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神妙な顔をしているように見える砂川さんから営業部のフロアにある会議室へと促され入ると、砂川さんは会議室の鍵を閉めた。
「座って。」
砂川さんの真剣な声には自然と身体が動き、静かに会議室の椅子に座った。
砂川さんはテーブルを挟んだ向かい側に座るのかと思いきや、私の90度の位置にわざわざ椅子を動かし座った。
この位置は私も知っている。
向かい合って話すよりも自然な会話が生まれやすくなる位置。
私も営業活動中は必要に応じてこの位置に座っていた。
砂川さんが座った位置により、今の私が凄く緊張しているということが砂川さんにも気付かれているのだと分かった。
それが分かったうえで私は笑顔を作り先に声を出した。
声を出そうとした。
でも私よりも先に砂川さんが声を出してきた。
「徳丸君から何か言われたよね?」
そう聞かれ、昼休憩の時にチョコを渡した相手が徳丸君なのだと分かる。
分かるけれど分からないフリをする。
「徳丸君って誰ですか?」
「昼休憩の時に財務部の男の子に20円を渡したよね?
その子が徳丸君。
俺の後輩なんだけど、色々と俺のフォローをしてくれてて。
あの子は先回りのフォローも得意だから園江さんにも何か言ったよね?」
「別に何も言われてませんよ?
話はそれだけですか?」
必死に笑顔を貼り付けて椅子から立ち上がる。
「まだ仕事が残っていますので戻ります。」
立ち上がった私に続き砂川さんまで立ち上がり、会議室の扉と私の間の位置に身体を動かした。
その動きを見て、結構強引な営業も出来る人なのだと分かる。
私だって同じことをやってきたから。
「それなら徳丸君に何も言われていないのにあんなことを言ってきたってこと?」
「あんなことって何ですか?」
「俺とはもう関わりたくないって。
園江さんの存在自体を消し去るようにって。
園江さんの存在自体を俺の中で終わりにするようにって。」
凄く真剣な顔で私の顔をジッと見下ろしてくる砂川さんから顔を逸らすことなく笑い続ける。
そして必死に口にした。
「私には砂川さんが何の話をしているのか全く分かりません。」
この口から嘘の言葉を出していく。
「仕事のお話なのかと思いついてきましたけど、仕事のお話ではないなら失礼します。」
どんな嘘の言葉でも出していく。
「財務部の砂川さんですよね?
私は本社の営業部に来たばかりなので砂川さんとお話をする機会もありませんでしたし、砂川さんの勘違いですよ。」
凄く驚いた顔で私のことを見下ろす砂川さんにそう言って、砂川さんの身体の横を通り過ぎた。
砂川さんの存在自体を忘れたフリをして、会議室の扉の鍵を開けて扉の取っ手に手を掛ける。
そしたら、その瞬間・・・
私の目の前の扉を大きな手が押さえた。
それには驚き砂川さんのことを見上げると、すぐそこの鍵がまたカチャッ─────...と閉まる音が聞こえ、砂川さんがスッと後ろに下がった。
そして困った顔で笑いながら私に何度も頷いてくる。
「分かった、園江さんの勝ちだよ。」
「私の勝ち・・・?」
「うん、園江さんの勝ちで俺の負け。
その歳で本社の営業部に来るだけあるよね。
こんなやり方であの提案を続けてこられるとは思わなかった。」
何の話か分からずに黙っていると、砂川さんが困った顔で笑い続けながら続けてきた。
「あの提案、飲むよ。」
砂川さんがそう言って・・・
「俺の28歳の誕生日プレゼント、遅くなったけどやっぱり貰いたい。」
そんな言葉には驚くしかない。
驚きすぎて何も言えないままの私に砂川さんは少しだけ照れた顔で私のことを見た。
「俺は園江さんのことが人として好きだと今分かった。」
「人として・・・。」
「うん、だからこのまま終わりになってしまうのは嫌だと思った。」
砂川さんが今度は本当に照れた顔になった。
「俺の28歳の誕生日プレゼントに、園江さんのバージンを貰いたい。」
そんなことを言い出した砂川さんはスーツの内ポケットから何かを取り出した。
そしてそれを開くと何本かの鍵がついていて、そのうちの1本の鍵を私に差し出してくる。
「これで先に入ってて。
俺は予備の鍵を必ず1本持ち歩いてるから大丈夫だから。」
何を言っているのかこの頭に全然入ってこなくて固まっていると・・・
砂川さんの手が私のスーツのジャケットのポケットに伸びてきて、そこに鍵を落としてきた。
「俺も仕事が残ってるけど頑張って早く終わらせるから。
園江さんは何時くらいに上がれそう?」
「あと・・・1時間くらい。」
思わず質問に答えてしまった私に砂川さんは優しい顔で笑った。
「分かった、待ってて。
すぐに戻るから。」
砂川さんが“帰る”ではなくて“戻る”と言ってきて・・・
「土曜日の“あの時”まで戻るよ。
もう1度やり直させて。」
私にそんな言葉と砂川さんの家の鍵を残し、砂川さんは会議室の扉の鍵を開けて先に出ていってしまった。
“あの時”はあんなに拒絶をしていた砂川さんが、よく分からない理由で“あの時”に戻ろうとしている。
「私のことが・・・“人”として好き・・・。」
こんなことはいつものことなのに、砂川さんから言われるといつもとは比べ物にならないくらいのダメージを受ける。
でも・・・
“俺は付き合う女の子としかセックスはしないよ。”
土曜日に聞いた砂川さんの言葉が私の頭の中にもう1度戻ってきた。
戻ってきてしまった。
「座って。」
砂川さんの真剣な声には自然と身体が動き、静かに会議室の椅子に座った。
砂川さんはテーブルを挟んだ向かい側に座るのかと思いきや、私の90度の位置にわざわざ椅子を動かし座った。
この位置は私も知っている。
向かい合って話すよりも自然な会話が生まれやすくなる位置。
私も営業活動中は必要に応じてこの位置に座っていた。
砂川さんが座った位置により、今の私が凄く緊張しているということが砂川さんにも気付かれているのだと分かった。
それが分かったうえで私は笑顔を作り先に声を出した。
声を出そうとした。
でも私よりも先に砂川さんが声を出してきた。
「徳丸君から何か言われたよね?」
そう聞かれ、昼休憩の時にチョコを渡した相手が徳丸君なのだと分かる。
分かるけれど分からないフリをする。
「徳丸君って誰ですか?」
「昼休憩の時に財務部の男の子に20円を渡したよね?
その子が徳丸君。
俺の後輩なんだけど、色々と俺のフォローをしてくれてて。
あの子は先回りのフォローも得意だから園江さんにも何か言ったよね?」
「別に何も言われてませんよ?
話はそれだけですか?」
必死に笑顔を貼り付けて椅子から立ち上がる。
「まだ仕事が残っていますので戻ります。」
立ち上がった私に続き砂川さんまで立ち上がり、会議室の扉と私の間の位置に身体を動かした。
その動きを見て、結構強引な営業も出来る人なのだと分かる。
私だって同じことをやってきたから。
「それなら徳丸君に何も言われていないのにあんなことを言ってきたってこと?」
「あんなことって何ですか?」
「俺とはもう関わりたくないって。
園江さんの存在自体を消し去るようにって。
園江さんの存在自体を俺の中で終わりにするようにって。」
凄く真剣な顔で私の顔をジッと見下ろしてくる砂川さんから顔を逸らすことなく笑い続ける。
そして必死に口にした。
「私には砂川さんが何の話をしているのか全く分かりません。」
この口から嘘の言葉を出していく。
「仕事のお話なのかと思いついてきましたけど、仕事のお話ではないなら失礼します。」
どんな嘘の言葉でも出していく。
「財務部の砂川さんですよね?
私は本社の営業部に来たばかりなので砂川さんとお話をする機会もありませんでしたし、砂川さんの勘違いですよ。」
凄く驚いた顔で私のことを見下ろす砂川さんにそう言って、砂川さんの身体の横を通り過ぎた。
砂川さんの存在自体を忘れたフリをして、会議室の扉の鍵を開けて扉の取っ手に手を掛ける。
そしたら、その瞬間・・・
私の目の前の扉を大きな手が押さえた。
それには驚き砂川さんのことを見上げると、すぐそこの鍵がまたカチャッ─────...と閉まる音が聞こえ、砂川さんがスッと後ろに下がった。
そして困った顔で笑いながら私に何度も頷いてくる。
「分かった、園江さんの勝ちだよ。」
「私の勝ち・・・?」
「うん、園江さんの勝ちで俺の負け。
その歳で本社の営業部に来るだけあるよね。
こんなやり方であの提案を続けてこられるとは思わなかった。」
何の話か分からずに黙っていると、砂川さんが困った顔で笑い続けながら続けてきた。
「あの提案、飲むよ。」
砂川さんがそう言って・・・
「俺の28歳の誕生日プレゼント、遅くなったけどやっぱり貰いたい。」
そんな言葉には驚くしかない。
驚きすぎて何も言えないままの私に砂川さんは少しだけ照れた顔で私のことを見た。
「俺は園江さんのことが人として好きだと今分かった。」
「人として・・・。」
「うん、だからこのまま終わりになってしまうのは嫌だと思った。」
砂川さんが今度は本当に照れた顔になった。
「俺の28歳の誕生日プレゼントに、園江さんのバージンを貰いたい。」
そんなことを言い出した砂川さんはスーツの内ポケットから何かを取り出した。
そしてそれを開くと何本かの鍵がついていて、そのうちの1本の鍵を私に差し出してくる。
「これで先に入ってて。
俺は予備の鍵を必ず1本持ち歩いてるから大丈夫だから。」
何を言っているのかこの頭に全然入ってこなくて固まっていると・・・
砂川さんの手が私のスーツのジャケットのポケットに伸びてきて、そこに鍵を落としてきた。
「俺も仕事が残ってるけど頑張って早く終わらせるから。
園江さんは何時くらいに上がれそう?」
「あと・・・1時間くらい。」
思わず質問に答えてしまった私に砂川さんは優しい顔で笑った。
「分かった、待ってて。
すぐに戻るから。」
砂川さんが“帰る”ではなくて“戻る”と言ってきて・・・
「土曜日の“あの時”まで戻るよ。
もう1度やり直させて。」
私にそんな言葉と砂川さんの家の鍵を残し、砂川さんは会議室の扉の鍵を開けて先に出ていってしまった。
“あの時”はあんなに拒絶をしていた砂川さんが、よく分からない理由で“あの時”に戻ろうとしている。
「私のことが・・・“人”として好き・・・。」
こんなことはいつものことなのに、砂川さんから言われるといつもとは比べ物にならないくらいのダメージを受ける。
でも・・・
“俺は付き合う女の子としかセックスはしないよ。”
土曜日に聞いた砂川さんの言葉が私の頭の中にもう1度戻ってきた。
戻ってきてしまった。
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