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俺の話に女王様と忍者は大きく頷いた。
誰もが1回くらいは心が不調になることがあるから。
それなのに、勉だけはまだピンっとこない顔をしている。



「お前、言ったよな?
この会社はまだ色々と遅れているって。
面接の時にそう言ったよな?」



「ああ・・・。」



「“遅れていました、ごめんなさい”で終わらなかったらどうすんだよ。
この会社の社員が仕事のことや人間関係、会社内のことだけじゃなく何かに死ぬほど悩んで死ぬほど苦しんで、死んだらどうすんだよ。」



俺は“死ぬ”話まで勉にしていないけど、きっと勉なりに何かを感じていると思う。
だからその話になったらようやく少し良い顔をした。



「こいつ、たぶん見付けられる。
そういう奴を見付けれれる。
俺のことも忍者のことまで見付けた。」



「見付けて・・・でも、どうすれば?」



「“どうすれば?”じゃねーよ。
そんなんだから“相談窓口”が機能してねーんだよ。
心に不調がある奴が自分からそんな所に相談出来るかよ!!
そこに相談出来る奴の心は少しケガしてる程度だよ!!」



「そうなのか・・・。」



「早めに見付けられるのが1番良い。
早めに見付けて早めに対処していくのが1番良いに決まってる。
身体も心も健康である社員が“働く理由”を持って働いた時、会社という生き物の血が健康に巡るだろ。」



ここまで言ってやっと、勉の目に少し“何か”が灯った。
でも、こいつでは話にならないので・・・



「心の不調があった社員を見付けた後、あんたが上手く対処しろよ!!」



忍者の方に言った。



「あの・・・」



そこでやっと瞳が声を上げた。
瞳を見ると挙動不審になっている。



「お前、カフェ辞めてここで働けよ。」



「ここで・・・。
でも、私はカフェでのバイト経験しかなくて・・・。」



「なら、ここでカフェやるか。
出来るか?」



目の前の勉ではなく忍者の方を見ようとしたら、忍者はすぐ隣に来ていてこれには驚いた。



「どうにかします。」



「流石だな。
珈琲店、社内にオープンすればいいだろ。
そこで店員やりながら、心の不調のある社員を見付けろ。」



俺が瞳にそう言うと、瞳は少しだけ考えた後に女王様を見た。



「あの・・・。
女王様って、もしかしてこの会社の方なんですか?」



「今は外部で実務経験を積んでいるけれど、戻る先がこっちに出来たらまた戻ってくるわ。」



「それなら・・・!!ここで働きます!!」



瞳が急にデカイ声でそう言って、俺の方を見た。



「あの店舗で女王様が王子様にプロポーズをされたんです・・・。
あの場面が、私が生きてきた中で1番・・・ではなくなったのですが、2番目に素敵な場面で・・・。
だから、あの店舗で今まで働いていたんです。」



「あなた・・・あの場にいたの?」



「はい!!チョコレートケーキをサービスでお渡ししたのは私です!!!」



「チョコレートケーキ・・・。
そうね、確かに・・・確かに貰った。」



「チョコレートケーキだけは1度だけ王子様が買ってくれた物だったから。
いつもお互いの物をお互いで買っていて、でもあのチョコレートケーキだけは王子様が買ったくれた物だったので、それを。」



瞳が嬉そうな顔でそう言うと、女王様は真剣な顔で勉を見た。



「チョコレートケーキを旦那から貰ったのは、私が確か社会人2年目の時、たぶんよ?
前の会社にいる時の私だったし、まだ入社2年目で・・・旦那からプロポーズされた時、私は社会人何年目だったと思いますか?」



女王様が真剣な顔で勉を見て、忍者も真面目な顔で勉を見て・・・勉はやっと頷いた。



やっと、頷くくらいに・・・



金持ちのボンボンはどうしようもないなと勉強にもなった。



瞳が最後の最後まで女王様に何かを必死に話しているのを待ってから、副社長室を出てきた瞳とエレベーターに乗る。



「高級珈琲は美味かったか?」



「思ったよりも普通でした・・・。」



「高級だから何でも美味いわけでもないんだろうな。
低価格でも探せば美味いものもあるからな。」



俺がそう言うと瞳は、可愛い上目遣いで何度も瞬きをした。
どっからどう見ても処女な顔で見てきて、吹き出しそうになったのを我慢した。



なんだか良い奴だなと思った。
絶対に悪い奴ではないし、きっとあんまり悪い何かもなさそうな良い奴なんだろうなと思った。



こういう奴が処女でなければ、“俺”を見付けてしまったし・・・
“アヤメ”のバージンを貰って欲しかったなとまで思った。



俺があの男を殺しに行ける日までに、瞳が処女でなくなるといいなと思っていた。
そのくらい軽い気持ちだった。



まさか、あんなに早くあの男を殺しに行けるとは思わなかったから。



殺しに行けると分かった時、やっぱり“アヤメ”にも“俺”にも少しの度胸しかなくて。



瞳にお願いをするしかなかった。
可哀想なことに、瞳にお願いをするしかなかった。



恋愛でも何でもないのに、瞳はお願いを聞いてくれた。



そして・・・



そして、“アヤメ”は・・・



“俺”は・・・



瞳のことが好きになった。



だって、あんなの好きになる。
大好きになる。



ヒーローのお兄ちゃんとヒーローのお姉ちゃん以外に抱かないだろう“大好き”の感情を、“愛している”の感情を、余裕で越えていくくらいだった。



それはきっと、“あやめちゃん”に対して抱いていた感情よりもで・・・。



瞳の中に“俺”のを入れた瞬間、“生きて帰らないと”と思った。
もしも、もしも、瞳が妊娠していた時・・・俺が生きていないと瞳も子どもも悲しい思いをさせると思ったから。



そんな子を残して死ねるように、俺は誰からも育てられていないから。



でも、瞳は“何も”なかったようだったから、俺は死のうと思った。
これでやっと死ねると思った。



瞳に“アヤメ”のバージンを貰ってもらったけど、あの男の手の残像はまだうっすら残っていたし・・・
瞳のお父さんから傷痕があると言われていたから。




まだ気持ち悪いのだと思った。
まだ汚いのだと思った。




それはそのはずで、気持ち悪いのなんてなくなるわけがなかったから。
汚いのなんてなくなるわけがなかったから。




だって、俺は覚えている。
あの男に触られた身体を・・・。
俺は覚えているから・・・。




死なない限り忘れることはないから・・・。




死なない限り消えることはないから・・・。




だから、死のう・・・。




勉に迷惑を掛けてしまわないように、退職してから・・・。




最後にヒーローのお兄ちゃんとお姉ちゃんに“剛士”と呼んでもらってから、死のう・・・。




1人ひっそりと、死のう・・・。
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