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3月 北海道へと引っ越す日、朝



「今日で最後だね~。」



「最後じゃねーだろ、俺がここに帰ってくるのを待ってろ。」



彼女には北海道に連れていくこともこっちで待っていることも断った。
そんな俺が今日高校を卒業する千寿子に思わずこんな言葉を言ってしまった。



「うん、待ってる。」



「寂しい?」



「それは寂しいよ・・・それは寂しいって~!!!
4月に入って落ち着いた頃に連絡するから!!」



「そんな気遣いしてくんなよ、いつでも連絡してこいよ。
ガキの大学生活を聞いたらちょっとくらい息抜きになるだろ。」



“今以上に構ってあげられなくなる”
元々そんなに構っていなかった彼女にそう言った俺が、千寿子にはこんな言葉を掛けている。



寂しそうな顔で料理を作り続ける千寿子をカウンターから目に焼き付ける。
北海道に行っても思い出せるよう、ここでの俺の“朝1番”を目に焼き付ける。
俺にパワーを与え続けてくれていた“福”と“富”と“寿”である千寿子の姿を。



そんな感慨深い気持ちで千寿子を見詰めていると・・・



「今日何時に北海道行くの?」



「この後アパートを最後に掃除して退去の立ち会いをした後、昼過ぎには北海道に行く。」



「そっか、残念。」



「何が?」



「お昼前に卒業式が終わるんだよね。
そしたら高校生ではなくなるから、餞別にエッチさせてあげてもいいかなって思ってたんだよね。」



千寿子が最後の最後にこんな誘惑をしてきて、これにはめちゃくちゃ焦ったし・・・



「いや、俺そもそも彼女としかセックスしねーし!!!」



自分に言い聞かせるように言った。
危うく“じゃあ、餞別に。”なんて言ってしまいそうになる自分がいたから。



「あれ・・・でも、俺・・・」



昼に彼女と“最後”と約束をしている食事をする予定で、そこで別れるという話でまとまっている。



「いやいやいや・・・!!!
飛行機の予約もあるし、そんな時間ねーし!!!
いや、そんな問題でもなく9歳も年下の高校卒業直後のガキとか流石にねーよ!!!
セックスは結構毎日のようにやってたのにそれは流石にねーよ!!!」



「そんな本気で返さないでよ、見てるこっちが恥ずかしいから。
これだからその歳で彼女がいないオジサンは。
はい、本日の魚定食。」



「だから彼女いるって言ってるだろ!!!
・・・うっっっっま!!!」



次食べられるのがいつになるか分からないと思ったからか、いつも以上に旨い飯だった。



「そんなに美味しいなら、朝人がおじいさんになっても私のご飯を食べさせてあげるよ。」



今日高校を卒業する千寿子が逆プロポーズみたいな台詞を俺に言ってくる。
それにはまた慌てながらも口を開いた。



「それはありがたいやつ。
俺が結婚したとしてもこの店の近くに住む。」



何を慌てているのかと思いながらこう返すと、千寿子が大きく笑った。



「朝人、結婚するつもりあるの!?」



今1番突っ込んで欲しくない話題だった。



「いつかはするだろ、たぶん・・・いつかは、誰かと。」



「めっちゃフワッとしてるじゃん!!
彼女もいなくて可哀想なオジサンだもんね!!」



「だから!!
彼女いるって言ってるだろ!!」



「見栄張らなくていいって!!
分かってるから!!」



「・・・もういいよ。」



あと数時間後には別れるので、いないのと同じことだと思いながらこれで終わらせ、千寿子の旨すぎる飯を食っていく。



「朝人が北海道で上手くいくようにって思いながら作ったからね!」



「うん、めちゃくちゃ旨い。
俺のことをちゃんと考えて作ってくれた飯なのが分かる。」



無性に泣きたくなった。
北海道ではこんなに旨い飯が食えないのかと思い、無性に泣きたくなった。



でも・・・



もしかしたら、北海道でも向こうでの“朝1番”があるのかもしれない。



そんな期待も胸に、カウンターの上に500円玉を置いた。



「俺が朝1番に帰ってきた時のご馳走さまの分。」



「うん、朝人が朝1番に帰ってきた時の毎度ありがとうございますの分を貰いました。」



カウンターに置かれた500円玉を千寿子は手に取り、それを大切そうに握り締めながら俺を見詰めた。



そんな千寿子を見て、やっぱり“千寿子があと10年早く生まれてきてたら・・・”という気持ちが浮かんできて、9歳も年下の千寿子にそんな気持ちになる自分の気持ちを振り切りながら言った。



「じゃあ、北海道に行ってくる。」



店の引戸の前に立ち、千寿子に振り返りながら言った。



そしたら・・・



「行ってらっしゃい、朝人。」



“行ってらっしゃい”と千寿子が初めて言った。
安全に出掛けて無事に帰って来られるよう、俺がこの“朝1番”に帰ってこられるようにの“行ってらっしゃい”と言ってくれたのだと分かる。



そして、俺のことを千寿子が“朝人”と呼ぶ。
ジサマとバサマしか呼ばない“朝人”と。
俺のことを“朝の人”と呼んでいることが分かり、それなら“朝人”と呼ばれた方がいいと思っていただけなのに、熱が出た日に初めて俺のことを“朝人”と呼んだ。



“千寿子があと10年早く生まれてたら口説きまくってるところだった!!!”



熱が吹き飛ぶくらいの飯と“朝人”と呼ばれたことで、あの時はこう叫んでしまったけど、今は・・・



「千寿子があと10年早く生まれてたら、プロポーズをして北海道まで連れていくところだった!!」



何を言っているんだと自分で突っ込みたくなる言葉と分かっているけれど、それでも言った。
ガキの千寿子の前では俺もガキになれるので言った。



「よかった、朝人より10年遅く生まれて!!」



俺も自分の気持ちを表現したガキだったけど、千寿子もやっぱりガキで。
本当にそう思っているであろう言葉を呆れたような顔で、でも楽しそうな顔で笑いながら言ってきた。



「朝1番に帰ってくる。
千寿子の飯を食いに帰ってくるから。」



「うん。」



千寿子が頷いたのを確認し、店の引戸を開けた。
太陽の光りが眩しいほど俺を照らしてくるのが分かる。
それでも俺は千寿子を振り返らなかった。
ここで振り返って、もしも千寿子の顔に少しでも愛情が込められたような顔をしていたら、俺はどうしていいのかもよく分からなかったから。



9歳も年下の女の子、まだ高校も卒業していない女の子に“オジサン”が何を心配しているんだと笑いながらもアパートへと歩き出した。



今日も千寿子からパワーを貰えた。
“朝1番”で、福富千寿子という名前の女の子からパワーを。



それに大きく感謝をした時・・・



「卒業おめでとうって言うの忘れた・・・。」



プレゼントを渡すような関係ではないけれど、それくらいは言っておきたかったと最後に心残りに思いながら、それでもアパートへと真っ直ぐと歩いた。



「大学を卒業する時にはちゃんと祝ってやるか。」



その頃には自分が何歳になっているのか・・・。
更にオジサンになっているだろうけど、何だか凄く楽しみな気持ちになりながらアパートへと歩いていった。



今日も素晴らしく良い朝の時間が過ごせたと思いながら。
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