう答えた私に、朝人は私を真っ直ぐと見詰めたまま小さく何度も頷いた。



「今までご馳走さま。
すげー旨かった。」



「うん。」



「千寿子はどうだった?」



「何が?」



「どっちが上手かった?」



「旨いって?」



私が聞くと朝人は私のことをバカにしたような顔で笑った。



「忘れてんじゃん。
俺は忘れてないのに。
忘れることなんて出来なかったのに。」



「何を?私何か忘れてた?」



「俺だけが覚えてればいい。
千寿子は一生忘れてろ、その方がいい。」



朝人がそんなことを言って、またゆっくりと私に背中を向けた。



そして歩き出した朝人の背中を眺め・・・



私は思わず声を掛けた。



「朝人!家こっちでしょ?」



あの立派なマンションとは反対に向かった朝人に声を掛けると、朝人はゆっくりと立ち止まり小さく笑った声が聞こえてきた。



それからまた私の方を向いてきて、その顔は悲しそうな顔をしていた。



「25歳の時に戻りたいと思ったら、無意識にアパートがあった方に歩いてた。」



「25歳の時に戻りたいの?」



「戻りたい。
生まれ変わるんじゃなくて戻りたい。」



「そうなんだ?
私は高校1年生の時に戻りたくないけどな。」



「うん、お前はそのままでいいよ。
千寿子。」



「何?」



「お前には見せたことなかったけど、俺25の時なんてマジで格好良かったから。」



「何の自慢?キモいんだけど。」



「いや、マジで。
お前が働いてるあのデカイ会社、そこの奴らの中でも断トツで格好良かった自信しかねーから。」



「はいはい、過去の栄光ね。」



今でも充分過ぎるほど格好良い見た目の朝人の自慢にはムカつきながらも答えた。



「朝人だけが25歳に戻れてたら、付き合えて結婚も出来たかもね。」



結婚願望も出産願望もないと言っていた佐伯さん。
その佐伯さんを思い浮かべながら言うと、朝人はめちゃくちゃ苦しそうに笑った。



「俺があと10年遅く生まれてたら絶対に口説きまくってた!!!
千寿子にも見せておけばよかった!!!
1度でもちゃんとした格好でお前に会いに行けばよかった!!!」



「うん、見ておけばよかった。」



そしたら“あの日”、朝人のことを好きだったと気付くこともなかったと思うから。



こんな無謀で虚しいだけの恋をしないで済んだかもしれないから。



「もうオジサンなんだから早く寝なね!!
明日何してんの?」



「可哀想なオッサンは日曜日の予定なんて何にもねーよ!!
お前だって知ってるだろ!!」



「ね、うちに泊まるようになってからは日曜日なのにいつもゴロゴロしてたよね?」



「日曜日だけは朝からゆっくりしてられる日なんだよ!!」



そんなやり取りをして、今度はちゃんとあの気取ったマンションに朝人は歩いていった。



今年34歳になる朝人が。
明日の日曜日で34歳になる朝人が。
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