上 下
136 / 166
9

9-6

しおりを挟む
金曜日 夜



すっかり葉桜になった桜の木を見上げながら家へと歩いていく。
やっと平日の5日間が終わろうとしていることに安心しながら。



「会社、辞めようかな・・・。」



佐伯さんに私の命も身体も渡してしまったけれど、会社を辞めたらきっとそんなことは関係がないはずで。



でも・・・



「会社を辞めたら佐伯さんとの関係は終わっちゃうんだろうな・・・。」



そう思うと凄く寂しい気持ちになる。



人生で初めて出来た私の彼氏。
“普通”ではない彼氏だし“普通”ではない付き合いだけど、私にとってはとても大切な人。



“これからの純愛ちゃんの人生は私が必ず楽しいものにしてあげるから。
私の残りの命を全て使って、私が純愛ちゃんのことを幸せな女の子にしてあげる。”



佐伯さんがくれた言葉が今日も私の中で響いていく。




“頑張れ、“純愛”。
私がいつだって一緒にいる。
だから頑張れ、“純愛”。”



佐伯さんが私にくれる言葉は演技での台詞なのかもしれないけれど、この胸を確かに温かくしてくれる。



“逃げるな、“純愛”。”



今日も佐伯さんのこの言葉が私の中に戻ってくるから、会社を辞めることなくきっと来週も出勤をするのだと思う。



自分なりに理由はあったけれど逃げることが多かった人生。
彼氏の佐伯さんが私と一緒にいてくれるのなら、もう少し頑張れそうな気がする。



「“純愛(じゅんあい)”、か・・・。」



桜は散った。



だから砂川さんの家のハナカイドウは咲き始めたはず。



日曜日に佐伯さんと一緒に花見が出来ることはやっぱり楽しみでもあって。



「私だって花見をする相手がいる・・・。」



“1番お気に入り”どころか、私は“私の彼氏”と花見をする。



「なんなら、羽鳥さんの婚約者までその場にいらっしゃいますけど。」



ボランティア精神を持ち合わせている貴族2人のことを思い浮かべ、2人に対してバカにしたように小さく笑った。



「可哀想な人達・・・。」



もしかしたら私よりも可哀想なのかもしれない。



「私は“普通”で良かった。」



あの貴族2人に比べたら私は“普通”なのだと思い、葉桜になった桜の下を気分良く帰ることが出来た。



まだ大丈夫だと思う。



私はまだ、大丈夫。



だって私には佐伯さんがいる。



私の命も身体も佐伯さんが大切に仕舞ってくれている。



「明日の検査、大丈夫だといいな・・・。」



明日は佐伯さんの定期検査の日。
佐伯さんにお願いをされて私も付き添うこととなった。



“今の私はただ命を減らすだけの毎日なの。
だから私が付き合ってあげる。
純愛ちゃんのつまらなくて疲れる毎日が終わるその日まで、私が男として女の子の純愛ちゃんと付き合ってあげる。”



佐伯さんの命が出来るだけ長く・・・長く、長く、動き続けることを今日も願いながら、“彼女”の私は家に帰っていく。



会社にも行きたくないけれど、家にも帰りたくないなと思いながら・・・。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...