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縁側から出て、3人で庭園のハナカイドウの下を歩く。
そんな私達の間を黒いネコがチョコチョコと歩き回り、落ちている花びらで楽しそうに遊んでいる。



「だ~か~ら~!!
早くセックスしちゃえば良いじゃん!!
良いセックスが出来ればストレスも発散出来るし幸せホルモンも出て自律神経も整う!!
良いことしかないって!!」



「だから、それは俺にじゃなくて純愛ちゃんに言って。
途中で純愛ちゃんが拒絶するなら俺はするつもりなんてないから。」



ほろ酔いになっている佐伯さんと砂川さんは缶ビールと缶チューハイを持ちながら歩き、さっきからずっとこんな話を繰り返している。



「そこは課長が下手くそなんだって!!
もっとこう、雰囲気を作って!!
言葉で「セックスしよう」だけじゃなくてさ~、純愛ちゃんも乗り気になるように持っていかないと~!!」



「どうやってそんな雰囲気を作るのか俺には全く分からない。」 



「私が見本を見せようか?」



「うん。」



「そこは断ってよ!!
私は純愛ちゃんの彼氏なんだよ!?
雰囲気が出来上がったらそのまま続行するでしょ!!」



「まあ、でも女の子同士だから。」



「分かってないな~。
“チン”がなくたって余裕で気持ち良くさせられちゃうんだから。
私が開発しちゃったら砂川さんの前戯も“チン”でも純愛ちゃんは満足出来ないんだからね!?」



「“チン”って・・・っ」



砂川さんが大きく笑うと、この前まではなかった石のベンチに座った。
佐伯さんも当たり前かのようにそのベンチに座り、砂川さんと自分の間を片手でポンポンっと叩く。



それには自然と笑顔になり私は佐伯さんと砂川さんの間に座った。



「きれ~~~い!!!」



ハナカイドウの真下にあるベンチから空を見上げた佐伯さんが声を上げた。



「昨日調べたら、ハナカイドウの花言葉って“温和・艶麗・美人の眠り”なんだって!!」



「うん、そうだね。」



「純愛ちゃんみたい。」



「全然私じゃないでしょ。
温和に見せてるけど本当は温和でもないし、勿論艶美でもなければそもそも美人でもないし。」



「でも、これから私が目覚めさせる。
純愛ちゃんはその要素をめちゃくちゃ持ってるから全然余裕。
純愛ちゃんが目を覚ましたら女だけじゃなくて男まで虜になる“ハナカイドウ”になる。」



「そんなの無理だよ。」



「無理じゃないよ。」



空を見上げていた佐伯さんが私のことをゆっくりと見た。



「私も課長も一緒にいる。
性別が女の私1人だったらもっと難しいことだったかしれないけど、課長もいるからきっと眠りから覚める。
自分で自分の可能性をぶっ壊さないで、純愛ちゃん。」



砂川さんと私のことを何も知らない佐伯さんがそう言ってくる。
砂川さんが羽鳥さんの婚約者なのだと知らない佐伯さんはこんな無理難題を言ってくる。



「私は誰かの幸せをぶっ壊すくらいなら、何度だって自分のことをぶっ壊したい。
私には出来ないよ・・・。
私は佐伯さんみたいにはなれない。」



ハナカイドウの下、ハナカイドウよりも更に強い色を持つような佐伯さんに口にした。



「私は男みたいな見た目で男みたいな所も沢山あるけど、中身は結構女々しくて。
親からもお兄ちゃんからも友達からも同僚からも、そしてお客さんからも守られてきたような人生だった。」



「うん。」



「私には何かをぶっ壊したり何かをぶっ殺したりすることなんて出来ない。」



「それなら、自分自身をぶっ壊してぶっ殺せば良い。」



佐伯さんが私の膝の上に片手をのせた。



「自分自身の固定観念なんて何度でもぶっ壊してぶっ殺せば良い。
もっと強くなるんだよ、純愛ちゃん。」



「強くなんてならなくたって良い・・・。」



「私は純愛ちゃんが他の誰かに食われるのは嫌。」



「それなら、助けて。」



佐伯さんの片手に私の片手を重ねた。



「私が誰かに食われそうになっていたら、その時は佐伯さんが助けて。」



私が口にした言葉に佐伯さんの瞳は揺れ、それから困ったように笑い、私の隣にいる砂川さんのことを見た。



「純愛ちゃんからこう言われたら、助けるしかないんですけど~!!
私の彼女めちゃくちゃ可愛い!!」



「分かるよ、助けるしかないよね。
だから俺も助けたくなるし、実際に助けてしまう。」



「課長、猫かわいがりだもんね~。
・・・って、ネコちゃんにオヤツあげすぎだって!!
身体に悪いからマジでやめて!!!
月曜日に猫の飼い方のマニュアル持って行くからマジで読んで!!」



砂川さんの膝の上で嬉しそうにオヤツを食べているネコの上にハナカイドウの花びらが少し落ちていく。



真っ黒で可哀想なくらい不細工な見た目の女の子のネコが、砂川さんの膝の上で幸せそうにしている。



そんな姿を見て、私は呟いた。



「この子の名前、カタカナでハナちゃんにする・・・。」



「「ハナちゃん?」」



「ハナカイドウのハナちゃん。
私はハナカイドウにはなれないから、この子の名前だけには“温和・艶麗・美人の眠り”の想いを込めて、ハナカイドウの“ハナ”ちゃん。」



「うん!可愛い!ハナちゃんね!!」



佐伯さんの明るい声にホッとした気持ちになったけれど、砂川さんは明らかに不満気な顔をしている。



「何?嫌だ?」



「うん、全く可愛くない。
それによくある名前でひねりもない。」



「じゃあ砂川さんは何が良いの?」



「“純ココア”ちゃんとか。
“ピュアココア”ちゃんでもいいか。
純愛ちゃんの“純”もついているし。」



砂川さんの口から飛び出てきたあまりにも酷い名前に絶句をしていると・・・



「それはマジでバカ・・・っっ!!!」



佐伯さんが爆笑をしながら私が思っていたことを口にした。
ハナちゃんのことを“クロまんじゅう”と名付けようとしていた羽鳥さんと、“純ココア”と名付けようとしている砂川さん。



“2人はお似合いだな”と・・・



“でも、2人の間に産まれた子どもの名前は心配だな”と・・・



無関係の私がそんな心配をした。



“今日も結構楽しい”



そう思えていたのに気持ちが沈んできてしまい、無意識にこの顔が下を向いた。



そしたら、見えた。



私に差し出された砂川さんの手には鍵が握られているのが。



「これから純愛ちゃんがお世話をするネコで、純愛ちゃんが1番名前を呼ぶことになるから、純愛ちゃんが考えた“ハナ”ちゃんにしよう。
俺は飼い主としてもダメな男らしいから、ハナちゃんのことをよろしくね。」



砂川さんの手に握られている砂川さんの家の鍵。
その向こう側にはハナちゃんが鋭いけど可愛い目でこちらを見上げている。



考えなければいけないことが沢山あるのは分かるけれど、私は小さく震える右手で砂川さんの鍵の下で手を開いた。



そんな私の手の平に砂川さんは鍵をゆっくりと置き・・・



その瞬間、私の手の平に置かれた鍵の上にハナカイドウの花びらが1枚、落ちてきた。



それに気付いたけれど、私はそのまま鍵を握った。



もう二度と戻ることはないと思っていた砂川さんのトコロ。
そこに戻ることが出来る鍵を私がもう1度この手に戻してしまった。



ハナカイドウの花びらと一緒に鍵が戻ってきてしまった。



いつか返さなければいけないこの鍵を、今だけはハナカイドウの花びらと一緒に握り締めた。



今だけは私の鍵であり私の“ハナカイドウ”だと思いながら。



そう思いながらまた顔を上げ、空を見上げた。



青い空にハナカイドウの花が広がりピンク色の世界が広がる。



私の隣には佐伯さんと砂川さん、そしてハナちゃんがいる。



“やっぱり、今日も楽しいかもしれない。”



3年前は咲いている所を見ることが出来ないまま“最後の日”となってしまったハナカイドウ。



4年ぶりに見たハナカイドウはやっぱり綺麗だった。



4年ぶりにした砂川さんのトコロでの花見はやっぱり楽しかった。



困ったことに凄く凄く、幸せだった。
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