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翌日
私の家の前に停まっている砂川さんの車の後部座席に乗り込むと、砂川さんがやけに楽しそうに笑った。
「何?」
「さっき純愛ちゃんのお兄さんに会ったよ。」
「そうなんだ、土曜日だけどこれから出張なんだよね。」
「うん、聞いたよ。」
「今日も残念だった?」
「残念だったけど良い情報も聞けたよ。
お兄さんってお喋りだよね。」
「男なのに本当にソレ。」
私がシートベルトをしたことを確認した砂川さんは静かに車を発進させた。
バックミラー越しに見えた砂川さんの目に少しだけドキドキしたことに気付き、慌てて口を開く。
「佐伯さんにうちらのことを絶対に言わないでね?」
「純愛ちゃんもね。」
「私は絶対に言えない。
佐伯さんが絶対に嫉妬しちゃうし。」
「佐伯さんにも凄く好かれてるね。
増田生命でも女性社員達から凄かったよね。」
砂川さんにとっても私が女の子から好かれていることは当たり前の光景で。
だから私と佐伯さんが付き合っているなんて想像も出来ないことだと思う。
「私は佐伯さんとデートだからあんまり邪魔しないでね、“佐伯さんのおとーさん”。」
「“彼女”面白いよね。
入社してくる時に部長から説明を受けた時は難しそうな女の子で心配していたけど、俺に懐いてくれてホッとしたんだよ。」
「あんなに可愛くて綺麗な女の子に懐かれて嬉しかった?」
「いや、それがちょっと怖くもあった。
たまに“おとーさん”なんて言うし、あの子って少し複雑な家の子でもあるから、“あれ、俺って佐伯さんのお母さんとそういう関係になってことあったっけ・・・”っていう錯覚に陥る。」
「今日は佐伯さんのお母さんとそういう関係だったってことにしなよ、“佐伯さんのおとーさん”。」
“佐伯さんのおとーさん”だと思えば砂川さんとも普通に会話が出来た。
「娘の友達が可愛い女の子で、“おとーさん”ドキドキするんだけど。」
「バカ。」
砂川さんは凄く楽しそうに笑い、静かに運転を続けながら聞いてきた。
「今日はスニーカー?」
「うん、佐伯さんと連絡先を交換してたから昨日の夜に電話が来て。
歩きやすい格好で緩めの服で来てって言われた。
何処に行くんだろね。」
「中華街で食べ歩きだよ。」
「そうなんだ?それは楽しみ~!」
「昨日俺と佐伯さんで夜に長電話をしながら行き先を決めたんだよね。
昔テレビを見てた時に“行きたいな”って言ってたのを思い出して。
でも佐伯さんが他にも候補を出してくれたから俺もいくつか候補を出して、佐伯さんに勉強させる貴重な時間になったよ。」
「佐伯さんに勉強って?」
「“彼女”、新卒採用だけどワケがあって営業での研修を少しも経験しないまま経理部の配属になったんだよね。
経理・会計の知識も実務能力もあるし社内での調整も上手いけど、交渉力はそんなになくて。」
「経理部に交渉力とか必要なの?」
「社内の人達に期限を守らせたり決められた記載方法で提出させないといけない物も多いからね。
羽鳥さんは佐伯さんの教育は丁寧にやっていく方針みたいだけど、俺からするともっと頑張れる子だからもっと頑張らせてみたいなと思ってた所だったから丁度良かったよ。」
「羽鳥さんと意見が異なることもあるんだ・・・。」
「あ、羽鳥さんにも言わないでね。
羽鳥さんのやり方も間違ってるワケではないから部長ともう少し様子を見ようと話してたから。
でも・・・」
砂川さんが何となく意地悪な雰囲気になった。
「福富さんじゃなくて相手は俺なのに、あんなにムキになって自分の企画を提案している佐伯さんは新鮮だったよ。
思わず虐めまくっちゃったよね。
最後は物凄く悔しがりながら俺の企画に頷いてたよ。」
「なにそれ、可哀想なんだけど。」
「うん、可哀想だった。
でも“彼女”には良い勉強になったよね。」
「・・・砂川さんって女の人のことを“彼女”って言うようになったの?」
羽鳥さんのこともそう言っていた砂川さんに聞くと・・・
砂川さんは大きな大きな溜め息を吐いた。
「うちの経理部さ、本当に大変で。
何度も何度も辞めようと思ったくらいで。
女性社員達が本当にキツくてさ、俺が“女の子”や“女性”、“この子”や“この方”って区別をした言い方をしてるって責め立てられて。
その他にもキツくて厳しいことばかり言われて、それだけじゃなくてセクハラパワハラの無法地帯で・・・。
女って怖いよねー・・・。」
歳の離れた弟が1人いるだけの砂川さんの嘆きには大きく笑った。
「自業自得じゃない?」
「はい・・・。」
「でもちょっとは可哀想。」
「ありがとうございます・・・。」
昨日は頭がガンガンと痛かった車内。
今日は“佐伯さんのおとーさん”と楽しくドライブをしながら佐伯さんが住むマンションへと向かうことが出来た。
でも・・・
やっぱり頭は痛くて、何度か片手で頭を押さえながら。
私の家の前に停まっている砂川さんの車の後部座席に乗り込むと、砂川さんがやけに楽しそうに笑った。
「何?」
「さっき純愛ちゃんのお兄さんに会ったよ。」
「そうなんだ、土曜日だけどこれから出張なんだよね。」
「うん、聞いたよ。」
「今日も残念だった?」
「残念だったけど良い情報も聞けたよ。
お兄さんってお喋りだよね。」
「男なのに本当にソレ。」
私がシートベルトをしたことを確認した砂川さんは静かに車を発進させた。
バックミラー越しに見えた砂川さんの目に少しだけドキドキしたことに気付き、慌てて口を開く。
「佐伯さんにうちらのことを絶対に言わないでね?」
「純愛ちゃんもね。」
「私は絶対に言えない。
佐伯さんが絶対に嫉妬しちゃうし。」
「佐伯さんにも凄く好かれてるね。
増田生命でも女性社員達から凄かったよね。」
砂川さんにとっても私が女の子から好かれていることは当たり前の光景で。
だから私と佐伯さんが付き合っているなんて想像も出来ないことだと思う。
「私は佐伯さんとデートだからあんまり邪魔しないでね、“佐伯さんのおとーさん”。」
「“彼女”面白いよね。
入社してくる時に部長から説明を受けた時は難しそうな女の子で心配していたけど、俺に懐いてくれてホッとしたんだよ。」
「あんなに可愛くて綺麗な女の子に懐かれて嬉しかった?」
「いや、それがちょっと怖くもあった。
たまに“おとーさん”なんて言うし、あの子って少し複雑な家の子でもあるから、“あれ、俺って佐伯さんのお母さんとそういう関係になってことあったっけ・・・”っていう錯覚に陥る。」
「今日は佐伯さんのお母さんとそういう関係だったってことにしなよ、“佐伯さんのおとーさん”。」
“佐伯さんのおとーさん”だと思えば砂川さんとも普通に会話が出来た。
「娘の友達が可愛い女の子で、“おとーさん”ドキドキするんだけど。」
「バカ。」
砂川さんは凄く楽しそうに笑い、静かに運転を続けながら聞いてきた。
「今日はスニーカー?」
「うん、佐伯さんと連絡先を交換してたから昨日の夜に電話が来て。
歩きやすい格好で緩めの服で来てって言われた。
何処に行くんだろね。」
「中華街で食べ歩きだよ。」
「そうなんだ?それは楽しみ~!」
「昨日俺と佐伯さんで夜に長電話をしながら行き先を決めたんだよね。
昔テレビを見てた時に“行きたいな”って言ってたのを思い出して。
でも佐伯さんが他にも候補を出してくれたから俺もいくつか候補を出して、佐伯さんに勉強させる貴重な時間になったよ。」
「佐伯さんに勉強って?」
「“彼女”、新卒採用だけどワケがあって営業での研修を少しも経験しないまま経理部の配属になったんだよね。
経理・会計の知識も実務能力もあるし社内での調整も上手いけど、交渉力はそんなになくて。」
「経理部に交渉力とか必要なの?」
「社内の人達に期限を守らせたり決められた記載方法で提出させないといけない物も多いからね。
羽鳥さんは佐伯さんの教育は丁寧にやっていく方針みたいだけど、俺からするともっと頑張れる子だからもっと頑張らせてみたいなと思ってた所だったから丁度良かったよ。」
「羽鳥さんと意見が異なることもあるんだ・・・。」
「あ、羽鳥さんにも言わないでね。
羽鳥さんのやり方も間違ってるワケではないから部長ともう少し様子を見ようと話してたから。
でも・・・」
砂川さんが何となく意地悪な雰囲気になった。
「福富さんじゃなくて相手は俺なのに、あんなにムキになって自分の企画を提案している佐伯さんは新鮮だったよ。
思わず虐めまくっちゃったよね。
最後は物凄く悔しがりながら俺の企画に頷いてたよ。」
「なにそれ、可哀想なんだけど。」
「うん、可哀想だった。
でも“彼女”には良い勉強になったよね。」
「・・・砂川さんって女の人のことを“彼女”って言うようになったの?」
羽鳥さんのこともそう言っていた砂川さんに聞くと・・・
砂川さんは大きな大きな溜め息を吐いた。
「うちの経理部さ、本当に大変で。
何度も何度も辞めようと思ったくらいで。
女性社員達が本当にキツくてさ、俺が“女の子”や“女性”、“この子”や“この方”って区別をした言い方をしてるって責め立てられて。
その他にもキツくて厳しいことばかり言われて、それだけじゃなくてセクハラパワハラの無法地帯で・・・。
女って怖いよねー・・・。」
歳の離れた弟が1人いるだけの砂川さんの嘆きには大きく笑った。
「自業自得じゃない?」
「はい・・・。」
「でもちょっとは可哀想。」
「ありがとうございます・・・。」
昨日は頭がガンガンと痛かった車内。
今日は“佐伯さんのおとーさん”と楽しくドライブをしながら佐伯さんが住むマンションへと向かうことが出来た。
でも・・・
やっぱり頭は痛くて、何度か片手で頭を押さえながら。
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